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『続 ・Ring of the truth 〜真実の想い〜』【6】

 彰子は勇気を持って大きく息を吸い、そして長く吐き出した。
 
「あたし、わかってるつもりだった。寛が受験で忙しくなるって。だから、デートが月1回になっても構わなかった。寛があたしを大切にしてくれてるって、感じ取る事が出来たから……」
 寛が軽く頷く。
 しかし、彰子は寛の視線から逃れるように、マグを手に取った。
「だけど、寛がK大が第一志望だって聞いて……あたしはわからなくなった。寛は、あたしの事を大切には思ってないんじゃないか? って。それに、寛の気持ちもわからなくなってきだした。寛は、何も言ってくれなかったから……あたしの事を好きとか愛してるとか言ってくれなかったから」
 目の端に、膝に置いてる寛の手に力が入るのがわかった。
 だけど、今話すのを止めたらもう話せなくなる。この勢いで話さないと、恥をかくのは止めておけっていう声に反応してしまう!
「だけど、それはあたしが全て考えたんじゃない。言われたの……二宮さんに」
 言うべきだろうか? 何だか告げ口みたいな気がする。
 だけど、あたしは全ての誤解を解く為に、ここまでやってきた。
 もう、心の中に溜めておきたくない!
 
「寛は、二宮さんとK大へ行く為に、一時期別れる事にした。全ては、二人して合格する為。あたしは、たまたまお隣さんだったから、寛が手をつけただけ。いずれK大に行くんだから、短い付き合いで終わるし。それに合格した暁には、こっちでまたヨリを戻す……そんな事を言われて、初めてわかったの。あぁ〜遊びだったんだって」
「彰子!」
 口を挟まれそうになるが、その声には従わず、すぐに言葉を紡ぎ出した。
「あたしはショックを受けた。あたしは寛に付き合って欲しいなんて言われた事もない、だから最終的には付き合っていなかったんだって思った。遊ばれていただけに過ぎないんだって。理屈ではわかった、納得出来た。でも心は納得出来なかった」
 少しコーヒーを口に含み、喉の滑りを良くする。
「酷い扱いを受けたけど、最後には寛の合格を願った。遊びでバージンを奪われたのかも知れないけど、好きな人にあげれたんだからって言い聞かせもした。なのに、寛は二宮さんとキスしていた。あたしは、やっぱり本当だったんだ……二宮さんとは好きで別れたわけじゃない、大学に受かればヨリを戻すっていう話が、事実だったんだってはっきりわかったの」
 
 
――― ポッポー。
 
 はと時計が1回だけ鳴る。彰子はその時計を見た……8時30分。
 
「……寛に終わりだって言われて、辛かった。納得してた筈なのに、改めて言われると、身が切り刻まれるような錯覚にさえ陥った」
 その時の辛さが、躰の隅々まで瞬時に駆け巡った。
 瞼の裏がチクチクし出し、涙で視界が霞む。
 そっと瞼を閉じ、感情を押し込めようとした。
 最後まで、話すの……ちゃんと話すのよ!
「寛が去って、あたしは辛さを隠すために無邪気に振る舞った。振る舞い続ける度、自分自身がわからなくなった。そんな時、奈緒ちゃんに会ったの」
 大きく息を吸った。
「寛が、折れ曲がった合格祈願のお守りを……携帯ストラップにしてるって」
 瞼を押し上げ、やっと寛に向き直った。
 寛の顔は青ざめ、怒りからなのか……薄い唇が戦慄いてる。
「その時、初めて寛にちゃんと言うべきだったって気付いたの。何もかも正直に話せば、寛はちゃんと言ってくれたかも知れないって」
 ……言えた。やっと、やっと寛にあたしが思っていた事を言えた!
 あの時、どうして寛を避けたのか……どうして寛に背を向けたのか……やっと伝える事が出来た。
 彰子は、安堵から沸き起こる嗚咽を、グッと飲み込んだ。
 
 寛は手を伸ばすと、彰子の両手からマグを奪い、ゆっくりテーブルに置いた。
「……それで、俺に手紙を出したんだな。携帯に電話しなかった理由は……俺が返事を出さなかったから」
 手持ちぶたさになった両手を、彰子は見下ろした。
「それもある。でも、本当の理由は……拒絶されたくなかったから。一方的に切られる恐れを抱きたくなかったから……。寛のせいだよ、あたしをこんなに弱くしたのは!」
 手を握りしめると、その手を寛が両手で包み込んだ。
 ハッとして思わず目をあげると、寛が見つめていた。
 キラキラと目を光らせて。それは、微かに浮かんだ涙だった。
 
「……俺たち、何てバカなんだろう。それは、お互いに言葉にしなかったからだよな」
 俺たち? ……あたしと寛が、って事?
「確かに、俺は彰子と付き合う前は、早弥香と付き合っていた。別に誰でも良かったんだ……お前を手に入れる事なんて出来ないってわかってたから」
 寛の親指が、手の甲を愛撫し始めた。
 その優しい触れ方が、彰子の心に甘い感覚を起こさせた。
「だけど、お前の裸を見てしまったあの時……俺は誰にも渡す事が出来ないって思った。考える事は彰子の事ばかりになってしまった。早弥香では駄目なんだってハッキリわかったんだ」
 寛が、彰子の視線を絡めとった。
「俺は、お前しか愛せないんだって 」
 愛!
 彰子はその言葉に息を飲んだ。初めて寛が、口にしたからだ。
「俺は、待つべきだった。せめてお前が高校生になるまで、抱いてはいけなかった。だが……俺は、お前を誰の手にも触れさせたくなかったんだ。俺が京都へ行ってる間に、他の男の手に染められるのは許せなかった。……男のエゴさ」
 あたしが他の男に触れさせると思っていたの?
 こんなに寛を愛してるのに。
「俺はお前を愛してるからこそ、抱くのだという気持ちと……愛してるからこそ待つべきだという気持ちに、押し潰されそうだった。だが、俺は彰子を愛したかった……心だけでなく、躰も。お前の気持ちなど考えずにな」
 寛は彰子の強く握った手を、一つずつ剥がし始めた。
 掌にある赤くなった跡を見て、 そこを指で撫でる。
「この傷のように……俺は彰子を傷つけたのがわかった。俺は……それでも彰子を手放したくなかった。そんな時、彰子の心が俺から離れていくのがわかったんだ」
 離れる? そんな、何言ってるの?
「寛、それは」
「最後まで聞いてくれ! 俺が、お前の言葉を最後まで聞いたように」
 寛は強い視線で彰子を黙らせると、大きく息を吸った。
「俺はお前の気持ちが離れていくのがわかった時、自業自得だと思った。無理やりお前を抱いてしまった俺の責任だと……だけど、俺はお前を手放す勇気もなかった。合宿から帰った時、話があると言われて、俺は真っ先に別れ話だと思ったよ。あの時の俺は……お前を犯してでも、俺から離れるのは許さないと言うつもりだった」
 犯す……
 寛がいつの話をしてるのかわかった。
 あたしが呼び出して、下で話した時だ。
 あの時、あたしは寛がどこの大学を受けるのか全く知らなくて……そして突然知らされて……あたしは寛に捨てられる、別れるつもりなんだって思ったんだ。

2003/06/29
  

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