4万HIT記念企画♪
あの時……木嶋さんがあたしを抱きしめなかったから、寛との間は平行線のままだったかも知れない。
* * * * *
「カン、そんなに怒るなよ」
降参という風に、木嶋は両手を挙げた。
「お前、彼女いるだろ。それなのに、何で彰子の部屋にまで上がって……くそっ!」
寛は身を翻すと、部屋から出て行った。
「寛があんなに怒ったの……初めて見た」
彰子がボソッと呟くと、木嶋は笑った。
「怒るって事は、理由があるからだろ? その理由を問いただせば、彰子ちゃん幸せになれるかも」
「わからない」
本当にわからなかった。寛とは、本当に見せかけの付き合いしかしてこなかった。仲良く遊んだりした経験もない。
なのに、どうしてあんな風に激昂したのだろう?
「さっ、俺そろそろ帰るよ。カンが一人でいたって事は、彼女はカンと話が終わったって事だろ? 俺、彼女と会ってくるよ」
二人は階段を下りて玄関で向かい合った。
「彰子ちゃん、頑張れ」
彰子は苦笑いした。
「あたしの事より、木嶋さんが頑張らなきゃ。彼女の心、しっかり繋ぎとめるんだよ」
彰子は、木嶋の第一印象を改めなければと思った。
最初こそ、こんな男とかかわりあいたくないって思ってたくせに。
でも、今は話してみて、こういう男もいるんだと感心さえしていた。
木嶋がドアを開けた時、そこには息を荒げた寛がいた。
「木嶋、お前!」
思い切り睨み付ける寛に、木嶋は笑いながら何か耳打ちした。
すると、寛は放心して、彰子を見つめた。
「じゃぁね、彰子ちゃん」
笑顔で出て行く木嶋に、彰子は縋りたかった。
寛と二人きりにして欲しくなかった。
しかし、ドアがガチャンと無上な音を響かせると、その場には彰子と寛だけしかいないと、改めて実感した。
急に呼吸がしにくくなる。空気の濃度が増し、まるで酸素を求めて喘いでるかのようだ。
寛は、靴を脱ぎ始めると、突然勝手に2階へ上がり始めた。
「えっ? ちょっと、寛」
止める間もなく、寛は彰子の部屋に入った。
テーブルに乗った二つのグラスを見て、寛は彰子を睨み付けた。
「お前が、こんな軽率な行動をするとは思わなかったよ」
「軽率?」
彰子は、寛の突き放すような言葉に、唖然としてしまった。
何を怒ってるんだろう?
「あぁ。彰子は分別があると思ってた。告られる男を片っ端からフッてるから、気軽に付き合う……そういう女じゃないんだって思ってたんだ。なのに、何故木嶋を家に上げた? 誰もいない家に、男を上げるなよっ!」
「何、そのひどい言い方。寛だって、誰もいない家に勝手に上がってるじゃない、しかもあたしの部屋に!」
寛は顔を背けると、自分の部屋が丸見えの出窓に立った。
寛は、彰子に背を向けたまま一言も話そうとしなかった。
無言の背中は、強ばっており、頑に自分の殻に閉じこもっているように見えた。
何? いきなり入ってきて説教じみた事を言ったかと思えば、あたしの部屋から自分の部屋ばかり見つめてる。そんなに、自分の部屋ばかり見るんなら、家に戻ればいいのよ。
彰子は、腹が立ってきた。
寛の事は好きだ……でもこんな態度を取られるいわれはない。
クルッと背を向け、ドアの方に向かった。
この部屋から出て行こうとしたのだ。
その時――
「彰子」
彰子は、寛に名を呼ばれて、振り返った。
すると、寛は窓を背にして、彰子を見つめていたのだ。
「何? ……あたし、もううんざりなんだけど」
寛が、一歩前に踏み出すと、逆光だったせいで見えなかった顔が、彰子の目にはっきり映った。
寛は、とても真剣な表情で、彰子を見つめていた。
その表情は、彰子にとって初めて見る寛の顔だった。
「俺たち、ずっと避けてた話題があるよな?」
「避けてた話? ……ははっ、何言ってんの? そんなのないよ」
と言いながら、彰子は顔を背けた。
顔が赤らむのを止める事が出来ない。
彰子は、寛が何を言いたいのかわかってしまっていた。
そう、彰子の裸体を、寛が舐めるように見ていた時の話だ。
「彰子」
「あぁー、もういいよ!」
彰子は声を張り上げると、寛を睨み付けた。
「別に関係ないじゃない。避けてる? そんなの二人ともその話をしたくなかったからでしょ? もう1年も前の話を、今さら蒸し返さなくてもいいじゃない」
寛は、また一歩前に進み出た。
「彰子……。あの時からお前は俺を無視し出した」
「ははっ、何言ってるの? 無視も何も、あたしたちそんなに仲良くなかったよ」
「あぁ、仲良くなかったよな。お前が俺に近寄ろうとしないんだから」
寛が、またも一歩彰子に近寄ってきた。
彰子は、距離を縮めようとする寛から離れようと、後ろに下がったが、ドアにぶつかってしまった。
「別に近寄る必要なんてないじゃない。普通にご近所付き合いしてたんだから」
その言葉に、2重の意味を示した。
それ以上、側に寄るなという意思と、寛に近寄りたくなかったという意思を。
しかし、寛は彰子の言葉を気にしなかった。
「普通なんてもんじゃないよ。彰子は、俺を透明人間のように扱ってた」
「そんな事ない!」
彰子は、否定するように頭を振った。
しかし、寛に言われて、それが当ってるという事を思い知らされた。
寛はどんどん距離を縮め、とうとう彰子の目と鼻の先まで来て立ち止まった。
「俺、彰子の裸……忘れられないよ」
「やめて!」
やっぱりあの時の事、忘れてないんだ。
「彰子」
寛は、彰子をグィと抱きしめた。
「やだ、離してよ!」
寛が宥めるように、彰子の背を上下に撫でた。
「彰子、落ち着いて」
温かい寛の息が耳を愛撫した途端、彰子の躰が熱くなってきた。
初めて自分の身に沸き起こった……欲望の炎だった。