彰子たちが、バースデー当日パーティーを開いてくれる(かも知れない)と告げた途端、
「お前のバースデーは、俺が一緒に過ごすんだ。三崎でも古賀でも……ましてや如月篤史でもない。わかったな?」
二人っきりで過ごしたホワイトデーの日、一貴はそう告げたのだった。
――― 2004年3月22日。
今日は、素敵なバースデーになるだろう。
一貴と付き合いだして初めての……わたしのバースデーなのだから。
莉世は、その特別な日に相応しい服を着ようと思っていた。子供っぽく見えず、かといって背伸びしてるようには見えないような服。
莉世は姿見に映った自分の姿を眺めて、どこかおかしいところはないかと目を凝らした。
淡いピンクのキャミソールとボレロカーディガン、2段フリルを裾にあしらった白のツィード調ミニスカート。
前で結ぶようになっているボレロのリボンは、乳房の下にある為……実際よりは豊かに見える効果を齎していた。
可愛らしくも見え、それでいて女としての魅力もあるように見える……かな?
そして、その服の下は……。
莉世は、急に頬を染めた。
なぜなら、ホワイトデーの日に一貴からお返しで貰った下着を身につけていたからだった。バストアップや補正とは全く無縁の……ランジェリー。
しかも、ピンクではなくホワイト……純白だった。
とても繊細な生地で作られた小さなブラとパンティは、とても薄く……ほんのり透けて見えた。
レース仕立てのガーターは見た目がエロティックな為、魅惑的な大人の女性になったような、そんな気持ちにさせられる。しかし、実際はとても可憐で清楚なイメージで作られた下着だった。
貰った時は恥ずかしかったが、一貴がこの下着を自分で選んだのかと思うと、妙な興奮を覚えたのも事実だった。
「楽しんでいらっしゃい」
ママは、一貴との仲を一応認めてくれてはいる。応援するとまで言ってくれた。
でも、堂々と親公認で一貴と一緒に泊まるというのは、ココロのどこかで納得していないようだった。
泊まるという事は、一貴とベッドを共にするという事。共にするという事は、一貴がわたしに触れるという事だから。
だから、ママは今回だけに限らず……特別な日は必ず複雑な思いで見送る。
「行って、きます」
莉世は胸に痛みを覚えながら白いダウンジャケットを羽織ると、門前で待っている一貴の車に向かって歩き出した。
それはいつも乗ってる教師用の車ではなく、一貴が大学時代愛用していた黒のBMWに似た車だった。
「女としての気持ちはわかるが、母親としては……複雑ってところか」
「えっ?」
ハンドルを片手で握る一貴に視線を向けた。
「公に俺と過ごすって事さ」
莉世は、肩を竦めた。
「ママだって……女だもの。好きな人と過ごしたいって気持ち、わかってくれてると思う。だけど、パパは、」
「そうそう! おじさんは、社内でも俺を睨みつけてた」
莉世は苦笑いを浮かべた。
「さてと、もうおじさんたちの話は終わりだ! 今日は莉世のバースデーだ。どこに行きたい?」
どこにも行きたくない……一貴と二人っきりになって、触れ合っていたいって言ったらどうする?
一貴のバースデーを祝った時のように……愛を感じたいって。
「莉世?」
何も答えない莉世に業を煮やしたのか、一貴が問いかけてきた。
「一貴は、何か考えてくれてるの?」
莉世は、両手をギュッと握り締めた。
ここ最近、本当にゆっくり過ごしていない。つい先日のホワイトデーは別として……。
「一応、ホテルは横浜のスイートに予約してある。あそこなら、偶然生徒と鉢合わせする事もないだろう」
そう言い切るって事は、きっと素敵なホテルに違いない。わたしのような高校生が、一泊でも泊まれるような所ではないって事よね。
でも、一貴がわたしの為を想って予約してくれた。
莉世はにっこり微笑んで、一貴に視線を向けた。
「ありがとう、一貴」
一貴が手を伸ばして、莉世の手をポンポンと叩いた。
ただそれだけなのに、強烈に躰が反応してビクッとしてしまった。
緊張……してるのかな? 一緒に過ごすのは初めてじゃない、あと1ヶ月ほどで付き合って1年になる。
今日がわたしにとって特別な日だから? だからこんなに興奮し、妙に緊張感も感じているの?
「いくら平日だからと言って、世間で注目を浴びてるようなデートスポットには連れていけないが……その代わり、隠れ処的な雑貨店に連れていってやるよ。好きだろ? スワロフスキー・クリスタル」
クリスタル!
運転中にもかかわらず、莉世は目を輝かせながら身を乗り出し、一貴の頬にキスをした。
「覚えていてくれたのね!」
一貴は笑いながら横目でチラリと莉世を見ると、視線を前に向けた。
「当たり前だろ? 莉世のバースデーには……毎年クリスタルもプレゼントしていたんだからな」
莉世は笑みを浮かべながら、前方に視線を向けた。
物心つく以前から、誕生日にはスワロフスキー・クリスタルの小さな置物をプレゼントしてくれていた。
今までバースデーで貰ったクリスタルは、部屋に置いてるガラスケースの中に9個並んでいる。
1歳から9歳……迄に貰った、小さな小さなクリスタル。
10歳以降は、貰えなかったけど。
一貴から逃げるように留学した時の事を思い出すと、やはり今でも胸がチクッと痛む。
結局それが原因で……一貴の側を離れた事で、二人の間で伝統となっていたその行事はなくなったのだから。
あれから6年経とうとしているのに……覚えていてくれたなんて!
物心つく以前だったから、特にスワロフスキー・クリスタルに興味があったワケではない。
一貴からのプレゼントという事実だけが、わたしを夢中にさせた。
光を反射して、綺麗に輝くクリスタル。
ねぇ、知ってた?
光が射し込んで輝けば、自然と人の目を吸い寄せるように……わたしも一貴に魅せられていたって事を。
幼ないながらも、一貴の全てを独り占めしたかったって事を。