「じゃ、あたしらは再入してくるね」
頑張れよ、と莉世にわかるようにガッツポーズを取ると、彰子たちは再びゲート内に入っていった。
チラリと振り返った古賀に、莉世は苦笑いしながら手を振ると、一貴に言われてた場所へ向かった。
あれが、化粧室か。
まだ空は明るいし、その周囲は賑わってる為、莉世は陰になった場所で待つことにした。
それにしても、どうして彰子の番号知ってたんだろう?
莉世は鞄から携帯を取り出した。
一貴……あの後、わたしに電話してくれたの?
わたしが電源を切ったって思ってるの?
莉世は、携帯を握り締めて口元に持っていきながら、きつく握り締めた。
お願い! あたしを信じて!
目を瞑った瞬間、何かにふわっと包まれたような錯覚に陥った。
でも、それは錯覚ではない……愛する人の香いが莉世を包み込んだのだ。
ゆっくり目を開けると、一貴が後ろから抱きついているという事がわかった。
「一貴……」
莉世は囁いた。
すると、一貴は莉世の顎を上げさせ、覆い被さるように、上から唇を塞いだ。
「っん!」
えっ、何? どうしてこんな場所で、突然キスするの?
その全て奪うかのような一貴キスは、所有欲の塊に思えた。
一貴はゆっくり唇を離すと、莉世の目を真剣に覗き込んだ。
莉世の躰は、すっぽり一貴の躰に包まれ、傍目には一貴一人が佇んでいるようにしか見えない。
「車で来てるんだ。行こう」
莉世は、促されるままに駐車場に行き、一貴の国産車の助手席に座った。
一貴は、エンジンをかけると、すぐに車を走らせた。
しばらくの間、一貴は一言も話さなかった。
莉世は、どんどん去っていくテーマパークのお城を見ていた為、この沈黙が苦ではなかった。
魔法がとけていく……全ての出来事が遠ざかる。一貴と湯浅先生……古賀くんとわたしにかかっていた魔法が、全てとけていくのだ。
でも、魔法にかかった湯浅先生と古賀くんの熱くなったココロは、何処へ彷徨うのだろう?
レインボーブリッジにさしかかった時、一貴が重たい口を開いた。
「莉世……、俺はお前を失ったかと思った」
失う? わたしを?
莉世は、胸が熱くなる想いを押し込めて、運転する一貴の横顔を見た。
「どうして?」
はっきりした声で問いたかった。
でも、苦しそうな掠れた声が出てしまった。
その声を聞いた一貴は、唇をきつく結んだ。
一貴が、感情を無理に押し込めようとする時にする……仕草を、莉世は目の前で見つめた。
「俺がみつるにキスされた時の、お前の表情を見て……俺は耐えられなかった。だが、俺は変に拒絶するより、ちゃんと納得した上で、みつるに理解して欲しかったんだ。みつるの熱を冷ますには、こうするしかなかった」
一貴は、ハンドルをきつく握り締めた。
「だからといって、俺はお前を蔑ろには出来ない。みつるよりも莉世……お前の方が大事だからな。俺はすぐ探したよ……もう教師としてでなく、一人の男として」
胸が急に苦しくなり、目頭が熱くなった。
「お前を見つけた時、古賀がお前の手を握って引っ張っていくところだった。お前たち……似合ってたよ」
吐き捨てるような言葉に、莉世は息を飲んだ。
一貴もわたしと同じ気持ちだったんだ!
