―――盗賊に捕まってから、約1ヶ月。
シーアは、何度も何度も逃げ出そうとした。
しかし、脱走を試みては、この盗賊の一味の頭・ガシュールの右腕、ラモンに阻まれてしまう。
ガシュールは40代の男だった。
顎髭をいっぱいに伸ばしたその顔は、どこか弱々しく見せる為に変装しているようにも見えた。
その反面、その体躯は見事に筋肉が発達している。
彼の逞しい躰は、剣を使いこなす腕を持ってると雄弁に語っていた。
毎日同じ馬に乗せられ、彼を観察していたシーアは、彼がこの盗賊を取り仕切っているのがわかった。
しかも、一味から支持もされている!
一方ラモンは、無髭でとてもハンサムな30代の男だった。
しかし、彼は鋭い眼光を放ちながら、周囲に目を配っている。
もちろんシーアにも。
彼の腰には刀があるが、彼が実際にそれを使うのを見た事がなかった。
でも、それがただの飾りではないと……感じていた。
シーアは、ラモン同様周囲を観察していた。
そして、わかった事が二つあった。
一つ目は、ラモンが盗賊の一味と距離を置いているという事。
誰にも心を許さず、一人孤立していて周囲を伺っている。
二つ目は、ガシュールからはかなり信用されているという事。
何かあれば、ラモンを呼びつけては相談をしている。
それが、他の盗賊たちには我慢がならないようだった。
ラモンは、新入りなのかしら?
もしそうだとしたら、あのガシュールがあれ程ラモンを信用するだろうか?
シーアは、ガシュールの性格が少しずつわかってきた。
命令に逆らう者は容赦なく罪を与える……シーアも例外ではない。
対決した日に殴られた頬は、3日間腫れがひかなかった。
その頬を手当てしてくれたのは、意外にもラモンだった。
彼は「ガシュールには逆らうな」とその一言を残し、常にシーアを観察し始めたが。
シーアは、木の根元に腰かけて、天幕を張るラモンを眺めていた。
彼が作ってる天幕は、シーアの寝床だった。
いつの間にか、ラモンがシーアの身の回りの世話をするようになっていたのだ。
それは、シーアが逃亡を試みる度、ラモンが必ず捕まえるからかも知れない。
だからか……ラモンのいろんな面を知る機会を、たくさん得る事が出来た。
なのに、ラモンが何を考えているのか、全くわからない。
ラモンって、どういう人なんだろう?
他の盗賊たちと距離を置くって、どういう事?
どうして一人離れて行動するの?
好色の盗賊たちから守るように、ラモンが天幕の中へ入れと、いつものように促した。
泥だらけの裾を持ち上げ、シーアは中に入った。
一人になった途端、強情さがみるみる消え涙が溢れてきた。
ガシュールは、わたしを本気で売る気でいる。
だから、ガシュールの部下たちは、わたしに手を出そうとはしない!
確かに舐めるように見つめてくるけど、今みたいにラモンが彼らから隠そうと行動を取る。
あぁ、神様! わたしは無事に家族の元へ帰れるのでしょうか?
家族は、きっとわたしが帰らないのを心配しているだろう。
特に、次兄・ローガンの怒りは、爆発寸前かも知れない。
「ローレル、入るぞ」
突然ラモンの声が外から聞こえて、シーアは急いで涙を拭った。
弱みを見せるような事は、絶対したくない!
いつもと同じように、熱い湯を持ってきてくれたのだろうと思って振り返ると、いつもの桶は持っていなかった。
どういう事?
シーアは、ラモンの行動を凝視した。
その視線に気付くと、ラモンは薄く笑った。
「着替えを持つんだ」
シーアは目を細めた。
着替えって……何故?
動かないシーアに、ラモンは櫃から薄衣のドレスを取り出した。
「さぁ、行くぞ」
強くシーアの腕を握ると、外へ連れ出した。
シーアはその腕を強く振り払うと、高く顔を上げて歩き出した。
「そっちじゃない、こっちだ」
ラモンは、シーアを森の中へ連れて入った。
ここは、どの辺りなの?
この旅路の行き着く先が何処なのか、シーアは全く知らなかった。
というか、誰も教えてくれなかった。
逃げ出すのを防ぐ為だろう。でも、わたしはそれでも逃げ出した。何度も何度も逃げ出した。闇夜に乗じて……降りしきる雨の恩恵に乗じて……。
なのに、いつもこの男がわたしを見つけ出してしまう。
前を歩くラモンを睨みつけると、前を向いたままのラモンが、
「俺を睨み付けてもどうにもならないぞ」
と突然言った。
その言葉に、シーアは腹が立った。
彼は、とても優れた男なんだと実感させられたからだ。
出来る……有能な男。
シーアは拳を強く握り、怒りを吐き出さないよう努力しなければならなかった。
どのぐらい歩かされただろう?
閑散とした静かな森をずっと歩かされ、シーアの足に痛みが走る。
なぜなら足を保護するブーツは履かせてくれず、宮殿で履くような華奢なサンダルしか履かせてくれなかったからだ。
だからといって諦めるシーアではない。
シーアはそっと周囲の気配を探った。
後からつけてくる盗賊の気配は……感じない。
シーアは、無言で目の前を歩くラモンの背中を見つめた。
今なら逃げきれる?
ガシュールから……ラモンから逃げられる?
今度は無事に逃げ出せる?
シーアの喉がヒクッと鳴ると、ラモンが機敏に察して振り返った。
「余計な事は考えるんじゃない。……俺が逃がすと思うか? お前を逃がせば、俺がどうなるか……わかってるよな」
ラモンは目を鋭く細めると、警告するような突き刺す視線を投げつけた。
シーアは、初めてラモンの隠された鋭い眼光を見せつけられて、躰が震えた。
わかった……。だからガシュールはラモンを手元に……側に置いてるのよ。
彼は、二つの面を持っているから。
ラモンはガシュールと同じように、彼は鋭い面を誰にも知られないように、心の奥底に隠し持っている。
今、垣間見せた一瞬の鋭さは……彼の氷山の一角にすぎない。