『彼女の本音、俺の決意』【番外編】

 腹が立つ……、腹が立つ!
 一貴は響子の腕を取ると、客間へ押し込むように引っ張り入れた。
 そして、音が鳴らないように、ドアを背にして閉める。
 
 
 腕を組んで挑んでくるような響子を、一貴は目を細めて見つめた。
 ……いったいどこまで聞いていたんだ?
 俺と莉世の関係を、知ったのか?
 一貴の脳裏に、あのバースデー電報が蘇る。
 容赦のない言葉。あれは、響子の挑戦状だった。
 
「……何? こんな所へ連れ込んで。わたしが欲しくなった?」
 その言葉に、一貴は奥歯をギュッと噛み締めた。
「“諦める”という言葉を知らないらしいな」
「まぁね」
 響子は、微笑みながら肩を竦める。
 そして、ゆっくり近づくと一貴のセーターの上から、胸板に手を振れた。
「あの時、一貴に別れを告げられた時、とっても悔しかった。ううん、一貴に“お前との未来はない”と言われた時が、一番苦しかったかな。だから、わたしはおじいさまの耳に入るよう裏工作をしたの。まさか、あんなに早く一貴の耳に入るとは思わなかったけれどね」
 一貴は、響子の手練手管にのるまいと、ただ立ち尽くしていた。
 長い付き合いだった為、響子のやり方を熟知していたからだ。
「一貴とは、高校卒業してもずっと付き合ってきたのよ? だから、わたしとの未来も考えて欲しかった」
「おかしいな。俺らの間には、何も存在しなかっただろ? それを承知の上で付き合った筈だが」
 さらに一貴の瞳が冷たく光る。
 だが、響子は一向に怯むことなく、一貴の胸板を愛撫し始めた。
 
「でも……一貴はわたしとの時間を作ってくれたわよね?」
 一貴は、響子の愛撫の手を掴むと、汚いものを振り払うように離した。
「それが条件だった筈だ。見合いを破談にした後、すっぱり俺を諦めると言ったのは誰だ? 宮野会長に泣きついて、しばらくの間パーティーの相手として付き添う代わりに、お前はもう俺に付きまとわないと言っただろ?」
 響子は、キッと睨むように一貴を見上げた。
「あなたが、他の女を大事にしている……と聞くまではね」
 響子は、一貴の腰に腕を絡めながら抱きついた。
「わたし、本当に諦めるつもりだった。わたしにだってプライドがある。追いかけ回して、振り向いてもらえないのなら…もう仕方ないって思った。だから、あと少し、あと少しだけ…そう思ってパーティに一緒に出席してもらったのよ。わかってるでしょ? 昨年の5月以降、わたしは何かと理由をつけて一貴を引っ張り回した。でも一貴は……冷たかった。仕事の一貫として、ただわたしのパートナーをしてくれただけだった。だから、9月以降……連絡すらしなかった。親しくしてくれた、一貴のおじいさまの祝賀パーティーにさえ、顔を出さなかったのに! なのに、わたしの耳に飛び込んで来た内容は……一貴が他の女と付き合ってるって、その女を大事にしているって」
 一貴は、再び響子の腕を握り締め、躰から離させた。
「それで電報で先制攻撃か? それで、俺を取り戻せるとでも思ってるのか?」
 一貴は、鼻で笑いながら腕を組む。
「お前は何も俺の事がわかってないな。何をしても、最初から愛してなかったお前を愛するとでも思ってるのか?」
 響子は、哀しそうに一貴から一歩距離を置く。
「思ってない…一貴が簡単に堕ちるなら、あの時別れるような事が起こる筈ないんだから」
 一貴は、響子との間を縮めるように、一歩前に踏み出した。
「いいか? もしあの電報に打ったような事をしてみろ。ただじゃすまないからな」
 一貴はそう言うなり、ドアを勢いよく開け、響子に顎で指示した。
 響子は、仕方ないというように肩を竦めながら、廊下へ出る。
 一貴はそのまま響子を置き去りにし、莉世のいる部屋へ行こうとした。
 きっと、莉世は思い悩んでいるに違いない。それに、一人残すような事をしたんだから。だが、俺は響子に釘を刺しておきたかった。だから、あえてお前を一人にしたんだ。
 
「どこへ行くの?」
 響子が一貴の腕を捕えた。
 一貴は、視線だけで“腕を離せ”と告げるが、響子は逆に腕をギュッと握る。
「……莉世ちゃんのところへ行くの? 昔から“莉世ちゃん”ばっかりなんだから。……どうしてそこまで、あの子に構うの? 何か……理由でも?」
 くそっ!
 一貴は、響子の腕を振り払うと、階下へ向かう廊下へと歩き出した。
 すまない、莉世。今、響子の目をお前に向けさせたくないんだ。
 一貴は顎に力をいれて、階段を下りる。
 響子は何も言わずに、一貴の後ろからついてきた。
 一階に下りると、そこには柱に凭れた康貴がいた。
 康貴は、一貴の視線を受け止めると、軽く頷く。
 一貴はそれを見て頷くと、皆がいる場所へと向かった。
 康貴、頼む。俺の代わりに莉世の側に居てくれ。今は、お前を頼るしかないんだ。
 響子の毒牙を、莉世に向けさせたくない。
 俺がきちんと莉世に話をするまで、俺を疑って欲しくない。
 一番大切なのは莉世だとわかっているが、一貴はあえて莉世を康貴に託した。
 康貴を信じて……。
 
 
 康貴は、決意を漲らせた兄と響子の後ろ姿を見送ると、すぐに階上へと駆け上がって行ったのだった。
 独りぼっちになった、莉世の元へ……

2004/04/29
  

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