古賀は、混んでる人ごみを掻き分けながら、莉世を引っ張った。
すると、彰子たちの姿が見えた。
「遅い、古賀!」
怒鳴る彰子に、古賀は苦笑いした。
「これでも急いで探したんだ。携帯の電源が切れてた桐谷を怒ってくれ」
莉世は、急いで古賀の手を振り解き彰子を見たが、彰子がその行動を見逃す筈がなかった。
彰子は片眉を上げて、説明しろと言わんばかりの視線を送ってくる。
莉世は、彰子の側へ行くと囁いた。
「またあとで」
彰子は、莉世に意味深な目で見つめながらも、とりあえず、この場では聞こうとはしなかった。
部屋から部屋へと通り抜け、乗り物に乗ると、隣に古賀が座ってきた。
「俺がここを選んだ理由、教えるよ。こうして2人で乗りたかったんだ」
莉世は、ハッと息を飲んだ。
「でも、古賀くん困るよ。わたし、言ったじゃない。こんなの……」
「わかってる。桐谷は俺とは付き合えない。だけど、俺が桐谷を想う気持ちは、誰にも止められない。そうだろう?」
そう言われて、莉世は俯いた。
そんなのわかってる! だけど……わたしは放っておいて欲しいのよ。
ガクンと動き出すと、古賀が莉世の手を握り締めてきた。
嘘……古賀くんって行動派だったの?!
「やめて」
莉世は手を引っ張るが、離してくれない。
乗り物が横に揺れるたび、古賀の躰に触れてしまう。
楽しむどころか、神経は全て古賀に集中していた。
やだ、やだ……どうしよう、どうしたらいいの? 一貴と付き合ってる事は絶対言えない! じゃぁ、どうしたらいいの? どうしたら……。
古賀が、握っていた莉世の手を持ち上げると、手の甲にキスした。
「古賀くん!」
莉世は、ビックリして思い切り手を引っ張った。
「何で? アメリカじゃ、こんな事されなかった?」
「でも、ここは日本よ」
押し殺した声で囁く莉世と古賀は、もう幽霊を見るどころではなかった。
莉世は睨むように見つめ、古賀は無表情で見つめ返してくる。
「やめて、こんな事。もう二度としないで。これ以上困らせるんなら……友達としてもう付き合えない」
古賀が息を飲んだのが、莉世にはわかった。
こんな言い方したくない……。
でも、そうでも言わないと、いつかもっと大胆な行動を取ってくるかもしれない。それを、一貴にでも見られたら? そんな事が理由で、一貴がわたしから離れていったら?
莉世の背筋に、寒気が走った。
絶対耐えられない!
苦しくて、苦しくて……どうにかなってしまう。
考えただけで、こんなに苦しいのに、現実に起こると思ったら……。
心臓を掴まれたような痛さが、莉世の胸を貫いた。
一貴を失うなら、まだ古賀くんに辛くする方がいい! 辛いけど……一貴は誰にも替えられない大切な人だから。
「わかった、もうこんな無茶な行動は取らない。桐谷の迷惑になるような事は絶対したくないから……。それに、俺はただ、桐谷に俺を好きになって欲しいだけだから」
莉世は、ホッと胸を撫で下ろした。
「古賀くんの事、友達として好きだよ。でもそれはLIKEであって、LOVEじゃないの」
古賀は、莉世の言葉を聞いて、脱力したように後ろに凭れた。
しばらくそのまま動かなかったが、突然莉世の方を振り向いた。
「今日俺が告白した気持ちは本当なんだ。だけど、もう無茶な行動には走らない……いきなり手を握ったり、肩を抱いたりして桐谷を困らせたりしない、誓うよ」
その言葉に、今度は莉世が脱力した。
良かった……古賀くん、わかってくれたんだ。
「ありがとう」
莉世は微笑んだが、
「ただ、最後に……今日の記念に、キスさせて」
と、その言葉に、莉世の笑みは凍りついた。
「古賀くん!」
「海外の挨拶と一緒。頬にだけだから……」
そう言われて、莉世はどうしたらいいかわからなかった。
確かに、頬にキスは何度も受けてきた。数え切れない程たくさん……
莉世がどうしようか迷ってると、古賀の顔が近づき、頬に軽くチュッとキスされてしまった。
「古賀くん」
莉世は、慌てて古賀を見た。
「ごめん……返事はきっとNOだと思ったから。でも、これで大人しくするって誓うよ。今までと同じような態度で、桐谷に接する。それで……もし桐谷が俺を好きだと気付いてくれたら、その時は俺に言って欲しい」
その真剣な表情に堪え切れなく、莉世は戯けたように笑った。
「でも、その時は既に古賀くん……誰かと付き合ってるかも知れないね」
すると、古賀は諦めたように顔をしかめた。
「……本当、そうかもな。俺が他の子を好きになってる可能性あるかも。でも、当分俺は桐谷だけだよ」
お願い、そんな事言わないで。
莉世は、顔を背けた。
でも、彼がそう思う気持ちを、わたしが止めさせる事は出来ない。気持ちは……その人のものだから。他人が口出しする事じゃないって、わかってるから。
ふと我に返ると、ちょうど止まった所だった。
古賀が下りると、その後に莉世も続いた。
結局、幽霊たちを見る事は出来なかった。
外へ出ると、すでに17時過ぎていた。
もう、アトラクションは無理だと決めた結果、皆でお土産買うとなった時、彰子が莉世の腕を取った。
「二人で話したいんだけどいい?」
妙に真剣な声で言う彰子に、 莉世は頷いた。
多分、古賀と手を繋いでいた話を、聞きたいのだと思ったのだ。
皆と別れると、彰子は人があまり通らない土産物店の店先へ莉世を連れていった。
「いったいどうなってるの?」
第一声、彰子は苛立ったような声で言った。
「どうなってるって?」
「莉世……何で古賀にキスさせたの?」
ええっ?
