『それぞれの想い』

―――珠里、高校3年。

 卒業証書を手に持って、下級生たちに見送られながら花道を過ぎ、友達と写真を撮り合っていると、珠里の視界に両親の姿が入った。
 満面の笑みを手を振って、両親の側へ近寄る。
「おめでとう、珠里」
「残りの学生生活は、あと4年か……。否、もしかしたら留年も有り得るが」
「……パパったら」
 仕事が忙しいというのに、時間を作って出席してくれた父に、珠里は愛情を込めながら小突いた。
「写真を撮ろうか。悪いが、すぐに社へ戻らなければいけないんだ」
 父が部下に向かって手を上げると、すぐに彼が親子の正面に回ってきた。
「忙しいのに来てくれてありがとう」
 感謝の気持ちからそう告げた後、珠里は両親の間に佇んで満面の笑みを浮かべた。
 写真を撮り終えた後、一緒に帰るかという母の言葉に、珠里は頭を振った。遅くならないようにとだけ言って、両親は運転手付きの黒塗りの車に乗り込んだ。
 
「珠里! 一緒に写真撮ろう!」
 
 突然名を呼ばれた珠里は、声が聞こえた方向に視線を向けた。
 エスカレーターで一緒に進む友人の澤里凛子だ。彼女の側には、両親に凛子の婚約者、その後ろには会社の部下たちが居た。
 その中には、もちろん……珠里の恋人でもある犀川が佇んでいる。彼が珠里の制服を目で脱がしにかかるのが、珠里の目からもすぐにわかった。
 珠里は、躯が火照ってくるのがわかったが、挑戦するように……でもイタズラっぽく笑みを浮かべて視線を絡ませてから、凛子へと視線を移した。
 そちらに歩き出し、凛子の両親と挨拶を交わしてから、二人は何枚も写真を撮り、それからいろんな友達とも写真を撮った。
 高校生活の終わりを、写真で記録するかのように……
 一息ついた時、珠里は周囲を見回して犀川を見つけると、そちらへ向かった。
「卒業、おめでとう珠里」
「ありがとう、犀川さん」
 二人はしばらく見つめ合った。この日が永遠に二人の間で語り継がれるものになるのか、それとも忘れられない日になるのか、探り合っていた。
(わたしの気持ちは……何も変わらなかった)
 今日、珠里は犀川と会う約束をしていた。そこで、プロポーズの返事をする事になっている。
 犀川は珠里を見つめていたが、急に周囲を見回し、いきなり珠里の手首を掴むと校舎の方へ引っ張って行った。
 そんな珠里と犀川の後ろ姿を見ていた凛子は、婚約者の腕に掴まりながらニッコリ微笑んでいた。
 だが、凛子以外の人物もその姿を見ていたのは、誰も気付かなかった。
 
