『ココロの陽、BEST FRIEND』【2】

「莉世、そんなに身構えなくてもいいよ?」
 莉世は、彰子のいつもと違う言葉遣いに、ビックリした。
 彰子って、いつも楽しそうだし、こんな風に大人しい話し方なんてしないのに……何故?
 
「ははっ、そんなにビックリしないでよ。あたしだって、いつもあのテンションじゃいられないよ」
 莉世が思った事を、ずばり言い放ったのだ。
 莉世は、口をぽかんと開けるしか出来なかった。
「莉世だって、最初の日と言葉遣いが違ってるって、知ってた?」
「えっ?」
 彰子が、クスッと笑った。
「転入初日だから、気が張ってるのかなぁ〜って思ってたんだけど、翌日会ったらまるで印象が違ったから、ビックリしたんだよね……あの時。憑き物が落ちたっていう感じかな……物腰も柔らかくなってたから、これは何かあったんだって思ったんだ」
 確か……パパもママも、彰子と同じような事を言ってた。
 わたしが、昔のわたしに戻ったって。
「それからかなぁ〜、莉世の行動に興味を持ったのは……」
「興味?」
 莉世は眉間を寄せながら、堂々と話す彰子を見た。
「そう。だって、転入してきた当日は、携帯持ってないって言ってたのに、翌日はもう携帯持ってた。その携帯に、電話とメールがすごく入るから、これは男だなってすぐ思ったんだ。だから、一応莉世にも確認したでしょ? でも、妙だったんだよね……その彼、休み時間を把握してるんだからさ。それに、莉世は絶対あたしらの前で話そうとしなかったから、余計その相手が誰か……知りたくなったんだよね」
 その言葉にドキッとし、唾をゴクリと飲み込んだ。
 莉世は、核心に近づいてきたのが、わかった。
 やっぱり、彰子は……一貴との事をわかってる!
 
「あたしも、まだ断定は出来なかったんだ。何せ……あの、人は、表情を崩さないで有名だし、女子の人気者のくせに冷たく振る舞うし……きっと彼女は大変だろうなぁって思ってた。まぁその予想はハズレたけどね」
 彰子の目がキラリと光った。
「あぁ、バカだねぇ……あの人。もし、莉世を呼び出したりしなければ……もし、湯浅に裏を取られるような事をしなければ……もし、あたしの言葉に反応しなければ、まだ騙せ通せてたのに」
 莉世は、瞼を閉じた。
 あぁ……やっぱりバレてる。
「それから、あの人の行動を観察していたらさ、わかったんだ。莉世にだけ、妙に優しく見てるって」
 莉世は、呆然とした。
 うそ……。一貴は、わたしだけ特別に扱ったりなんかしてない。
 だって、わたしがそう思うんだから間違いないよ!
 その考えが表情に表れていたのか、彰子がニコッと笑った。
「あぁ、勘違いしないで。他の人には絶対わからないと思うよ。あたしは、手元に情報があったわけだから、そういう結果に辿り着いたんだ。だから、莉世の彼氏が誰かわかったってわけ。あっ、あの人……って呼んでたけど、はっきり名前言って欲しい?」
 莉世は、頭を振った。
「いい、もうバレたってわかってるから……もちろん、わたしはバレてないだろうって、ここ1週間思ってたんだけど……はぁ〜、一貴はそうは思ってなかったみたい」
 莉世は、一貴の方が彰子の事をよく知ってると思うと、悔しくなった。
 彰子は、わたしの友達なのに。
 チラッと視線を上げると、彰子がニヤニヤしていた。
「へぇ〜、呼び捨てなんだぁ。まだ知り合って2週間だっていうのに、それほど仲良くなったんだ……でも、あの女生徒に厳しい……水嶋センセが、生徒に手を出すとは思わなかったよ」
 莉世は、再び頭を振った。
 そして、自分が物心ついた時から一貴を知っていて、一貴の事がずっと好きだった事を話した。
 
