『17teen、ココロごと愛して』【2】

 横浜で高速を降りると、一貴は横浜スタジアムから遠ざかるように車を走らせた。
 地理が詳しくない莉世には、中華街から遠ざかってる……という事しかわからなかった。
 どこまで行くのだろう?
 と思ったが、意外にもすぐ車が止まった。
「さぁ、おいで」
 莉世は、一貴に促されるまま車を降りた。
 周囲にはビジネスホテルや商店・大きな遊歩道がある為、それほど殺風景という感じではない。
 それどころか、ちょっとした秘密の場所という雰囲気がある。
「どうした?」
 莉世は頭を振り、一貴の腕に手を絡めた。
「ココどこかなぁ〜っと思って」
「俺がいれば心配する事はない、だろ?」
 莉世は笑みを溢しながら、一貴の腕に頭を寄せた。
「うん、心配ないね」
 
 観光スポットから離れてるとはいえ、もし誰かにこの姿を見られたら言い訳が出来ない。
 その為、莉世は腕から手を離すと一貴の袖を掴んだ。
 一貴はその態度に眉を顰めたが何も言わず、目的地へと導いた。
 大通りから細い路地に入った所に、それはあった。
「うわぁ〜、外装が素敵ね」
「そうだな」
 表は全面ガラス張りのせいか、外から店内が覗けるようになっていた。
 クリーム色の壁紙に銀色のパイプを組み合わせただけの、オーソドックスな建物だったが、それで十分だった。
 ライトアップされた色とりどりのクリスタルが輝き、壁に模様を作っていたからだ。
 普通なら、ごちゃごちゃしているように見えるかも知れないが、そんな事は決してなかった。
外 からではなく、店内に入ってよく観察したいと思わせるほどの温かみも感じられるのだ。
「早く見てみたい!」
 莉世は興奮を隠しきれず、目を輝かせながら一貴を見上げた。
「よし、入ろう」
 
