※ 何故、いきなり莉世が京都……そして○○に??
詳細は、《Ring of〜》シリーズ、『続・Ring of 〜真実の想い〜』を参照vv
一貴のいかにも沸騰しそうな形相に、莉世を凍りつかせた。
だんだん近寄ってくるごとに、凄まじい怒りが空気をピリピリとさせている。
まるで、静電気が走ってるみたいだ。
また、乱れる事もなくしっかりとスーツを身に纏ったその姿から、威圧感を感じ取ると、思わず恐怖が込み上げてきた。
莉世は携帯を握り締め、その恐怖に耐えようとした。
でも、耐えようと思って耐えれるものではない。
一貴に黙って大阪へ来た事、約束を破った事……ココロを閉ざして一貴を受入れられなかった事全てが、脳裏を駆け巡る。
その結果が、一貴がこうして怒りを漲らせているのだ。
全部、わたしが悪いんだ。
だから、わたしは何を言われても……何をされても文句が言えない。
しかし、一貴の手が上がった途端、恐怖に負けてしまい……思わず目を瞑った。
殴られる!
瞬間、温かい塊が躰を包み込んだ。
えっ?
恐る恐る瞼を開くと、目の前には激しく上下に動く胸元があった。
顔を上げて、初めて一貴の腕に抱きしめられているのがわかった。
「……ったぁ」
えっ?
力を込められて、ギュゥと抱きしめられた。
一貴を見上げると、彼は瞼を閉じて……まるで放心してるかのように見えた。
「か、ずき?」
囁く声を聞いた一貴は、バッと見開くと莉世を見下ろした。
一貴はゴクリと唾を飲み込むと、莉世をそっと離した。
「康貴、一つ……会議室を取ってくれ」
莉世を見ながら言う一貴に、
「わかった」
と、後ろから康貴の声が響いた。
一貴は、何も言わず莉世の手を握ると歩き出した。
受付嬢が、神妙な顔つきで見てるのがわかった。
だけど、そんな事は気にならなかった。
何故、一貴がココにいるのかわからなかったからだ。
商談用の部屋に、莉世は一貴と二人きりになった。
一貴がブラインドカーテンを上げると、部屋に眩しい陽が射し込む。
そして、一貴が振り返った。
「お前の様子が変だったのは、ずっとわかってた。だが、テスト前という事もあっただろう? 俺はそれが終わったら、きちんと聞こうと思ってたんだ。お前の本心を。だから……今日、お前が来るのを待ってた。そこに、携帯が鳴ったんだ。……康貴が、莉世は大阪に来てる、と言ってきたんだ」
変だなと思ってた。あの受付で電話をかけてる時、コーヒーを頼むだけにしては長過ぎたもの。
そして、受付の女性と目が合った途端、康貴は電話を切った。
あれは、きっと……
「どうして、一人で来たんだ? 何故康貴に会いに来たんだ?」
無表情を示してるが、少し青ざめているのがわかった。
だけど……どうして一人で来たと思うんだろう? あの時、ちゃんと友達と一緒に来たって、康くんに言った筈なのに。
「一人じゃないよ。彰子と一緒に来たの」
「三崎と?!」
突然の彰子の名に驚いたようだった。
莉世は、軽く微笑んだ。
「……ちゃんと、康くんには言ったんだよ。友達と一緒に来たって。……一貴には言わなかったみたいね」
一瞬、一貴の目に怒りが漲ったように見えたが、すぐにそれを消した。
「康くんに会いにきた理由はね……一貴とのギクシャクした関係を修復するのに、康くんに助けを求めたの。もちろん……あの、わたしの態度がおかしかったのもわかってる。それが、わたし自身の問題だったって事もね。一貴のせいじゃなく……ただわたしが気にし過ぎるから、」
「何を気にしてるんだ?」
莉世は、二人で話しているのに…何故こんなに遠く離れて話してるのだろうと思った。
一貴は窓付近に立ち尽くし、背に光を受けている。
わたしは、ドア付近で立ち尽くし、一歩も前へ進めない。
これも、わたしが築いた壁のせい?
もしかして、一貴の気持ちがわたしから離れていってしまったって事なの?
イヤ……そんなのイヤ!
莉世は、一歩前に進み出た。
「ずっと、辛かった……。どうして何も言ってくれないんだろうって。言ってくれないって事は、その裏に何かあるんだって……どんどん悪い方向へ考えてしまって」
革張りのソファの背に、手を置き、躰を支えた。
一貴は、一歩も近寄ってこようとしない。
胸が痛くなった。
そんなに、離れてしまったの? わたしが、一貴を傷つけたせいで、もうわたしなんかいらないって思ってしまったの?
込み上げる想いを、無理やり押し止めた。
「一貴に、ずっと聞けなかった。だから、康くんに聞こうと思ったの。でも康くんといろいろ話して、やっぱり一貴本人に聞くべきだってわかって。この旅行が終わったら、真っ先に一貴に会いにいくつもりだった」
「……一言、三崎と旅行へ行く……と言って欲しかった」
莉世は、視線を下げた。
うん、今ならそうするべきだったってわかってる。ましてや、今日は一貴と会う約束をしていたのに、わたしはそれを無視したんだから。
莉世は自分を奮いたたせ、一貴と視線を合わせた。
「康くんに聞こうとした事、聞いてくれる?」
頷く一貴を見て、莉世は大きく息を吸った。
「“こどもの日”の事。突然実家に帰った日、一貴が玄関先で言った言葉が……不思議でならなかった。何かが起こるんだってわかったような気がしたの。だけど、その後はいつもと変わりなかったから、気にし過ぎだってわかった。そう思った途端……一貴は仕事が忙しくなったでしょ? それ以降、週末会っても、一貴の態度がいつもと違って変だった。わたし、耐えられなくなった……、わたしって一貴の何なのだろうって。だから、あの日寝れなくなって倒れてしまったんだと思う。その後は……一貴も知ってるとおりよ。一貴の事が好きなのに……すごく愛してるのに、躰が変なの。その事で、一貴を傷つけた事もわかってる! だから、その理由を突き止めようと思ったの。ずっとココロの中で締めつけられていたものを取り除こうと思って……それで来たの」
一貴は、莉世から視線を逸らそうとはしなかった。
だけど、躰が微かに強ばったのがわかった。
「……あの日、何があったのか……わたしに教えて」
ドキンと胸が高鳴った。
とうとう言ってしまった!
