莉世と彰子は、時間に追われる事なく、二人きりでいろんな事を話した。
しかし、6時過ぎという事もあり、二人は喫茶店を出ると、彰子お薦めのイタメシ屋に行く事となった。
彰子は、莉世と歩きながら、芸能界勧誘・ナンパ・アンケート等を適当に足らってさっさと歩く。
もちろん、莉世にもお声がかかったが、その時は彰子が、
「この子、もうプロダクションに入ってるんで」
「今から、彼氏と会うんだ」
「未成年だから、何度言われてもお断り」
さらっと言って、歩を進めた。
彰子って、すごい。
莉世は彰子の言動に圧倒され、ポーとなった。
もし自分一人なら、絶対立ち止まって話を聞いてただろう。
莉世が尊敬の念を込めて、彰子を見ているのに気付くとげらげら笑いだした。
「駄目だよ、莉世。あんなのにいちいち応えてたら、いつまでたってもご飯食べられなくなる」
「すごいよ、彰子……わたしなら絶対立ち止まってる」
真剣に言う莉世の言葉に、彰子はまたも笑いだした。
「もう〜、あんたって本当に可愛いよ! ……センセにはもったいない。よし、奪っちゃおう!」
と、一人で言いながら、笑ってる彰子を見て、莉世も楽しくなってきた。
彰子には、何も隠さなくていい。
恋人が誰なのか知られてるというだけで……ココロの重みがこんなに軽くなるなんて……思ってもみなかった。
そして、 こんなにワクワクするなんて、本当に不思議。
19時前に、彰子お薦めのイタメシ屋さんに着いたが、何と超満員だった。
「あぁ、やっぱり混んでるなぁ。ココって雰囲気もいいから、学生はもちろんの事、会社帰りのサラリーマンや、コンパとかも多いんだ」
莉世は、入り口からエレベーターの前まで立ち並ぶ人にビックリした。
スーツを着た男性と女性、若い女性や男性がたくさんいた。
その人たちを見ながら、莉世は彰子に向かって口を開いた。
「コンパって何?」
その問いに彰子は、目を大きくしたかと思えば、ククッと笑いだした。
「そっか、莉世はコンパした事ないんだね」
「コンパってするものなの?」
すっとんきょうな返事に、彰子がまたしてもクスクス笑い、周囲にいる女性も珍しそうに莉世を見た。
その視線に耐え兼ねて、焦りながら彰子に視線を向けた。
「わたし、変な事言った?」
彰子が、莉世の肩をギュと抱いた。
「いいんだよ。仕方ないって。だって莉世はそういう言葉を知らなくて当然なんだからさ。あたしがいっぱい教えてしんぜよぅ〜。ちなみにサラリーマンはリーマンとも言う」
ちょうどいい具合に椅子が空いた為、彰子と莉世はそこに座った。
「あのね、コンパっていうのは、知ってる人たちとでもいいんだけど、知らない人たちと楽しく会話する事だよ。う〜ん…… Communication
party って言ったらわかる?」
莉世は、あぁという感じに頷いた。
「Blind Date だね」
今度は、彰子が眉間を寄せた。
「何? その……ブラインド・デートって」
莉世は、彰子に教える事が出来ると思うと、嬉しくて仕方なかった。
「同じような意味だよ。会った事もない人とデートするって意味」
「へぇ〜、向こうでもあるんだ! ……ナニナニ? もしかして、莉世もしたとか?」
彰子は、妙にニヤニヤして嬉しそうにした。
「Oh...I'm sorry. I can't answer your question.」
莉世は笑いながら、彰子にもわかる英語で答えた。
「あぁ、逃げた! これは、何かあると睨んだぞ」
莉世は、クスクス笑った。
突然、莉世たちの前に座ってる2人組みのサラリーマンが、話しかけてきた。
「君たちの話し聞こえたんだけど、コンパした事ないって?」
「あたしはあるけどね、この子はない」
彰子が応対するのを、莉世は一歩退いて見ていた。
