『おかえりなさい 〜エピローグ〜』

 菜乃は、その場から動こうとしなかった。ずっと……ずっと自分の殻に閉じこもっていた。
 みんなとなかよくあそぶのが、どうしていけないの?
 
「なの、ちゃん?」
 菜乃は涙を流したとはっきりわかる顔で、隣に座って顔を覗き込んでくる健介を見た。
「けん、すけ……くん」
「ぼくのせいで、ケンカしたの?」
 菜乃は頭を振った。
「ちがう」
 菜乃は、再び地面にいるアリを見た。健介は何も言わず、ただ側にいてくれた。
 しばらくすると、健介は立ち上がり何も言わずにどこかへ行った。
 健介がいなくなった事で、菜乃は独りぼっちになったと気付きとても哀しくなった。
「けんすけくん……なのといっしょにいてよ」
 唇を戦慄かせてそう呟いた時、ドタドタと走る音がした。。
 菜乃が振り返ると、健介が黄色い花を手に持って、一生懸命走り寄ってきた。ぜぇぜぇ肩で息をしながら、健介は再び菜乃の隣で座り込んだ。
「これ……」
 健介が、花を菜乃に手渡した。
「ありがとう」
 菜乃は健介が戻ってきてくれた事が嬉しくて、それを受け取りながらにっこり笑った。
「なのちゃんって、かわいいね。しってる? これ、ナノハナっていうんだ。まるでなのちゃんみたいだね。うん、ボク、これからなのちゃんのこと……ナノハナってよぶよ」
「ナノ、ハナ……」
 この綺麗な花が菜の花だと知り、また可愛いと言われた事で菜乃は満面の笑みを浮かべた。
「せんせいにきいたら、おしえてくれた。なのちゃんみたいでしょ?」
 菜乃は、しっかりと菜の花を握った。家に持って帰って、飾ろうと思ったのだ。
「また、けんすけくんといるの?」
 その声は、眞耶の声だった。睨まれた菜乃を庇うように、健介は前に立ち塞がる。
「ナノハナは、ボクといっしょがいいんだ!」
 健介は、独り占めをするように菜乃の手を握ると、遠くに見えるジャングルジムまで駆け出した。
「けんすけくん!」
 勢いよく引っ張られるままに、菜乃はただついていくしかなかった。
 この時、幼いながらも健介と一緒に行くのが……正しい事だと思ったのだった。
 
 
 * * * * *
 
 
「菜乃? 大丈夫か?」
 一回目は、お互の想いの強さを伝え合った。
 息を整えた後、まだ飽き足らないというように、再び絡み合った。激しく……それでいて甘美な拷問ともいえるクライマックスに達した菜乃は、しばらくの間失神していたようだ。
 震える瞼を押し開けると、しっとりと汗ばんだ健介の顔が目の前にあった。
(そうだった。健介が、わたしの元へ戻ってきてくれたんだった。あの日と同じ……わたしをナノハナ≠ニ名付けてくれた日と同じ。わたしに、初めてプレゼントをくれた日と同じように)
「無理をさせ過ぎた?」
 心配そうに囁く健介を安心させるように、菜乃は手を滑らせて健介の首から肩へと触れた。
「そんな事ない……。健介に愛されてるって、実感出来た」
 健介に愛された事で自信を得た菜乃の笑みは、とても綺麗に輝いていた。
「健介、おかえりなさい」
 感極まったかのように、健介は菜乃の首に顔を埋めた。
「ただいま……」
 その掠れた声には、いろんな感情が込められいたのは、言うまでもない。
 これから先、健介は菜乃だけを見つめてくれるだろう。幼稚園児だったあの頃と同じように……

2004/07/29【完】
  

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