 
 一人店内を歩き、鏡の上にあるクリスタルを眺めていたが、実際は一貴とその綺麗な店主との仲の良さが気になって仕方なかった。
 彼女は、池永(いけなが)さんと言い……一貴より少し年上に見えた。
 34、5歳だろうか?
 ほお骨が高くて、瞳が大きく……睫毛も長かった。
 そんな彼女は一貴と話す為に顔を上げ、ピンクベージュ色に塗った唇を動かしている。
 時折嬉しそうに口角が上がると、滅多に微笑まない一貴の頬も緩んで……彼女を優しそうに見下ろしていた。
 莉世は二人から顔を背けるように、クリスタルへと視線を向けた。
  何だか無性にイライラして、無性に……哀しい。
 莉世はいろんなクリスタルを見た中で、一番ココロ惹かれたある一つの前で立ち止まった。
 とても精巧に作られたミニチュアの馬車。
 御者の場所や車輪や車軸、飾り等は金色で作られ、人が乗る部分は透明なクリスタルだった。
 莉世はただ見てるだけなのに、その馬車に乗った事があるような……不思議な感覚に囚われた。清々しい緑の香いを嗅ぎながら、優しい風に頬を撫でられる様子まで感じられる。
 何故コレを選んだの?
 この馬車に乗って、どこかに逃げ出せたらって思ってる? それとも一貴を引っ張ってわたしだけを見て……って、この個室になった馬車に連れ込みたいって思ったの?
「……それが気に入ったのか?」
 莉世はハッとして、斜め後ろに立っている一貴を見た。
「えっ?」
「そこから、ずっと動かなかったからな。……よし、今年はコレにしょう。池永さん」
 一貴は後ろを振り向いて、手を上げた。
 すると、微笑みながら店主が側へ近寄ってきた。
「う〜ん♪ とてもいい物を選んだわね。実は、昨日納入されたもので今朝ディスプレイしたばかりなのよ! 運がいいわ」
 彼女は莉世に微笑むと、その品をベルベッドの台へ置きレジへと向かった。
 莉世は、そんな彼女の艶めかしい後ろ姿を見た。
 良かったわね? ……しかも優しそうな笑みをわたしに投げかけてきた?
 その表情は、どうみても今まで見てきたようなものではなかった。
 響子さんや、湯浅先生……とは全く違った表情。二人の関係って?
「莉世?」
「とっても……綺麗な、女(ひと)ね」
 彼女の後ろ姿から目を離さずに、莉世は呟いた。
「あぁ、とっても素敵な女性だな」
 莉世は女性を褒める一貴を見た事がなかった為、ドキッとして一貴を見上げた。
  一貴は、そんな莉世の肩を抱き寄せた。
「実は、元々池永さんのお母さんがこの店を経営されてたんだ。彼女……今の店主は母親同様スワロフスキー・クリスタルに魅せられた一人で、いつの日か本社があるオーストリアへ行きたいと願い、少しずつ公言語のドイツ語と土地の言葉でもあるオーストリア語を勉強してきた。だが、大学卒業後、母親の後を継ぐ前に留学しようとしている矢先、先代が倒れてしまって、急遽後を継いだんだ」
  莉世は、一貴の腰に腕を回してギュッと掴んだ。
「お母様は?」
「大丈夫、療養されてるよ。とは言っても、しっかり彼女を影から支えているが……。まっ、それは親の意地もあるから仕方ないな。だが、池永親子を見ていると人として大切なものが見えてくるんだ。そういう人と出会えた事は、まさに俺の宝だよ。俺は運が良かった。全て莉世のお蔭だな」
「わたし?!」
 莉世はビックリして、大きく目を見開いた。
「そうお前だよ。スワロフスキー・クリスタルの店を偶然見つけて、入店したのは……お前の事を考えてだったからな。もし、今までスワロフスキーをプレゼントしていなければ、入ってなかっただろう。だから、お前が素敵な人たちに会わせてくれたんだ」
 莉世は全てを感じようと、一貴の胸板に頬をつけた。
 とっても素敵な、一貴の新しい一面を見られたような気がする。
 こんな一貴は……知らなかったもの!
 突然一貴の手が、莉世の顎に手をかけた。
 そのままその力に屈伏し、されるがまま顎を上げると、一貴の顔が覆い被さってきた。
 あっ、キスされる……
 瞼を閉じるか閉じないかの間に、一貴は優しく啄ばむようなキスをした。
 莉世は奮えながら、唇を開いて一貴の柔らかい唇を甘噛みし、彼の熱い吐息を唇に感じた。
「……ぁの〜、割り込みたくないんだけど」
 その声で莉世はハッと我に返り、一貴の躰を押した。
 申し訳なさそうに、店主が微笑んだ。
「こんな可愛い子が彼女なら……仕方ないか」
「ほらっ」
 一貴は、財布からプラチナカードを抜いて渡した。
「はい、どうもありがとうございます。……はいどうぞ」
  既にラッピングされたクリスタルの手提げを莉世に渡すと、一貴と彼女は再びレジに向かった。
 莉世は、そのまま違うクリスタルを見ながら、苦笑いを浮かべた。
 わたし、バカみたい。嫉妬なんかしちゃって。
 一貴はわたしをこんなに愛してくれてるのに……6年前まで続いていたクリスタルの事も覚えていてくれたのに……どうしてちょっとの事で嫉妬しちゃうのかな。
 目の前にある、カットが精巧な透明のバラを見て、感嘆のため息を一つ吐いた。
 綺麗。これがもし薄いピンク色だったら……あのバラ園と同じだ。
 小さい頃、一貴が渡してくれたピンクのバラと。
 値段を見て、莉世はパッと身を起こした。
 こ、こ、これが……10万円ですかっ?!
 壊さないようにしなくっちゃ! 弁償なんて事になったら、お小遣いじゃ全然足りないもの。
「あっ、それ一緒なのよ!」
 えっ?
 莉世は、突然池永さんが話しかけてきてビックリした。
 一貴はというと、丁度財布を閉って顔を上げた所だった。
「高いから、数点しか入荷出来なくてね」
「……えぇ、とっても綺麗ですね。……来年はコレをおねだりしなくちゃ」
 それは、ほんのお愛想だったが、彼女はビックリしたかのように目を大きく開いた。
「でも、これ……昨年……かず、」
「よし! 莉世行こうか」
  突然一貴が莉世の腕を捕って、店主の言葉を遮った。
「来年も宜しく頼むよ。それじゃ、またな」
 莉世は、訳がわからないまま……引っ張られるように一貴と路地へ出た。
 
 な、何? 今のは、何だったの?
 しかし、莉世何も言う事はなく、駐車した車の方へ向かった。
 一貴が、必死に何かを隠そうとしていた事も知らずに……

2006/02/15
  

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