※ 前作『ココロの鎖、鍵を求めて』の続編
らぶらぶえっち・あまあまストーリーに突入!
今、莉世は一貴が運転する助手席に座りながら、弾むような気持ちでいっぱいだった。
なぜなら、やっとココロに巻きついていた重い鎖が外れたからだ。
全てがやっと明るみになった今……躰中から愛が零れるようだった。
莉世は、もうわかっていた。今夜……二人がどうなるのか……
ポッと頬を染めながら、高速道路を見た。
一貴は駅に降り立つと、このスポーツ・カータイプのレンタカーを借りて、支社に飛ばしたらしい。
そして、今そのレンタカーに乗ってるのだった。
二人が向かっている場所は……。
――― 京都。
一貴は、料亭風の旅館に車を止めた。
「ようこそおこしやす、水嶋さま」
50代の女将に出迎えられながら、一貴は莉世の肩を抱いた。
最近までは、触れられると強ばってしまい、一貴を拒絶していた……。
それが今は触れて欲しいと、ココロだけでなく躰からも発していた。
その想いを感じ取ってるのか、それとも……この数週間触れる事が出来なかったのを、今取り戻そうとしているのかどうかわからなかったが、一貴は誰にも隠そうとはせず、堂々と独占欲を表わしていた。
「無理言って申し訳なかった」
「とんでもありません。さぁさぁ、お嬢様も寛いで下さいね」
朗らかに微笑む女将に、莉世も微笑んだ。
実は、女将の目に好奇心のような表情を見せると、半ば予想していた。
この女子高生が、この方の恋人?! ……というような驚愕した目を。
しかし、女将はそんな表情は一切見せなかった。
見せないどころか、一貴がわたしを抱くその姿を、微笑ましく見守ってるような感じがした。
二人はロビーのソファに座ると、宿帳に記入した。
「さぁ、お嬢様、どうぞこちらへ」
何? わたしだけ?
莉世は不安になりながらも促されるまま立ち上がり、ある畳の部屋へと通された。
そこにある物を見て、莉世は驚愕して口をポカンと開けてしまった。
「すごいです! これは?」
目を輝かす莉世を、女将は本当に嬉しそうに微笑んだ。
「うちにお泊り下さる女性客の方に、プレゼントさせてもらってるんですよ? どうぞお好きなのを一つお選びください」
お好きなのを一つ……って言われても、こんなにたくさんある色とりどりの中から一つだなんて選べないよ。
しかし、莉世は惹かれるようにその浴衣の渦に入っていった。
どれがいいだろう? 家にあるのは、赤だから……。
ふと、目に薄い綺麗なピンクの浴衣が目に入った。
それは、一貴がプレゼントしてくれた携帯の色と似ていた。
うん、これにしよう。
それに手を伸ばした時、突然真後ろから「俺はこれがいいな」という一貴の声が聞こえた。
莉世はハッとして振り返り、一貴の視線の先にある浴衣を見る。それは黒を主体とした浴衣だった。ピンクの弁を持つ白い大輪と薄い紫の弁を持つ白い大輪が、膝から裾に向かって咲き誇り、それの花びららしきものが、胸元へと散っている。
一目見て似合わないと思った。
なぜなら、とても大人っぽい浴衣だったからだ。
「でも、」
「あら、水嶋さまさすがですわ。お嬢様は可愛らしい御方ですけど、背は高い方ですし……とってもお似合いになりますよ」
その言葉に、一貴が嬉しそうに口角を上げた。
「女将、これに合う帯を選んでくれ」
「はい」
女将は、すぐに一つを選びだした。それは綺麗な山吹色の帯だった。
「下駄はどうされます? こちらは貸し出しか、買い取りかのどちらかになるんですが」
「買わせていただくよ」
気前よく一貴が言うが、莉世は思い留まらせようとした。
「だけど、」
「いいんだ。今日は、お前が戻ってきた記念の1日目だからな」
そんな事言われたら……
莉世は顔を背けた。
やっぱり、全て水に流してはくれてない。
康くんの言ったとおりだ……歯車を元に戻すには、恋人同士が頑張るしかないって。うん、わたしが頑張らなくちゃ……
部屋に通された和室は、とても広かった。
……ちょっと待って。そう言えば、初めて入ったラブホテル、あそこも和室だった。もしかして、一貴って和室好き?
仲居がお茶を入れてくれてる間、莉世は視線を縁側に向けた。
そして、思わず うっと唸りそうになってしまった。
そこには……露天風呂がある。
各部屋に、露天風呂がついてるの?!
ちらりと振り返ると、一貴は床の間を背にあぐらを組んで、悠然と構えていた。
わざとわたしと視線を合わそうとしない……
もしかして、露天風呂がついてるからここを選んだ?
