『永遠を誓って…』

 菜乃は、電車の乗り換えをしながら自宅へと向かった。健介に携帯で連絡を取ればいいのに、何故か出来なかった。
 未来から真実を教えてもらったが、それとこれとは別だったから。二人は……あの日別れたままだから。
 菜乃は不安を覚えながらも、流れていく景色を見ていた。
 こうやって、全て後ろに流れてしまえればいいのに。苦しんだ日々が、何事もなかったようになればいいのに。
 だが、決してそうはならない。これは、二人の初めての失敗になるのだから。
 そうだよね? そう思っていいんだよね、健介?
 
 最寄り駅に着くと、菜乃は扉が開いた瞬間外に飛び出した。人を掻き分け、階段を駆け上がる。
 改札に向かう途中、菜乃の目に見慣れた人影が飛び込んできた。人垣を縫うように前だけ向き、髪を無造作に乱しながら急いでる姿。
 健介!
 菜乃は、健介の後を追うように人にぶつかりながら改札へと急いだ。
(お願い、そんなに早く行かないで。待って……待ってよ。わたしはココにいるのよ)
 改札を出ると、健介は下りエスカレーターに乗る所だった。
「待って、けん、」
 そう呟いた瞬間、二十メートル先にいる健介が、ゆっくり視線を菜乃の方へと向けた。まるで、何かを察したように。
 健介は人に埋もれた菜乃を見つけると、瞬時に立ち止まった。
 何かに引っ張られるように、健介は身を翻し……来た道を戻るように、再び人を掻き分け始める。
(どうして……どうしてわたしがいるってわかったの?)
 菜乃はそう思いながらも、足は健介に向かっていた。
 見つめ合ったまま、二人は目と鼻の先で止まる。周囲の人たちは、二人を訝しげに見つめていたが、菜乃も健介も全く気にしなかった。気にしているのは、お互いの存在だけ。
 菜乃は、健介の青ざめた表情を見つめた。
 目の下にはクマが出来、菜乃を見つめる黒い瞳は苦痛を露している。唇の端は下がり、とても哀しそうに見えた。
(そんなに……辛かったの? 健介も、わたしと同じように辛かった? 会えなくて、愛し合えなくて……)
 引き結んだ唇を見つめていたが、菜乃は再び視線を健介に向けた。
 視線を合わせた事で、健介が今までの事をどう話そうか苦悩しているのが、手に取るようにわかった。
 思いがけず、未来からの電話で真相はわかった。
 だが、……志月に促されてマンションから飛び出した時、健介から何も訊かないでおこうと菜乃は決めていた。
 菜乃のどこがいけなかったのか訊き、そしてまだ忘れられないという事だけ言うつもりだった。
 そして……菜乃の気持ちを受け止めて貰えるのなら、全てを捧げようと思っていた。
 その気持ちは、未来から真実を聞いた今でも、全く変わっていない。
 
 
 菜乃は、麻痺したような足をゆっくり動かし、健介との差を縮めると再び止まった。
「……まだ、わたしを好き?」
 瞬間、健介は瞼を閉じた。
 だが、すぐにカッと見開くと、菜乃の両手をさらうように握り締めた。
「……今まで以上に、愛してる」
 菜乃は、唇を震わせながら下を向いた。目の奥がチクチクし、涙が溢れそうだ。瞼を閉じ、涙を振り払いながら深呼吸を繰り返した。
「菜乃、俺はきちんとお前に告げなければ、」
 そこまで言った時、菜乃は健介に掴まれていた手を抜き取ると、そのまま彼の口元に触れた。
「そんな事は、大切じゃない。今、大切なのは……わたしたちがお互いを必要に思ってるかどうかだけ。そうでしょう? わたしたちは、それぞれ自分の思惑から……二人の関係をダメにしてしまった。何か訊きたい事があれば、素直に訊けばよかったのよ。何があろうとも、相手の言葉に耳を傾けて訊けば良かった。それをしなかったから、二人は別れる事になった。それだけなのよ」
 口元にあった菜乃の指を、健介は空いた手で再び握り締めた。
「だけど、俺は、」
 菜乃は、その言葉を制するように頭を振った。
「わたしたちは、今回の件でいろんな事を学んだ。これから先も付き合ってくなら、それを忘れないようにする事が大事よ。言い訳したって、何にもならない。そうでしょう? 今大切なのは、必要なのは……健介に愛されてるって事だけ」
 健介は、握り締めた菜乃の指を唇に持っていくと優しくキスした。
「俺って……幸せものだ」
「わたしの方が幸せものよ」
 涙に光る瞳を気にせず、菜乃は微笑んだ。
「それで、示してくれるの? わたしを……愛してるって実感させてくれるの?」
 掠れたその声に、健介の瞳が活き活きと輝き出した。
「お前の為ならいつでも……」
 健介の温かい舌が、指のつけ根を愛撫した。それを受け、菜乃の躯の芯が一瞬で熱くなった。
 