 
「へぇ〜、それじゃ、あの日が再会した日だったって事?」
 彰子は、事実を知らされて驚いていた。
 莉世は頷いた。
「本当にビックリした。まさか一貴が先生になってるなんて思ってもみなかったし……それにあの時は、まだ会いたくなかったから」
 彰子の目が、何かを捕らえようとキラッと光った。
「会いたくなかったって……どういう事?」
 莉世は、唇をギュと引き締めた。
「それは……ずっと会ってなかったわけだし。でもね、今思うとあの日再会出来て、良かったんだって思ってる。もし、会ってなかったら……まだ一貴に会いに行ってなかったし、それにこうして恋人になれてなかったし、ね」
 彰子が、腕を組んでう〜んと唸った。
「結局、転入初日にセンセと再会して……付き合う事になったって事は……水嶋センセも莉世の事好きだったって事だよね?」
 莉世は、彰子の言葉に驚愕せずにはいられなかった。
「まさかっ! わたしは一貴にとって “妹” のような存在だったの。それに一貴にはわたしと全く違うタイプの恋人が……以前いたし。だから、一貴がわたしを好きだったって事は、絶対あり得ないと思う」
 そうよ。わたしの事を “妹” のように好きだったって事は、十分わかってる。
 でも、 “女” として好きだったって事は絶対あり得ない。
 
「それって、変だと思わない?」
「えっ?」
 彰子はまだ腕を組んで、何かを考えてるようだった。
「莉世から聞いた話と、学校でのセンセの姿を重ねてみたんだけど、どうしても……納得がいかないんだよね。……センセは莉世の事を、以前から好きだったんじゃない?」
 彰子は、チラッと莉世の顔に視線を合わせた。
「考えてみてよ……あの冷たい薄情なセンセが、莉世と再会してすぐ付き合おうってすると思う? あたしは、そうじゃないと思う。再会してすぐ付き合おうとする男って、そうめったにいないって。もちろん、可能性がゼロってわけじゃないよ。でも莉世の場合は、まだ子供だったわけだし……それなのに、再会してすぐ付き合おうとするなんて、おかしいよ。特に、相手があのセンセならさ」
 彰子は、莉世の反応を見るように言葉を切った。
 そして、莉世がショックを受けながら聞き入ってるのを見ると、再び口を開いた。
「……もし、莉世と再会する前から、好きだったんなら……話は噛み合うんだけどね」
 莉世は、彰子をまじまじと見た。
「ま、まさか……。だって、一度も会ってなかったんだよ? 一貴の中にいるわたしは、10歳の女の子。その少女に “女” を感じると思う?」
 莉世は、その自分の言葉に呆れながら頭を振った。
「あるわけないよ」
「それじゃ、どうして再会してすぐ付き合おうって事になるの? 莉世……もうちょっと頭働かせてみな? 莉世は、ずっとセンセを好きだったから付き合いたいと思ったんだよね? じゃぁ、センセも付き合おうって言った時、莉世の事が好きだから、独占したいって思ったんじゃないの? そうでなきゃ、いきなり付き合おうなんてしないよ」
 彰子は、自分の言葉に納得すると、微笑みながらコーヒーを口元に運んだ。
 莉世は、彰子のその言葉にココロ動かされていた。
 一貴は、あの日……愛してるって言ってくれた。
 わたしも、昔からずっと愛してきたから、すんなりその言葉が出た。
 ……本当なの?
 一貴は、もしかしたら……わたしと再会する前から愛してくれていたの?
 