わたしが、一貴と湯浅先生がお似合いだと思うように、一貴もわたしと古賀くんが年齢的に合ってるって思ったんだ。
わたしたちの気持ちは、こんなにも通じ合っているのだから、二人とも余計な心配しなくてもいい筈のに……
「ばかぁ……」
莉世は息をゆっくり吐き出した。
「もちろん、一貴が湯浅先生に告白されて、抱きつかれてるのに拒絶しないあの態度……すごく嫌だった」
一貴の喉がピクッと引きつった。
「キスされたのを見た時は、頭が真っ白になったの。あの時は……一貴を責めた。ひどい裏切りだって。でもね、一人になって考えてみたら、一貴に防ぎようがなかったのもわかったの。大事なのは、一貴から抱きついていない・キスしていない……って事。するのとされるのとでは、全く違うもの。そうよね、一貴?」
「……あぁ」
一貴は莉世の手を取ると、その指にキスをした。
「お前は、いつの間にそんなに大人になったんだろう?」
掠れた一貴の言葉が、莉世を舞い上がらせた。
でも、あともう一つ正直に言わなければ……。
「わたしが、どうしてそう思えたのかわかる? ……同じような経験をすれば、嫌でもわかるって事だよ」
一貴は眉間を寄せた。
「同じ経験?」
大丈夫、一貴もわかってくれる。
莉世は思い切り息を吸って、力を込めた。
「うん、わたしも……あの後、古賀くんに告白されたの」
「古賀に?!」
一貴は動揺したようだ。ハンドルが一瞬ブレる。
「そう。だから、あの時の一貴の気持ちがわかったの。諦めてもらおうと、傷つけないようにして、納得してもらおうと……わたしも必死で考えたから」
「それで、あいつは納得したのか?」
強ばる声を聞きながら、莉世は微笑んだ。
「うん……多分ね」
突然、車が高速出口に向かった。
下りるのはまだまだ先なのに。
「一貴、どうしてここで下りるの? まだ先だよ?」
莉世は驚きながら聞いた。
「お前が今すぐ欲しいんだ。……我慢出来ない」
一貴は歯を食いしばって、絞り出すように言った。
その悲痛な声に、莉世は呆然となった。
求められて嬉しくないわけがない。昼間、一貴に求めて欲しいと思ったのは、自分だったのだから。
でも、まさか……こんな風に言われるなんて。
一貴は、適当なラブホのカーテンを潜ると、車を止めた。
「一貴……本当に入るの?」
一貴は外に出ると、莉世のドアを開けて引っ張り出した。
「あぁ、入るんだ」
莉世は顔を赤らめて、促されるまま一室に入った。
中へ入った瞬間、一貴が莉世を背中から抱きしめた。
「あっ、一貴……お願い、シャワー使わせて」
縋るように言うと、一貴はやっと強ばらせていた顔を緩めた。
「あぁ、入ってこい」
莉世は、ドキドキするココロを隠すように鞄を無造作に置くと、すぐにバスルームへ入った。
ラブホに入るのは初めてじゃない。一貴と愛し合うのも初めてじゃない。
なのに、するだけの目的でラブホに来てしまった事が、莉世を当惑させていた。
莉世は裸になると、シャワーを浴びだした。
そしてスポンジを泡立てて、躰を洗い始める。
確かに、する事が目的でラブホに入るのは嫌だ。
でも、一貴がわたしを求めてくれている。湯浅先生でもない、このわたしを。
その事実が、莉世を熱くさせた。
その瞬間、後ろのドアが開いた。
素早く振り向くと、一貴が裸で入ってきたところだった。
「一貴!」
莉世は息を飲んだ。
こんな明るい場所で、裸を見せた事もなければ、一貴の裸も見た事がない。
莉世は、慌てて側のタオルで躰を隠そうとすると、そのタオルを一貴に奪われてしまった。
「俺の前で隠す必要ないだろ?」
莉世の口から、喘ぎ声が漏れた。
一貴はもう既に屹立してるのに、それを隠そうともしないからだ。
莉世はその光景を消し去るように、目をギュッと瞑る。でも一貴がシャワーを出した為、思わす目を開けてしまった。
一貴は、愛撫するように莉世の躰の泡を全て洗い落とした。
泡で隠れていた素肌が、一貴の目の前に現れる。
恥ずかしくて思わず目を瞑った途端、一貴は莉世を壁に押しつけて激しくキスをし、唇を割って舌を挿入してきた。
「っんふ」
一貴の手が、躰の隅々を探る。
莉世は、自然と一貴の首に抱きついた。
一貴は乳房を揉み、触れて欲しいと懇願して硬くなった乳首を、指で転がした。
「ぁん」
手が秘部に伸びてくると、軽く上下に撫でられた。
その軽いタッチが莉世を興奮させ、快感の渦へと誘った。
「はぁぅ……」
莉世は、躰を震わせながら一貴にしがみついた。
わたしをこんな風にとろけさせられるのは、一貴しかいない。
一貴に見つめられ、触れられるだけで……わたし!
一貴は、莉世が十分に感じているとわかると、手を伸ばして容器に入ってあったコンドームを取り、素早く装着した。
うそ……何でバスルームにまでにコンドームがあるの?
まさか、一貴……ココで、するつもり?
一貴は、莉世の膝裏に手を入れると、そのまま勢いで方足をグイッと持ち上げた。
その行動が、あの教務棟で抱かれた行為を思い出させた。
思い切り奥にあたるのが、痛くて痛くて……仕方なかったあの日の事を。
「いや、いや……やめて一貴。やだぁ!」
「莉世?」
突然の拒絶に、一貴は顔を強ばらせながら動きを止めた。
しかし、その拒絶が行為自体ではなく、莉世がその体位を本気で嫌がっているのだとわかった。
一貴は、足から手を放して下ろしてやると、次は莉世の手を取り、壁に付いてある取っ手に掴ませた。
「何? 何する、」
莉世は戸惑った。
しかし、その格好が何を意味する間もなく、一貴が後ろから挿入してきた。
「っんっあぁ!」
一貴は急ぐことなく、何度もゆっくりと腰を押しつける。
莉世が、快感に躰を震わせているのを見て、一貴はやっと口を開いた。
「……古賀に、何をされた?」
えっ? 古賀くん?