「じゃぁさ、俺らとコンパしない? ちょうどこっちも2人なんだ、どう?」
「駄目! 今日は女同士で語り合うんだから」
ピシャと言い切る彰子に、莉世はまたも感動した。
はぁ〜、やっぱり彰子ってすごいよ。
なかなか進まなかったが、やっと席に案内してもらった。
やはり2人連れという事で、BOX席ではなく、真ん中のセンターテーブルに案内された。
テーブルの角だから良かったと思ったが、角の隣はさっきのリーマンたちだった。
彰子はため息をつきながらも、莉世をリーマンから離れた席に座らせた。
そのリーマンも座ったのが莉世たちだと知ると、ニコニコし出した。
「やぁ。これじゃコンパと一緒だね!」
「さぁ、どうかなぁ」
彰子は、メニューで顔を隠して、莉世に囁いた。
「最悪な席になっちゃったね。ごめん」
「ううん、彰子が謝らなくても。気にしないのが一番だよ」
「だね!」
彰子の顔から、緊張が消えた。
とりあえず、いろんな物を頼もうという事になった。
メニューを選んでると、彰子が口を開いた。
「あのさ、ずっと気になってたんだけど、センセ……怒ってなかった? 今日、莉世をあたしが独占して」
莉世は、一貴が妙に変だったのを思い出して顔を顰めた。
「全然。人ごとみたいに『頑張ってこい』って言ってたんだよ。誰のせいでバレたっていうのよ! ……あっ、もちろん今はバレて良かったと思ってるよ、信じて」
莉世が焦って言うと、彰子は仕方なさそうにうんうん頷いた。
「まっ、そういう事にしといてあげる。それで?」
「うん……今日歓迎会だって。だから、夜来なくていいって。どうせ、彰子が夜までわたしを離してくれないからって」
その言葉に、彰子がう〜んと唸った。
「センセ……あたしの事、ホントよくわかってるよね」
莉世は、苦笑いした。
本当、一貴は彰子の事よくわかってると思う。
もしかして、一貴って……結構いい先生してるんじゃない?
料理が運ばれてきて、その美味しさに舌鼓をうっていると、やはりあのリーマンが話しかけてきた。
「ねぇねぇ、君ら女子高生? 俺らさ、絶対あやしくないから、そう距離取らないでよ」
そう言うと、名刺を取り出して渡してきた。
莉世は、彰子の方に身を乗り出して、その名刺を覗き込んだ。
水嶋グループ?!
一番上に書いてあるその名前を見て、突然莉世の心臓がバクバクしてきた。
本社勤務ではなく、彼らは傘下企業の社員みたいだったが、咄嗟に莉世は彰子を見た。
「水嶋グループ? ふぅん……」
良かったぁ〜、バレなかったみたい。
これはわたしから言うべき事じゃないから、口が裂けても言えないよ。
莉世は、胸を撫で下ろした。
「何か、その名前に縁があるなぁ」
彰子の呟く言葉にドキッとしながら、莉世はライムのソーダーに手を伸ばすと啜った。
その時!
何かに吸い寄せられるように、視線を上げると、入り口の階段から一貴が下りてきた。
莉世は、突然の一貴の登場に咽せそうになり、すぐさまジュースを置くと、メニューで顔を隠した。
どうして? どうして一貴がここにいるの?!
「どうしたぁ、莉世?」
彰子は、莉世の異常な行動に気付くと、顔を近寄せてきた。
と同時に、莉世はそのメニューで、彰子の顔も隠した。
「彰子、一貴がいる! 多分、今階段を下り終わってる頃」
「えっ?!」
彰子がビックリして、顔を上げた。
「ありゃぁ〜、隣に湯浅連れてるよ」
「えっ?」
今度は莉世が驚かされる番だった。
見ると、一貴の腕に手を絡ませた湯浅先生がいる。
その大人っぽい服装に、莉世の胸がギュッと痛くなった。
そして、二人がとても似合いのカップルに見える事も胸を痛くさせていた。
「どうする? このまま知らない顔してる?」
莉世は、コクンと頷いた。
歓迎会だって、言ってたのに……どうして湯浅先生と二人だけでいるの?