 面を上げて、彰子の顔を凝視した。
 すると、彰子はニコッと笑った。
「そうだと思うよ、うん。そうでなきゃ、おかしいからさ。まぁ、いつから愛情に変わったのか……あたしにはわからないけどね」
 莉世の目に、涙が浮かんできた。
 それを見た彰子が、急に慌てた。
「ちょ、ちょっと、莉世! もう〜泣かないでよ」
 莉世は、慌てる彰子を初めて見て、口元が緩んだ。
「へへっ、ごめん。……実は、すっごい苦しかったの。一貴と付き合う事が出来たけど、ココロの中ではやっぱりわたしなんかって、卑下してた。一貴には釣合わないって思ってた。だってさ、一貴の周囲には素敵な女性がたくさんいるんだよ。こんな子供を本気で相手にする? ……ってやっぱりどこかでずっと思ってた」
 莉世は指で、涙を拭った。
「でも、彰子の言葉を聞いて……ココロに溜まってた不安とか、疑心暗鬼がふわって軽くなって、まるでココロに陽がさしてきたみたい。ありがとう、彰子……こうして話せて良かった。彰子に知られて良かった、バレて良かった」
 彰子は、ほっとしたような表情をして、微笑んだ。
「うんうん。そう感じてくれて良かった! 不安とか出てくるのわかってるけど、絶対自分で作ったら駄目だよ。……莉世には、あたしみたいなドジ踏んで欲しくないから」
 彰子が寂しそうに笑った。
 莉世は、そこで初めて彰子が苦しい恋をしていた事に気付いた。
 だから、適切な言葉を莉世に与えてくれたって事も。
 莉世は、彰子の腕に手を置いた。
「わたし、力になれる?」
 彰子はその言葉にビックリしたようだったが、無理やり笑った。
「ありがとう、莉世。そう言ってくれるだけで、とても嬉しいよ。でも、あたしの恋は、あたしから切っちゃったから……」
「彰子……」
 彰子は、この自分の話題を吹っ飛ばすように、コーヒーをグイと飲み干した。
 
「本当はさぁ、あたしが知った事を内緒にしておくべきかどうか悩んだんだよ? でも、莉世にとったら、この事で相談出来る相手が必要なんじゃないかって思って。そう思ったら、ジッとなんかしてられなくってさ。それで、こうして呼び出したってわけ」
 確かに……バレる前は、やっぱり怖かった。
 でも、こうしてバレて……友達に言葉で言ってもらえるって事が、こんなにココロをホッとさせるものだと、思ってもみなかった。
 彰子を信じて良かった。
 莉世は、ココロからそう思った。
 
「センセは何も言ってなかった? もちろんこの件に関してだけど」
 莉世は、微笑みながら、やっとコーヒーを手に取った。
「うん、わたしが彰子を信用してるって言ってら、別に話してもいいって。でも、彰子にバレた時だけって約束だったけど」
「ふ〜ん」
 彰子が、ニヤッと笑った。
「センセも、いろいろ考えてるわけだ」
 考えてる?
 莉世は、その言葉に彰子の表情を探った。
「まっ、これからいろいろあると思うけど、頑張りなよ。悩みがあれば、何でも相談にのるし」
「ありがとう、彰子」
 感激で胸が高鳴り、嬉しさで涙が込み上げてきそうだったが、莉世はそれを押し込めた。
「っていうか……あたしがどんどん莉世とセンセの間に入っていきそうだけど」
 彰子はそう言って、一人クスクス笑いだした。
 ふと我に返った彰子は、莉世にニヤッと笑いかけた。
「そういえば……古賀は、莉世に彼氏がいるって薄々感じてたみたいだけど、それでも諦めなさそうだったよね」
 確かに、古賀の態度は莉世でもわかる程だった。
「彰子」
 莉世は、助けを求めるように縋った。
「ダメダメ……そんな声出しても。まぁ、一応予防線は張ってあげるけど、柴田と奈美の件もあるからなぁ」
 そう言われると、嫌とは言えず、苦笑いするしかなかった。
 
 
 今回の件で、彰子との絆が強くなった。
 一貴との事を知っても、それを全て受入れてくれて、二人の恋が上手くいくように助言までしてくれた彰子。
 彰子は、莉世の本当の意味での友達……
 親友《BEST FRIEND》になってくれたのだ。
 
 その事を思った時、自然と彰子と視線がぶつかる。
 彰子の真剣な目が、莉世と同じ事を思っていると語っていた。

2003/04/15
  

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