「失礼します」
女将が入ってきた。
「お嬢様の浴衣持って参りました。着付けは、私がしてさしあげますね」
「あっ、」
着付けは自分で出来る……と、言おうとすると、
「大丈夫、自分で出来ると言ってたから」
えっ?
莉世は着付けが出来ると、確かに一度だけ一貴に話した事があった。
そして、一貴がこの夏……わたしの浴衣姿を見てみたいと言っていた事も。
だけど、その時の事を一貴が覚えているとは、全く思っていなかった。
「まぁ、今時のお嬢様にしては躾が行き届いてますのね。それでは、ごゆるりと、お寛ぎ下さいね。御用がありましたら、フロントまでお申しつけ下さいませ」
頭を下げると、女将は微笑みながら出て行った。
女将と仲居がいなくなると、すぐに一貴に向き直る。
「着付けが出来るって、覚えていてくれたの?」
一貴は、何故そんな風に思う? ……と言いたそうに片眉を上げる。
「莉世……俺はお前と話した事なら、何でも覚えてるつもりだ。さぁ、風呂に入ってそれに着替えるんだ」
一瞬で胸が高鳴った。
お風呂って……まさか、部屋付露天風呂の事じゃ、ないよね?
「ほら、着替えを持って行くぞ」
一貴はそう促すと着替えを取り出した。
それにつられて、莉世も着替えを出す。
「じゃ、あがったら部屋で待ってるからな」
そう言って、一貴は隣の紳士浴場へ入って行った。
莉世はそれを見送り、淑女浴場へ。
……え〜と、あの露天風呂は使わないのかな?
眉間を寄せて不思議に思いながらも、服を脱ぎ捨てた。
躰の疲れや汚れを落とすと、莉世はバスタオルを巻きつけて洗面台へ行った。
髪を後ろで捻りあげ、一本串を挿し器用にアップにした。
サイドは少し後れ毛を下ろし、前髪は斜めに寄せる。
……うん、ちょっとは大人っぽく見えるかな?
軽くパウダーを叩き、ピンクに少しだけ赤が混ざったようなグロスを塗った。
……見かけだけ大人の女性に見せようとしても、仕方ないのにね。
鏡に映る自分自身に言い放つ。
さぁ、浴衣だ。下着は……どうしよう。本当ならブラはつけない方がいい。
よし!
莉世は、思い切ってブラをつけなかった。そしてパンティは……これはさすがに譲れず、ちゃんとつける。
前の合わせを間違えないように、全身を移す鏡の前で着替えた。
ここの旅館…何て気配りが出来てるんだろう。
お風呂上がりに浴衣を着れるよう、別室があり……汗をかかないように、ほどよい気温に保たれている。
莉世も、汗をかかずに上手く着替える事が出来た。
その姿を見て、ハッと息を飲んだ。
自分には絶対似合わないって思っていた柄なのに、とっても似合っていたからだった。
そして、妙に艶めかしくもあって……
一貴は、わたしの事を……わたしよりよく知ってるのかも知れない。
そう思うと、まるでさざ波が押し寄せてくるように、ココロが温かくなった。
恥ずかしそうに部屋に入ると、縁側を見ていた一貴が素早く振り返った。
一貴の目が、一瞬で欲望に燃え上がるのがわかった。
頬を染めて見つめ返すが、すぐに荷物を置きに行った。
どちらも意識してるのがわかったからだ……今夜の事を。
大きく息を吸って立ち上がると、一貴が後ろに立っていた。
「……よく似合ってる」
微かに掠れる一貴の声は、莉世を興奮させた。
一貴の手が、恐る恐る莉世の頬に触れた。
拒絶されないとわかると、一貴は顔を近づけ、唇を軽くついばんだ。
莉世の目がうっとり潤んでるのを見て、一貴はホッとしたように微笑む。
莉世も微笑みながら手を伸ばして、一貴の唇についたグロスを親指で拭った。
「……ありがとう。さぁ、ご飯食べに行こう。ここで食べてもいいんだが、せっかく浴衣を着たんだ。京の街を歩くのも、いい思い出になる。さぁ」
促されて、莉世は一貴の腕に手をかけた。
「あっ、荷物」
そう莉世が言うと、一貴も思い出したように、テーブルに置かれた巾着を取った。
「これを忘れてた。必要な物を入れてこい」
用意周到の一貴に感謝しながら、必要な物を入れると、再び一貴の腕に手を絡ませた。
デートは初めてではないが、都内ではおおっぴらにこんな風に腕を組んだり出来ない。
そういう意味では、この京都での散策は……恋人同士として初めてのデートと言ってよかった……