一貴のゆったりとした攻めが、莉世の躰に甘い電流を流し込んでくる。
そのせいで、莉世の頭はあまり回転せず、意識は下半身に集中してしまっていた。
それに、この恥ずかしい体位、いつもと違う場所にあたる妙な感じに、ココロも躰も支配されていた。
「わからない……わからないよ」
莉世は、呼び起こされる甘美な痺れから逃れるように、取っ手をきつく握りしめた。
「あいつに、キスされたのか?」
莉世はハッとなった。
一貴は、わたしの言った言葉を覚えてたんだ。
「どうなんだ?」
一貴は、いきなり挿入を速めると、手を秘部へ滑り入れた。
「っんあっ!」
莉世は、突然の甘美に背を逸らした。
「っく……されたのか?」
莉世は、コクコクと頷いた。
そうするしか出来なかった。
「くそっ!」
一貴は怒りを表わしたかのように、だんだん激しく打ちつけてきた。
溢れ出る愛液が淫猥な音となって、バスルームに反響させる。
ダメ……、わたし、もう!
「あっ、……っんん、ぁああっ!」
手をギュッと握り締め、思い切り背を逸らした。
快感が躰中を駆け巡り、膝がガクガクして崩れそうになった。
もし、一貴がウエストを持っていてくれなかったら、その場に倒れ込んでいただろう。薄れていく意識の中で、それだけははっきり感じとっていた。
莉世は目を覚ますと、ベッドに横になっているのがわかった。
そして、一貴が真剣にジーッと見つめている。
「古賀を殴りたい」
その言葉に莉世は、息を飲んだ。
たった軽く頬にしたキスなのに? 挨拶のようなキスなのに?
一貴は、突然覆いかぶさってくると、莉世の唇を奪うように、何度も何度も角度を変えてはキスを繰り返した。
「っんん」
舌を絡ませ、唾液が混ざり合う。なのに、一貴はキスを止めようとはしなかった。
苦しくなった時、やっと一貴が唇を離した。
二人は、激しく呼吸するように喘いだ。
しかし、激しく昂ぶりながらも、莉世は口を開いた。
「一貴と、湯浅先生のキスに比べたら、古賀くんにされたキスは……本当に何でもないキスだよ」
莉世の掠れた声を聞きながら、一貴は眉間を寄せた。
「どういう意味だ?」
「だって、頬に軽くされただけだもの」
そう言った途端、一貴は呆然となったのがわかった。
一貴は、力が抜けたように隣にドサッと仰向けに倒れ込むと、長い吐息を吐き出した。
「じゃ、俺が無理やりお前をラブホに連れてきた意味は?」
えっ? 意味なんてあるの?
莉世は身を起こして、一貴を見下ろした。
それを見た一貴は、莉世の頬を撫でた。
「お前が古賀にキスされたと知って、爆発しそうだった。お前は俺のものなのに! ってな」
一貴は、薄く笑った。
「そう考えたら、お前の記憶全てに、俺の存在だけを埋め込みたくなったんだ」
その言葉に、莉世は目を大きくさせた。
それって、わたしと一緒? わたしが、一貴の記憶から湯浅先生とのキスを消し去りたいって思ったのと一緒だよね?
莉世は、泣き笑いしたくなった。
そのまま顔を伏せると、一貴の唇を優しくついばんだ。
「莉世?」
「わたしたち、同じ気持ちだね」
そう言うと、莉世は一貴の肩に頭を乗せた。
すると、一貴は愛おしそうに、莉世の髪を撫で始めた。
大丈夫。わたしたち、お互いに……こんなに想い合ってる。わたしたちの熱いココロは、お互いを求めてる。
今日は、皆が魔法にかかってしまって、すごい1日になってしまったけど、魔法がとけてみると……意外といい日だったって思う。
はっきりさせる事が出来たし、こうして二人の気持ちが近い事もわかった。
そうだよね?
莉世は、一貴の肩の窪みにキスをした。
すると、一貴の手が伸びてき、莉世のうなじを優しく愛撫した。
あれ? そういえば、どうして一貴は彰子の携帯番号を知ってたんだろう? ……まぁ、いっか。
あの時、彰子の携帯にかけてくれなかったら、こうして幸せを実感する事なんて出来なかったもの。
それに、どうして知ってるかは、いつでも聞ける。
今は、まだこうして一貴を感じていたい……。
莉世は顔を上げて、精悍な一貴の顔を見下ろすと、愛情を込めて微笑んだ。