『セックス・シンドローム』

「っぁ……ん、いい……んっふぁ……あっ!」
 陽一は、セックスを覚え立ての学生のように、目の前の彼女を際限なく求めた。
 ブラウスのボタンを外し、ブラを下げ、これ見よがしに乳房を揺らす彼女は、つい先程まで陽一が仕事で撮っていたモデルのルイ。
 ファインダー越しに、徐々にルイが奔放になっていくのがわかった。それを知った上で挑発し、視姦するようにしながら、ルイの内面をフィルムに残した。
 スタッフも撤退し、カメラの手入れを一人しているところへ、突然彼女が再び登場したのだ。
 先程と変わらぬように目を潤ませ、私服のミニスカートから伸びる長くて細い足を見せながら、陽一を見つめてきた。
 ルイとは、まだ若かりし頃に一度関係を持った事があった。なるべくモデルとは親密の仲になろうとはしなかったが、当時は欲望に負けてしまった。
 それ以来、陽一は一度関係を持った女性とは距離を置き、それ以上を求められても応じないようにしてきた。
 それが今日は……どうしても自分の中に潜む獰猛な虎を抑えられず、ルイから匂ってくる欲望に負けたのだ。
 とは言っても、仕事場で抱くような事はしなかった。近付いてくるルイの手を掴むと、陽一の控え室として宛われた、隣にある小さな部屋へ連れ込んだのだった。
 
「もっと……っんん、あっ、ダメ……そこ!」
 躯の奥底から目覚める雄々しい震えを感じながらも、陽一の心はいつものように冷え切っていた。まるで、躯の欲求を果たしながら……それを上から眺めているようにさえ感じていた。
 自分が下した決断を曲げてまで、ルイを恍惚の極みに押し上げる努力をしている原因、それが何なんのか……陽一には理由がわかっていた。
 今日、珠里がプロダクションへ行く日……否、行った日だから。
 今までしていたティーンズモデルなら、問題はない。
 だが、もう成人した珠里をファインダー越しに見てしまったら、彼女の妖艶な美しさを見てしまったら、きっとカメラマンは欲しがるに違い……俺のように。
 その間違った考えが、陽一の心を蝕み始めていた。
 ルイとは一度寝てる。先程の撮影中に、彼女が意味ありげな視線を寄越してきても、一度経験済みの陽一には対処は出来た。
 だが、仕事を終え、珠里の事を思い出し、財布に忍ばせた隠し撮りを眺めていると、いきなりむくむくと欲望が湧き起こってきた。動悸まで荒くなる始末で、自分自身が信じられなかった。
 そんな状態の時に魅惑的な躯を見せつけられて誘惑されれば、どんな男だって差し出されたその手を取ってしまうだろう。
 まさしく、それが陽一だった。
「あっ……ダメ、イク……っぁぁんく、ぁぁぁ、っんんん!」
 自ら腰を動かしたルイは、ソファの背に乳房を押しつける形で絶頂を迎えた。陽一はさらに彼女の腰を支えて律動を繰り返し、陶酔するように天を仰ぐと一気に精を放出した。
 二人のセックスは、躯を抱き締め合う事のない、ただの繋がりと快楽を求めたセックス。それを示すように、二人は服を着たまま自らの欲求に突き進んだ。
 陽一は、絶頂に達したルイを離すと自身の後始末をした。ルイはゆっくり身を起こして、震える手で衣服を正す。
「小野寺さん、この後……場所を変えませんか?」
「……いや、結構だ」
「でも……わたし、小野寺さんとなら一晩中一緒に過ごしても構わないわ」
 そして、週刊誌に狙わせる? そんなのゴメンだ。
 陽一はルイを見つめ、そして彼女の頬を指で撫でた。たったそれだけで、ルイの唇が快感を覚えて震えるのがわかる。
「仕事があるんだ。今夜はルイの写真と過ごす事になりそうだ」
 ルイの頬がほんのり赤く染まる。
「仕事なら仕方ないですね。でも、あの……」
「何だい?」
「わたしたちって、付き合ってるんですよね?」
(どこからそんな話になる? 俺に抱かれた時は処女でもなかったくせに。奔放なその躯は、いろんな男と遊んでいると告げたようなもの。にもかかわらず、ルイは俺と付き合っていると思っているのか?)
「残念だが、付き合ってはいない。俺たちはただのいい仕事仲間だ」
 陽一は肩を竦めると、ドアを開けてルイを見た。
「さぁ、もう帰るんだ。その間、俺はルイの写真に独占されるんだからな」
 ルイは、陽一のその言葉に何故か何度も頷くと、言われるがまま部屋を出て行った。
 残された陽一は、タバコを吸いたいのを我慢すると、再びカメラの手入れをするべくスタジオへ戻った。
 珠里は、今頃何しているだろう?
 そう思いながら……
 
 一方、珠里は事務所でこれからのスケジュール表を貰うと、真っ直ぐ帰宅していた。だが、再び陽一と同じ世界に入るという事で、逆の思い出……モデルを辞めた後のことを思い出していた。
 陽一を忘れようとして、自分から告白し……初めての恋人となった犀川陽一郎を。
 
