『初桜に愛舞い降りて〜宿世の契り〜』【26】

 暁の上は手を伸ばし、泰成の直衣(のうし)を脱がしにかかる。指貫(さしぬき=袴の一種)にも触れ、暁の上は千珠のように泰成の衣装の下に手を忍ばせた。
「暁の上……。このようなことは、そなたがせずとも――」
「いいえ! いいえ……それではいけないのです。これまでのわたくしは恥ずかしくて、泰成さまのお求めを受けるだけでしたが、それではいけないとわかったのです。同じままではいけない」
「暁の……っう!」
 泰成の言葉を止めようと、暁の上が泰成に顔を寄せ唇を塞いだ。幾度となく口づけを交わしてきたが、これまでにない積極的な行為に、泰成の鼓動が早鐘を打ち始める。
 泰成が教えたように自ら舌を動かし、心の奥深くに眠る欲望を引きずり出そうとしてくる。
「今までのわたくしがいけませんでした。泰成さまのお求めを受けるだけで、どうしておややを授かることができましょう。わたくしがもっと旦那さまをお求めし、自らそのお心を繋ぎ止めようとしなければ、ややもわたくしの元へは来てはくださらない」
 暁の上は泰成と唇を合わせては、思いを告げてきた。
 今までにないほど、積極的に……
 泰成は彼女の両肩を掴んで躯を離すと、真意を測ろうと目を覗き込む。
「暁の上……そなた、ややは別に授からなくとも良いと言っていたのでは――」
「嘘に決まっているではありませんか! 愛する人の……旦那さまとのややを授かりたいとずっと思っていましたわ。それに、わたくしにややが授かれば、きっと泰成さまも西洞院に……居を構えてくださるはず。そうでしょう?」
「うわっ!」
 暁の上に肩を押され、泰成は背から後方へ倒れた。
「……っ!」
 後頭部を打ちつけ、痛みで声を零す。
 そんな彼の前で、彼女は小袖の紐を外し、灯台のかすかな光の中で、綺麗な姿態を露にした。
 初めて床をともにした頃は小さかった乳房は、今は泰成の手にあまるくらい大きくたわわに揺れている。そして何度も弄り、口にふくみ、転がしていた乳首は、赤く熟れて泰成を招いていた。
 また、視界の隅に入る黒い茂みも、泰成の欲望を刺激してくる。
 これまで抱いてきた情なのか、それとも夫婦として絆を積み上げてきたつながりなのかはわからない。
 泰成の心にある、暁の上への想いがふつふつと湧き上がってきた。

 これ以上苦しめさせたくない、心を穏やかにさせたい……

 泰成は手を上げ、暁の上の頬に手のひらを添えた。そこに彼女が顔を押し付ける。
「わたくし、泰成さまと離れて暮らすのはもう嫌です。旦那さまの衣装を調えながら、ともに躯を寄せ合い、季節ごとに色を変えていく庭を一緒に眺めていきたい。そう願う殿方は、泰成さまだけなのです」
「暁の上……」
 たまらず暁の上を躯の上に引き寄せると、彼女の方から口づけを求めてきた。
 小袖を通して伝わる柔らかい乳房、泰成の大腿をその柔肌で挟む彼女の腿。
 あれほど元気のなかった股間が、むくむくと硬くなっていく。それを暁の上もわかっているのだろう。
 漲っていく泰成自身を焦らすように、大腿で愛撫し始めた。
 こんな風に煽る暁の上も、また初めてだった。
 彼女の大胆な行為にびっくりしたが、ふとそこで何かが泰成の頭に引っ掛かった。

 何故今宵に限って、暁の上は泰成を刺激しようと決めたのだろうか。

 ややが欲しい? それは理解できる。諦めていた素振りを見せていたが、実際は欲しかったと打ち明けたのだから。
 だが、どうして今≠ネのかわからない。
 ふと女房までも泰成に口を出してきたのを思い出した。

口性のない者たちが、告げ口をしてくるのです。旦那さまのお心が他の姫に移ったのではないかと

 告げ口? 泰成の心が他の姫に移った? それはいったい誰に聞いた?
 暁の上が口づけを止めると馬乗りになったまま上体を起こした。そして泰成の手を掴み、自分の乳房へと導く。
「お触りくださいませ。泰成さまが……このようなわたくしを作ったのです。恥ずかしくていつも声を殺していましたが、触れられるたびにわたくしは……暁は躯がどうにかなってしまうほど気持ちが良くて、もっとと望んでいましたの。今宵は、泰成さまが許してくださるなら、声を上げて旦那さまとひとつになりたい……」
 手のひらにある重たい乳房。かすかに手を動かして乳房を揉むと、暁の上が色っぽく顔をしかめた。
「あ……っん」
 親指の腹が乳首をかすめると、快感が躯の芯を走り抜けたのか、腰をくねらして吐息混じりの喘ぎを零す。
 いつにも増して可愛らしく快感を手にする暁の上に、泰成の股間が疼く。
 だが、それもそこまでだった。
「泰成さま……ああ、どうか……わたくしだけをお求めになってくださいませ。他の姫ではなく、わたくしだけを!」
 泰成は息を呑むなり、暁の上の肩を掴んで形勢を逆転させた。
 仰向けに倒した暁の上に馬乗りになり、目を見開いて彼女の目を覗き込む。
「それはどういう意味だ、暁の上!」
 暁の上の前で、泰成は一度も声を荒げたことはない。だが、この時ばかりは大声を上げずにはいられなかった。
 泰成の声に驚いたのか、暁の上が躯を強張らせた。
「わ、わたくしは、ただ――」
「香苗もそのような話をしていた。……いったい誰がそなたたちの、他の姫の存在を耳に入れた?」
「や、泰成さま! わたくしは、ただ旦那さまをお慕いしているだけです! これまでのように、いいえ、これまで以上の暮らしを望むなら、今までの態度ではいけないと思った。それをあの方がわたくしに教えてくださったのです! それのどこがいけないのですか? 暁は、暁は……泰成さまをどなたにも――」
「それを教えたのは誰だ……、暁の上。そなたに他の姫の話を吹き込んだのは、いったい誰なんだ」
 泰成は暁の上の想いを伝えようとする言葉を遮り、一言一句はっきり口にした。
 誤魔化すのは許さないと、目で強く訴える。
 暁の上は大きな瞳から涙をぽろぽろと流し、嗚咽を堪えるため口を両手で覆った。
 それでも泰成は逃げるのは許さなかった。
「暁の上、言いなさい」
 絶対に引かない態度を見せると、観念した暁の上はゆっくり瞼を閉じた。
「申の刻(15時〜)ぐらいだったと思います。わたくしの元に、御文が届きました。近衛少将敦家さまからです」
「敦家、だと!?」
 泰成の声が大きくなる。すると、暁の上がビクッと躯を震わせて目を開けた。
「決して、決して近衛少将さまと通じてはおりません! それだけは信じてくださいませ! わたくしに触れたお方は、泰成さまだけでございます!」
「……それは今はいい。敦家はなんと言ってきた?」
 暁の上の顔が青ざめる。だが、泰成は暁の上の感情より、敦家がなんと言ってきたのか、今はそのことにしか頭になかった。
 突然白桜邸に現れ、千珠と言葉を交わした敦家。通う妻はひとりでいいと言っていた泰成が千珠を迎えたと知り、彼が興味を持ったのは事実。
 だからと言って、どうして泰成の正妻に文を送るのか。その理由が全くわからない。千珠のことを暁の上に話したところで、別にどうにでもなるわけではないのに。

 嫌な予感がする……

2015/08/26
  

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