莉世は、何故彰子が知ってるのかわからず、唖然とするしかなかった。
「バカ! グルグル動くから見えるの! しかも、二人だけで別の世界に入ってたじゃない。見つめ合ってばっかりで……ちょっと莉世、あれって裏切りだよ。もしセンセが見たら、絶対怒るよ」
莉世はため息をついた。
「大丈夫、もう終わったから」
「終わったって?」
彰子は莉世の言葉に眉間を寄せた。
「実は、告白されたの」
彰子が、ハッと息を吸った。
「でも、ちゃんと断ったよ。当たり前じゃない」
彰子は、喉元に手を持っていくと、何かをギュッと握り締めた。
「じゃぁ、どうしてキスさせたの?」
「違うよ。させたんじゃなくて、されたの。これって大きな違いだよ?」
そう……大きな違いだ。
「ありがとう、心配してくれて。そうやって気にかけてもらえて……本当に嬉しいよ」
彰子は、ホッとしたようにため息をついた。
「あたし……本当に莉世とセンセには幸せになって欲しいと思ってるから」
――― 〜♪
彰子の携帯が突然鳴った。
彰子は、慌てて携帯を鞄から取り出した。
「はい? ……えっ?」
一瞬で、彰子の顔が驚愕に満ちた。
「ど、どうしてあたしの番号知ってるの? ……はい、はい、わかった。ちょっと待って」
そう言うと、彰子が莉世に携帯を渡した。
「えっ、何?」
「代わってくれってさ」
誰が?
莉世は、頭を悩ませながら、彰子の携帯を受け取った。
「もしもし?」
『俺だ』
うそ……。
莉世は絶句してしまった。
どうして一貴が彰子の番号を知ってるの?
彰子を見ると、彼女は「あたしは知らない」という風に肩を竦めた。
『帰り……古賀と一緒に帰るのか?』
神経質そうな、強ばった声が聞こえてきた。
古賀くん? 何でここで古賀くんの名前が?
「ううん、どうして?」
そこで、莉世はハッとした。
一貴は、湯浅先生と一緒に帰ると報告したいの?
もちろん、今日は一緒に帰ろうなんて約束はしていない。学校行事なのだから、当然の事だ。なのに、どうして?
『解散後、 駅とは反対方向の、左奥にある化粧室の辺りで待っててくれ』
思ってもみなかった言葉に、莉世は戸惑いを隠せなかった。
「えっ? どうして……」
『古賀と帰るんじゃないんだろ? ……なら、そこで待ってろ。すぐ行くから』
それだけ言うと、切れた。
「何て?」
彰子に問われると、その携帯を返しながら口を開いた。
「わからないけど、何か話したいみたい」
彰子は表情を曇らせた。
「見られたんじゃない? 古賀の事」
莉世は頭を振った。
「違うよ。多分わたしが見たから……」
「見たって何を? ……莉世?」
莉世は心配そうにしている彰子を見上げると、微笑んだ。
「大丈夫! わたし……自分でも成長してるって感じてるの。ココの威力なのかな。魔法にかけられたって感じ」
自分でそう言って、妙に納得してしまった。
一貴のレストランでの行動、それに反応してしまったわたしの行動、湯浅先生がオープンに告白してしまった事、古賀くんがわたしに告白して……大胆な行動を取った事。
まるで、「大胆になれ」という魔法をかけられたみたいだった。
それは、全てこの場所が生み出したのかも知れない。
「おとぎの国」が、現実を忘れさせたのだ。
突然、莉世は、彰子の妙な動作も思い出した。
それもこの魔法のせいかも知れない。
何気なしに、彰子が胸元をさぐる場所へ視線を向けた。
すると、そこには鎖に繋がれたリングが光っていた。
プラチナの……ダイア?
それが何を意味するのか聞きたかった。
でも、莉世は聞くのを躊躇した。
ココで聞くのは、止めた方がいい。
現実の世界に向き直った時、改めて聞くべき大切な内容だと思うから。
その方がいいよね? ねっ、彰子?
莉世たちは、皆と落ち合うとゲートを出て、集合場所だった場所へ向かった。
時刻は、18時になろうとしていた。