 * * *
 
「珠里、君は何て可愛いんだ……。俺は、この幸運に感謝している」
 犀川は、珠里の両手首を頭上でしっかり握りながら、愛撫ですっかり硬く尖っている乳首を攻めていた。
 珠里は身じろぎしながらも、彼から与えられる快感に身を投じて、その波間を漂っていた。
「っんん……ぁぁ、ダメ……やぁ……っあっんんふぅ」
 全てにおいて、犀川は珠里の先生だった。
 初めてのキス、それ以上の淫らなキス……裸を見せ合う行為、初めてのセックス、初めての自慰、初めての絶頂、初めての体位……。そして、男性自身に触れて相手に咆哮させる行為……全て犀川から教えてもらった。
 あの独特な快感を忘れる事が出来ず、珠里はセックス依存症ではないかと思うぐらい、デートした後は必ず彼とベッドを共にした。
「陽一郎と呼んで?」
 犀川は、いつの間にか珠里の手を離すと、頭をどんどん下げていき、お臍を愛撫したかと思うとさらに頭を下げた。
「犀川さん、ダメ……あ、あ、あぁぁぁぁ」
 珠里が想像していた場所にキスをされ、舌で遊ばれると、期待から思わず躯がのけ反った。
「凄い……蜜がシーツを濡らす程びしょ濡れだ。それに、脈動するようにピクピク動いている」
 犀川は、珠里の白い大腿を持つと、大きく左右に開かさせた。
「そう……そうだよ。珠里はこの次に起こる事を期待している。俺がそういう風にさせたんだから。そうだろ?」
 大腿にキスをされ、舌で円を描くように愛撫される度、珠里はまさに彼が言うように期待から胸が激しく高鳴った。
「えぇ、そうよ。……お願い、このままじゃイヤ……、早くシテ」
「……俺の名を呼んでくれ」
 彼の名……
 珠里は、ふたりで親密な行為をしている時、彼の名前を呼びたくなかった。陽一郎≠ヘ、陽一≠思い出させる名前であると同時に、この行為はふたりきりでする行為でなくなってしまうから。
「犀川さん……お願い」
 犀川の瞳が、意地悪そうに光る。
「生意気な娘だ。いつものように懇願させてやる……」
 そう言うと、犀川は珠里の秘部を舌を使って愛撫を始めた。ピチャピチャと淫猥な音を立てられると、珠里はさらに興奮を覚えた。
「っぁ……、っんんんく、はぁ……ぁふぅ……ぁぁ、ダメ……」
 珠里の腰が自然と動くと、犀川がそれを押し止め、さらに唇を離して愛撫までも止めた。
「イヤ! 止めないで……お願い!」
「俺の名を……」
 潤んだ瞳で、珠里は彼の名を囁いた。
「……陽一、郎さん……お願い、わたしを可愛がって」
 満足気に笑みを口元に浮かべると、珠里の腰を掴んで身を起こさせ、そのまま一気に貫いた。
「ああぁぁぁ、っんんん……はぁぅ」
 彼の手によって大きくなった乳房は、犀川の逞しい胸板で潰れた。しかし、彼がベッドの上で腰を突き上げるように上下に動き始めると、ピリピリする乳首が彼の胸板に擦れた。
「っぁぁあ……陽一、郎さん!」
 顎を突き出して、犀川の動きに合わせ、快感に身を奮わせてた。
「珠里……何て可愛いんだ。……あぁぁぁ、こんなにも君に溺れてしまうなんて!」
 珠里は手を伸ばして、犀川をしっかり抱き締めると、彼の耳元で何度も甘い喘ぎ声を発した。
 粘液が空気と混ざり合って、凄い淫猥な音が部屋に響き渡った。
「あっ……もう、ダメ!」
「もう? まだ挿れて五分も経ってないぞ? ……っく、……珠里!」
 珠里は自ら腰を押しつける事で、自分を押し上げた。犀川は、そんな珠里に刺激され、荒い息を繰り返す。
「……わかった、珠里。イかせてやる」
 珠里の耳に犀川の言葉は届かなかった。もう、既に長い階段を駆け上がっており、あとはこの身が飛翔するだけだったから。
 犀川は律動を早め、珠里の奥深くまで突き上げる。
「あっ、あっ……はぁ、はぁ……っんんん、あっ、あぁぁぁぁ!」
 躯が一瞬で硬直すると、珠里はそのまま絶頂を迎え、天高く飛び上がった。
 快楽が躯を突き抜ける。目の前が真っ暗になるまで、犀川をギュッと抱き締め、全てを飲み込もうとする膣内の収縮を感じ取っていた。
 犀川は、珠里のこの強い収縮にも魅せられていた。全て吸い取られるような感覚を、珠里以外の女性から一度として味わえた事がなかったからだ。
「珠里……、珠里、愛してる」
 汗にまみれながら二人は抱き合い、荒い息を繰り返していた。
 
 * * *
 
 過去の無謀な行為を思い出すだけで、珠里の躯は火照りだした。既に、秘部がひくひく動いて、パンティを濡らしているのがわかる。
 現在、珠里には恋人はいなかったが、その躯は既に開発され……女性として目覚めさせられていた。
 意思とは裏腹に、躯が反応してしまうのは仕方のない事。それは恥ずかしい事ではないと教えられたけれど、それでも今の状況でこんな風に誰かに愛してもらいたいと思うのは、不健全だ。
「犀川さん……、今はどうしてるんだろう?」
 彼との付き合いは、決して褒められたものではないが、それでも彼の事は心のどこかにある。珠里の淋しさを紛らわせ、愛してくれた人だから……
 犀川と再び再会する事になろうとは、この時は全く考えもしなかった。ただ、火照る躯を持て余しながら、前だけを向いて家路に着いたのだった。

2009/02/12
  

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