言わない方が、聞かない方がいいって事ぐらいわかってる、でも……
「……お前が、そんなに悩んでいたなんて、知らなかった。それで納得がいったよ。お前が倒れた理由も……俺に触れられただけで、躰を強ばらしていた理由も。俺に、不信感を抱いてたんだな? ……っくそ。なら、どうしてそこまで思い詰める前に、俺に言ってくれなかった? 何故、俺ではなく康貴に聞こうとするんだ!」
今日初めて声を荒げる一貴に、莉世はビクッとなった。
「だって……一貴は言ってくれなかったんだもの」
「聞くことは出来た筈だろう?」
掠れた声で問う一貴を見て、莉世は一貴が酷く傷ついてる事がわかった。
わたしが一貴に触れられて拒絶してしまった時よりも、もっと傷ついてる。
一貴を抱きしめたかった。愛おしく、癒すように抱きしめたかった。でも、近づけない……まだ近づけないよ!
「一貴……、聞きたくても聞けなかったの」
莉世は、哀しそうに一貴を見た。
「『余計な事を聞くな』って言われたくなかった。『やはり、お前はまだまだ子供だな』なんて、言われたくなかったの。必死なんだよ? わたし、一貴に近付きたくて、一貴に釣合う女性になりたくて……必死なの! だから、子供っぽいマネはしたくなかった。だけど、倒れてしまって、一貴を受入れられなくなってしまって……もう頭がぐちゃぐちゃになってしまって……」
込み上げる涙を堪えながら、一貴に縋るように見つめた。
「子供っぽいマネをしてるのはわかってる。でも、この不安が取り除かれないと、わたし……」
一貴は、大きく息を吐いた。
「……何も言わなかった俺も悪いが、別に大した事ではなかった。だから、俺は何も言わなかったんだ。もしお前が聞いてくれていたら、こんな風にならなかったのにな」
一貴は、一瞬視線を莉世から外し、再び戻した。
「……あの日、あいつらが俺に会いに来たのは、俺を実家へ呼び寄せる為だった……見合いさ」
一貴が、見合い? ……だから、一貴は玄関先であんな事を言ったんだ。
「何があっても、俺を信用するんだ。わかったな?」
それで、いったいどうなったの?
一貴の次の言葉を待った。
「厳密に言うと……見合いであって、見合いではなかった」
えっ?
「相手は、俺の……知ってる女だった。俺は、この気違い染みたセッティングに腹を立てながら、俺はただ親の顔をたてる為に来たのであって、何かを前提に付き合うつもりはさらさらないと言ったんだ。……それで終わりだ」
「それだけ?」
莉世は、一歩前へ進み出た。
「……あぁ、それだけだ」
「じゃ、あの後仕事が忙しくなったのも、単に忙しかっただけなの?」
「あぁ、……俺にしてみれば……仕事だった」
一気に躰中がふわぁと浮かびそうな程、何かが解き放たれた。
抑え続けられていた鎖がプツンと切れ、まるで水中から上昇するかの如く、気持ちがどんどん浮上する。
なんてバカだったんだろう。何も気にするような事じゃなかったのに、わたしったら勝手に悪い方向へと想像ばかりしてしまって……。
お見合いだったていう事実を知った今、確かにショックだった。
そして、一貴は……わたしがショックを受けるのをわかっていたと思う。だから、わたしにお見合いをした事を言いたくなかったのだ。
わたしを心配させない為に……
莉世は、透明な壁が崩れる音を聞いたような気がした。
その結果、密閉されたような空気の重さは、一瞬で軽くなり……流れるように一貴の元へ向かった。
莉世はその流れに乗るように、一歩前に進みまた一歩前に進み、そして駆け出して一貴に首に抱きついた。
「ごめん、ごめんね……」
溢れ出そうとする想いを堪えて、ゆっくり言った。
すると、その場で動こうとしなかった一貴が、思い切り莉世を抱きしめた。
「……莉世、おかえり」
愛おしく……それでいて切なげに掠れた声が、耳元で響く。
その声を聞いて、莉世のココロはドクンドクンと激しく高鳴った。
そして 、縛りつけられた鎖が全て切れ、まるで羽ばたく鳥のように、躰のあらゆる器官がどんどん覚醒を始める。
許してくれるんだ……わたしの子供っぽいマネや、誤解した事。そして、ずっと一貴に触れさせなかったわたしの事……全て受け止めてくれるんだ。
わたしを、まだ欲してくれてるんだ。
「……ただいま」
瞼を閉じた時、感極まって溢れそうになった涙が、一貴の胸元へ落ち、スーツにシミを作る。
しかし、一貴は気にする事もなく、莉世をしっかり抱きしめていた。
莉世の躰は、拒否反応を示すどころか……一貴に愛されたくて仕方がないほど敏感になっていた。
わたしを戒めていた鎖の鍵は、やっぱり一貴が持っていたんだね……