このままでは、敦家の欲望の証を目にしてしまう。
そしてそれは、千珠の膣内に無理やり押し込まれ、最後は……
「い、イヤーーーー!!」
千珠はお腹の底から声を出した。驚いた敦家が顔を上げ、千珠の躯に触れていた手を離す。
その隙に、千珠は匍匐前進(ほふくぜんしん)で彼のもとを離れた。
「こ、まき! ……小牧!!」
御帳台を出るなり、声を上げた。
裸に近い状態だとわかっていても、千珠は局を出て廂(ひさし)へ逃げようとする。
「姫!」
敦家の声に、慌てて立ち上がる。でも小袖がはだけ、なかなか上手く逃げられない。しかも足が震えて思うように動かせない。
そのせいで千珠は几帳に足を引っ掛け、無様に倒れてしまった。
ガシャンと大きな音が局に響く。
一瞬目を瞑ったが、そんなことには構ってはいられない。
再び立ち上がろうとしたが、何故か躯が動かなかった。
慌てて振り返ると、千珠の小袖を足で踏み、こちらを見下ろす敦家と目が合った。
「諦めろ! 生娘ではあるまいし……」
敦家は膝を折り、千珠の傍らに手をついた。じわじわと男の圧力をかけて、再びのしかかってきた。
「いいか、もう一度言う。泰成は北の方のところへ行っている。慣例に従い、彼は暁(午後3時〜5時)まで戻らない。つまり、泰成の名を呼んだところで助けはこない」
泰成の手が千珠の肩に触れ、乱れた小袖をゆっくり脱がしにかかる。
露になる肩、乳房が彼の目に触れる。
ひんやりとした空気に躯が震え、乳首がキュッと硬く尖った時、彼の手で乳房を包み込まれた。
「諦めて、私のものになれ。初めて目にしたあの瞬間から、私は千珠姫をこの腕に抱きたいと強く望んだ。気に入った姫のもとへ通うのは当然のこと」
そう言って、泰成は千珠の頬と耳朶にキスを落とした。
千珠の歯がガチガチと音を立てているのも構わず、敦家は露になった千珠の乳房を揉む。
重みを確かめるように何度も揉みしだいては、尖った乳首を指の腹で転がす。
「顔に似合わず、なんと豊かなんだ……。私の手から零れ落ちる。ああ、口で姫を味わいたい。舌でつき、転がせ、強く吸えば、姫はどんな声で鳴くのだろうか」
「や、やめ……て。本当に、イヤ……」
声を震わせて懇願する。でも敦家はそれを無視し、千珠の肩に口づけた。舌で舐められたと思ったら、彼は徐々に移動し、乳房にキスを落とされる。
イヤなのに逃げられない。敦家の力に屈服させられてしまう!
千珠の目尻から、涙がツーッと零れ落ちたまさにその時だった。
ドタドタドタッ……
すのこ縁から廂を走る足音が、どんどんこちらへ向かってくる。
「チッ。女房が目を覚ましたのか。だが、私に組み敷かれている千珠姫のお姿を見れば、そのまま立ち去るだろう」
「い、イヤよ。絶対に……立ち去らせたりしない!」
「何故? 女房に見つかって私が去れば、姫を愚弄したことになる。そうなるよりも、空が白み始めるその頃まで姫を腕に抱き、大切にされたと知れ渡る方がいいのではないか?」
「それはあなたの言い分でしょ。わたしは違う……。わたしは――」
そこまで言った時、御簾越しに灯台の明かりが千珠の目に入った。最初は小さな明かりだったそれはどんどん大きくなり、御簾越しに人影が現れる。
そして、御簾が勢いよくめくれて誰かが入ってきた。
「敦家!!」
えっ? この声って……
千珠にのしかかっていた敦家の重みが、一瞬にして消えた。
すぐさま千珠は躯を捻り、顔を上げた。逆光で表情はわからないが、確かにそこには仁王立ちをする泰成がいた。
「や、泰成? どうして、ここに!? 西洞院へ行っていたのではないのか!」
「貴様……っ!」
泰成が足音を立てて突進してきた。
「……キャッ!」
千珠が声を上げて躯を縮こまらせた時、膝立ちしていた敦家の躯が吹っ飛んだ。
「ううっ……」
敦家が尻餅をついて呻き声を上げる。
千珠を助けるために、あの温厚な泰成が友人の敦家を殴ったのだ。
「千珠! 大丈夫……か?」
千珠のあられもない姿を目にしたのだろう。
泰成は膝をついて灯台を床に置くと、すぐに千珠の袷を掴み躯を隠した。そしてすぐに立ち上がって千珠に背を向けると、敦家の胸倉を強く掴んだ。
「どうして千珠に手を出した!? 敦家には、通っている姫がたくさんいるだろう? にもかかわらず、どうして私の千珠を!」
「そなたが欲した姫だからだ! 北の方に一途だったあの堅物の泰成が、とうとう他に妻を娶った。泰成を知る私だからこそ気になって当然だろう? それより、どうして私が来ているとわかった?」
泰成の背が一瞬震える。
彼の背に触れたい衝動に駆られて、千珠はゆっくり上体を起こした。そして手を伸ばしたが、泰成が敦家を離したのを見て、咄嗟に伸ばした手を引っ込めた。
「私が戻ってきた時、車寄(くるまよせ)に敦家の牛車と見慣れた従者がいたからだ。千珠に興味を持っていたのは知っているが、まさか本当にこんな真似をするとは。敦家、すぐに帰ってくれ」
「……ああ、帰るよ。泰成が戻ってきたとなれば話は別だからね」
敦家は泰成の言葉に従って立つと、局を横切って御簾を開けた。そして一度も振り返らず、出ていった。
局に静寂が戻る。聞こえるのは、泰成の荒い息遣いのみ。
話しかけるのもはばかられて何も言えずにいると、泰成が急に振り返った。
「千珠……」
問うようにおずおずと手を伸ばした泰成が、千珠の頬を撫でる。そしてその手で側頭部に触れ、さらに後頭部へ移動させ、そっと力を入れた。
泰成の方へ引き寄せられる。顔を傾ける彼との距離が徐々に縮まっていく。
彼の熱い吐息が千珠の唇をかすめた時、廂から衣擦れの音が聞こえてきた。
泰成はやるせないため息をつき、そっと千珠を解放した。
「せ、千珠さま! いかがされたのですか!?」
慌てる小牧の声に続き、御簾をめくる音が聞こえた。