青ざめた莉世の表情を見た彰子が、 ゆっくり口を開いた。
「莉世……センセにだって、付き合いってものがあるのを忘れたら駄目。 もちろん、湯浅のあのバッチリな服装や化粧を見たら、センセに夢中だってわかるけど、それをセンセがどう受け止めて……どう行動するかで変わるんだよ」
莉世は、彰子の真剣な声に気付いた。
「でも、歓迎会って言ってたのに」
「言ってたのは知ってる。でも、それを自分で勝手に決めつけたら駄目だよ。ほら、この状況を見て? あたしたちは別にコンパしてるわけじゃない。でもセンセから見たら、莉世が浮気してるって取られる可能性だってあるんだよ?」
莉世は、そう言われて驚愕せずにいられなかった。
「でも、違うのに!」
彰子は、唇を緩めて微笑んだ。
「そういう事。その場の状況だけで、勝手に判断したら駄目だって言ってるの」
彰子に言われてみて、そうなんだと気付かされた。
勝手に自分で不安を作らないって決めたのに……。
莉世は、長く息を吐いて、彰子に感謝の気持ちを表わした。
「そうだね……さっきだって彰子に言われたばかりなのに……。わたし、まだまだ子供だ。あんな風にお似合いのカップルに見えると、どうしても考えてしまうの……年齢差とか」
彰子が肘で莉世を押した。
「それって、莉世だけじゃないと思うよ。センセだって、きっと年齢差を気にしてると思う。でも、そんな事より、莉世を独占したいって気持ちの方が大きいんだね、きっと。だから、いろんな問題があっても、それを承知の上で莉世と付き合ってるんだよ」
莉世は、本当に彰子と親友になれて良かったと、改めて思った。
彰子って、本当に大人だぁ。
同じ年齢だって絶対思えないよ……どうしてこんなに適切な言葉を言えるんだろう? ……あの、自分から駄目にしてしまったっていう恋に、関係があるの?
二人が、こそこそ話してると、リーマンが身を乗り出してきた。
「何二人で話してるんだよ? 楽しいおしゃべりしようよ」
彰子が、眉間を寄せて、そのリーマンの方へ顔を向けた。
「駄目、そんな状況じゃなくなったの」
「えっ? 何かあった?」
彰子は、イライラし出して莉世の方を振り返った。
「莉世、あたしは確かにその場の状況で判断するなって言ったけど、自分から火に飛び込む事ないと思う……つまり、この後ろにいるリーマンと、いつまでも一緒にいるのはヤバイって事」
莉世は、彰子の言葉に何度も頷いた。
話せば、きっと一貴はわかってくれる。でも、いつまでも彼らといる必要はない。
「出た方がいいと思うんだけど、それでいい莉世?」
「うん、わたしもそうしたい」
二人の意見が一致した時、
「ほぅ〜、俺らに気付いて出て行こうとしてるのか」
上から冷たい声が降ってきた。
莉世と彰子は、恐る恐る視線を上げると、腕を組んで睨み付けてる一貴と視線があった。
しかも、一貴はわたしだけを見てる!
「あっれ〜、センセじゃん。気付かなかったなぁ」
彰子が機転を利かせて、いつものおちゃらけた風に言うが、一貴の冷たい目が莉世から逸れると、彰子を睨んだ。
「嘘をつけ! メニューで顔を隠した、妙な奴等がいるなと思えば」
「一貴、ここは学校じゃないのよ? この子たちも、自由にしていいじゃない」
湯浅先生の突然の登場、しかも一貴の腰にさり気なく触れるその動作に、莉世の視線は一瞬釘付けになった。
「あれ、湯浅センセ。あたしらのセンセと……デート?」
ニヤッと笑う彰子に、一貴の表情は怒りで強ばってる。
しかし、彰子の言葉で、湯浅先生の頬はうっすら染まっていった。
「そんなわけあるか」
一貴の怒りを殺した声で、湯浅先生は一瞬で顔を強ばらせた……。
彰子は、真実を明らかにする為に、湯浅先生の前で聞いてくれたんだ。
わたしの事を思って………。
堂々とした彰子の姿を見て、莉世は素晴らしい親友を持てた事に、感謝した。
探そうと思っても、そう探せるものじゃない。
莉世は、一貴の冷たい態度を見つめながらも、ココロは彰子への感謝で膨れ上がっていた。