 
「犀川さん? どうしたの?」
 校舎に入ると、まるで知った家のように来客専用の応接室へと連れ込まれた。今日は使われる予定ではなかった為、重そうな豪華なカーテンは締め切られている。
「珠里!」
 二人っきりになった途端、犀川は珠里を強く抱き締めた。
 ビックリした珠里だったが、この抱擁ももう受けられなくなると思うと、感傷に浸るように犀川の背に手を伸ばした。
 犀川の足が、珠里の足を割る。ミニスカートが捲れると同時に、犀川の大腿が珠里の秘部を擦り上げた。
「……ぁっ!」
 視線を上げて、彼の視線を捕える。珠里を愛していると……いつものように告げていた。それを示すように、圧迫されて硬くなった彼自身が珠里の柔肌を押していた。
「いけない事だとわかってる、だが……」
 自制出来ない事を悔やむように顔を顰めると、彼は珠里の唇を奪った。
 珠里は止めなかった。彼の求めに拒んだ事は一度もなかったし、きっと……彼は珠里の決意を既に感じ取っていると思ったからだ。
 拒まずに受入れる……。それが、珠里が彼にしてあげられる最後の想い。
 舌が挿し入れられると、喜んで自らの舌を絡ませた。同時に丈の短い上着のボタンとブラウスのボタンを外されていく。
 犀川の手で大きくなった乳房が、カップから零れそうだった。珠里は臆する事なく、淫らに胸を突きだして彼を誘う。
「あぁぁ、珠里……」
 促されるまま犀川は珠里の乳房に顔を埋めた。
「いい匂いがする」
 舌で膨らみを舐める姿を、珠里は荒い息を吐き出しながら見下ろしていた。
 だが、堪らず胸を突き出すようにのけ反った。キスをする前から、静かに大腿で愛撫を受けて敏感になった蕾が触れたからだ。
「……ダメ、こんなの……イヤ」
 秘部は戦慄き、溢れる蜜が滴り落ちてきているというのに、彼は優しくしか触れてくれない。激しく乱れるように愛撫して欲しいのに……一気に解放されたいのに!
 カップの端をそっと下げると、既に硬く尖った乳首を口に含んだ。
「犀川さんっ!」
 彼のせいで敏感になった乳首を弄ばれ、珠里はいつものように犀川の手で官能の世界に堕とされていく。
 犀川のゆったりしたリズムではどうにもならず、珠里は自ら腰を動かして快感を送り込んだ。いつにも増して、恥ずかしさでいっぱいだったが、犀川の手で感じやすい躯にされてしまって以来、どうする事も出来ない。
「っぁ……っ、んんん!」
 珠里は犀川の躯にギュッと抱きつくと、襲ってきた甘美な快感をその身に必死に受け止めた。一気に犀川の足元へ崩れ落ちそうになると、彼がいつものように腰を抱いて、珠里が震える感触を得るようにしっかり抱きとめる。
 時間が経って、やっと彼の膝の上に跨がる形で抱きかかえられているのがわかった。少し身を離すと、彼は珠里の開けた胸元のボタンを留めていく。
「犀川、さん?」
 最後までするつもりだったんじゃないの?
 問いかけようにも、犀川は欲望を我慢するように奥歯を噛み締めているのがわかったので、名前を呼ぶ以外何も言えなかった。
「……悪かった、今日の俺はどうかしている。今夜、二人で会う約束をしてるっていうのにな」
「そんな……、わたしは別に文句なんて……、ないのに」
「大人げなかった。そうだ、今夜卒業したお祝いのプレゼントを用意してるんだ。期待していてくれ」
 犀川がいつものように優しく微笑むと、珠里の手を取って応接室を出た。まだふらつく珠里の腰に手を回し、気遣ってくれている。
 何て優しいのだろう……
(わたし、本当に彼の事が好き。一人の女性として接してくれたし、女子高校生のたわ言として受け取らなかった心意気も、何もかもわたしの性格とぴったり合っていて、とても居心地が良かった。
それでも、わたしは彼と……?)
 珠里は、犀川にピタッと躯を寄せ、瞼を閉じて慣れ親しんだ香りを吸い込んだ。
 その時、彼の足が急に止まった。珠里はビックリして目を開けると、何と目の前に小野寺陽一が立っていた。
 
「どうして……ココに?」
 
 珠里は、犀川のスーツの袖をしっかり握りつつも、急いで彼から身を離した。
「……そいつは?」
 ダークグレイのスーツを着こなした陽一が、顎で犀川を指す。
 堂々と彼氏だと告げればいい。例え、今日で別れるとお互い知っていても。
 珠里は、犀川見上げた。彼は、まっすぐ陽一を見つめている。その視線の先にいる陽一へと視線を移すと、彼は珠里を見つめていた。
 まさに、トライアングルだ。
「……犀川さん、彼は小野寺……さんよ。兄の親友で、幼い頃からよく一緒に遊んでもらっていたの」
 犀川は、珠里の説明に軽く頷いた。
 珠里は唾をゴクリと飲み込んだ。何故下の名前を言わなかったのか、感付かれたくなかったのだ。
「彼は、友人の凛子の家で知り合った犀川さん。凛子のお父様の会社に、お勤めなの」
(そして、わたしの彼氏でもある……)
 珠里は、そう言おうとした。そう言いたかった。陽一の事なんてもう関係ない、忘れていたと宣言する為に。
 でも、その先が言えなかった。陽一は憎々しげに犀川を見つめるし、犀川は穏やかに年下の陽一を見返していたから。
「会社勤めの人がどうして卒業式に?」
 何て嫌味な言い方なの?
「言ったでしょ? 彼は凛子のお父様の会社にお勤めだって。今日も凛子のお父様と一緒に行動されているのよ! そういう、陽……いえ、貴方は? お仕事は?」
 陽一はただ肩を竦めるだけだった。その時、陽一の方の後方で、凛子が手を振っている。
「犀川さん、凛子が呼んでるわ。もしかしたら、おじさまの用事かも」
 犀川は、凛子の様子を瞬時に察すると、軽く頷いた。
「せっかくご紹介に預かったのに、申し訳ないがこれで失礼します。珠里は?」
「一緒に行くわ!」
 ちらっと陽一に視線を向けてから、珠里は犀川と共に凛子の方へ走った。
 陽一が何か手に持っていたのが気になったが、犀川に触れられた事で躯から香り立つ、危険な甘い匂いを感じ取って欲しくなかった。
 陽一なら、この独特な香りを嗅ぎ分けられるはずだから……
 この時、珠里、犀川、陽一は、まるで祈祷するかのようにそれぞれ願っていた。
 珠里は、犀川と何をしていたのか、感付かれませんようにと。犀川は、わかっていはいても……今夜より良い返事が聞けますようにと。
 そして、陽一は……。彼が何を願うように祈ったのか、それは神のみぞ知る……

2009/04/07
  

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