4万HIT記念企画♪
バイクが、止まった。
そのアパートは見るからに近代的な鉄筋アパートで、想像していた汚い木造アパートではなかった。
バイクから下りると、何故か足が震える。
バイクに乗ってたせいで、変な力が入ってたのだ。
「こっちだ」
2階建てアパートの1階部分のある部屋の前で、寛がドアを開けた。
促されるまま中に入ると、1Kの部屋だった。
端にあるマットレスのベッドは、今飛び起きたという感じに乱れている。
だからといって、散らかってるというわけでもない。
普通の男の部屋だった。
部屋の中央に立ちすくみ、匂いを嗅ごうとした。……女がいる匂いを。
しかし、そういった物は一切ない。
ペアのマグだとか、暖色系のクッション、ペア写真、香水……本当に女がいるような物はなかった。
「座れよ。今、コーヒーいれる」
キッチンに行く寛を見つめながら、センターテーブルの前に座った。
今さらだけど、寛の部屋に入って良かったのだろうか?
あのままファミレスで話すべきだったんじゃない?
だけど、寛が言ったように、人目がある場所で話すような事じゃない。
それじゃ、やっぱり部屋に来て良かった?
――― ポッポー、 ポッポー、ポッポー……。
そのはと時計にビクッとした。
音がした方向を見ると、赤い屋根のはと時計がかけてある。
……見つけた……女の匂い。
可愛いメルヘンチックなはと時計を見て、針を刺されたかのようにチクリと胸が痛んだ。
だけど、責める事は出来ない……あたしたちはもう付き合っていないんだから。でも、苦しい。
あたしはまだ寛を忘れられないのに、あっさりあたしを忘れて他の女と……二宮さんと付き合える寛が……憎い。
怒りを押さえきれなく、彰子は拳をギュッと握った。
爪が掌を傷つけているのもお構いなしに。
「どうぞ」
寛がコーヒーを持ってきて、正面に座った。
「ありがとう」
声が震える……怒りがまだ燻っていたからだ。
そんな彰子を、寛は探るように見つめた。
「っで、どうしていきなり来たんだ? 学校は?」
「テスト休み」
寛は壁に凭れて片膝を立て、真っ直ぐ彰子を見つめてくる。
しばらくその目を見つめ返したが、揺るぎないその視線に彰子から逸らした。
……たくさん言う事がある。聞きたい事から聞けばいい、寛は聞く気でいてくれてるんだから。
大きく深呼吸した。
「あたし、どうしてもはっきりさせたくて来たの」
寛は、軽く頷いた。
何も口を挟む気はないらしい。
「……どうしてあんなひどい事をしたの?」
寛が目を細めた。
「あたし、寛がどうしてあんな残酷な事をしたのかわからない。迷惑だったんなら、はっきり言ってくれた方が良かった。それなら、あたしはここまで来る事もなかったよ」
「俺が、いったい何をしたんだ?」
彰子は唇を噛んで、俯いた。
ここまで言ってるのに、どうして罪を認めようとしないんだろう?
そうすれば、あたしだって辛い事を口にしなくてもいいのに!
持ち前の強さを表に出して、顔を上げた。
「手紙の事よ! 去年から毎月毎月出したあたしの手紙を、寛は箱に入れて送り返してきた。しかも彼女とツーショットの写真を入れて。あたしは、ヨリを戻したいなんて書いてなかったじゃない、ただあの時の気持ちを素直に話したいから……だから会いたいって書いただけなのに……。なのに、寛は、話すら聞いてくれようとせずに、」
急に寛が立ち上がった。
ハッとして寛を仰ぎ見ると、彼の表情は憤怒で赤くし、関節が浮き出るぐらい拳を強く握り、怒りを抑えようとしていた。
何故寛が怒るの? 怒りたいのはあたしの方だよ!
「…っ、あたしの気持ちを、ずたずたにした!」
吐き捨てるように言いながら、顔を背けた。
「……ってない」
その声は震えていて、聞き取れなかった。
「何?」
「送ってないって言ってるんだ。それに、送り返すも何も……俺はお前から手紙すら受け取ってない」
寛のその言葉が、彰子から声を奪った。
……何? どういう事? 受け取ってないって……?
でも確かに、あたしは送った、間違う筈もない……だって奈緒ちゃんから住所を聞いたんだから。
莉世と話していた記憶が蘇る。
寛がくれたカードの字と、宛て名の字は全くの別物だった。
あたしたちは、寛と二宮さんが箱に詰めて送ったのでは? と思った。
あるいは、二宮さんが寛の部屋で手紙を見つけて、送り返してきたとさえ思った。
なのに、寛は読んでいないって。どういう事なの?
焦点の合わない視線を、寛がいるべき場所へ向けた。
しかし、そこには寛はいなく、人の気配がする方向へ顔を向けると、寛は彰子の隣に立て膝をついて、既に座っていた。
「彼女とのツーショット写真って?」
「寛と……二宮さん」
寛が一瞬目を瞑ったが、すぐにカッと見開いた。
「それでなんだな……ファミレスで彼女の邪魔したくないって言ったのは」
そう、あたしは二宮さんの邪魔になりたくなかった。
彼女なら、絶対彼氏の部屋に女が入って欲しいと思わない。
それはわかってる……あたしだって、寛の部屋にいる二宮さんを見て、そう感じていたんだから。
「……何故俺に手紙を出した?」
再び、無表情の寛の顔を見つめた。
あたしが愛した人の顔……この1年で確かに男くさくなった……それもいい方に。
そして……この目、あたしを捕えて離そうとしない。
あたしは……全てを手に入れていたのに、あたしからその綱を切ってしまった。あたしが切ったのなら、このあたしが修復しなければならない。
恋人という器だけでなく、隣人としての器まで切ってしまったのは、あたしなのだから。
喉がピクピクと痙攣を起こしたように動き、声を奪うように引き締まる。
その力を振り払うように、声を振り絞った。
「あたしが間違ってた事に気付いたから……何故そう思ったのか、寛に全て打ち明けたかったから……」
彰子の声は掠れたが、しっかり寛の強い視線を受け止めた。
お互いの視線が、意思を持ったかのように絡み合ったその瞬間……雑音が全て消え去った……