 二人は、陽が落ちる前からラブホに足を踏み入れていた。
 健介は、ゆっくりと菜乃のTシャツを脱がすとジーンズも脱がせた。
 ブラとパンティ姿を崇めるように、健介は菜乃の足首から徐々に上へとキスと舌の愛撫を繰り返した。
 菜乃は躯を小刻みに震わせながら、しっかりと健介の肩に掴まる。
 健介に求められる……たったそれだけの事が嬉しくて、いつの間にか涙が零れ落ちた。その涙は、運悪く健介の頬に落ちた。
 健介はその雫に気がつくと、愛撫をやめて立ち上がった。
「菜乃?」
「何でもない」
 笑いながら涙を拭う菜乃を見て、健介はそっと抱き寄せた。
「俺に触れられるのが嫌なら……」
「そうじゃないの!」
 菜乃は、健介のTシャツに手を伸ばすと、そこから引き締まった素肌に触れた。
「嬉しいの。……健介がわたしを求めてくれる。それが……とっても嬉しくて」
 健介は勢いよく菜乃から手をどけると、Tシャツとズボンを脱ぎ捨てた。ボクサーパンツ一枚になった健介を見た菜乃は、彼が既に興奮状態なのがわかった。
 張り詰めた空気、二人の秘めた想いが荒い息となってどんどん密度が濃くなる。
 健介がそっと腕を伸ばし、菜乃の乳房をブラの上から包み込んだ。その優しい触れ方が、菜乃の芯を揺さぶった。
「どれほど……菜乃に触れたかった」
「わたしも」
 菜乃は健介の胸板に、手を広げながら触れた。長い吐息が健介の口から漏れる。
「ゆっくり菜乃を愛したい。だが、そんな余裕……俺にはない」
 手慣れた仕草でブラジャーのホックを外すと、菜乃を抱きかかえてベットへ落とした。と同時に、健介が菜乃のキスを求めた。
 健介は、菜乃の全てを愛するように、躯の全てに愛撫を繰り返した。手で愛撫をした箇所には、必ず唇が後を追い、どんどん菜乃の波を押し上げていく。
 菜乃はたまらくなり、身を捩りながらシーツを握り締めるが、健介の愛撫は止まらない。
「健介! わたし、もぅ……」
 喘ぎながら懇願するが、健介はまるで菜乃を崇めるかのように全てに舌を這わしていく。
 めちゃくちゃになりそう……、これ以上耐えられそうもない。
 既に灯された火は熱いうねりとなって、潤いを十分に作り出していた。
 まるで塞き止める術がないように……ダムが決壊したかのように、どんどん滴り落ちていくのがわかる。
 だが、菜乃にはどうしようもなかった。健介の手によって、奏でられているのだから。
 小刻みに奮わせて耐えていると、健介が菜乃の足を手で開いた。
「……すごい」
「そんな事、言わないでよ」
 情熱で濃くなった瞳で菜乃を見つめると、健介はそのまま菜乃の股間に顔を埋める。
「健介!」
 叫んだと同時に、熱い息と温かい舌が菜乃の秘部に触れた。思い切りシーツを握り締め、その何ともいえない愛撫を締め出そうとしたが、どんどん翻弄されていく。
「っんん、ぁっ!」
 粘膜の音が部屋中に響き渡る。
 菜乃はその恥ずかしい音から逃げるように身を捩るが、健介が腰をしっかり押え込んでしまっていた。
 もう、ダメ!
 菜乃は、思い切り背をのけ反ったと同時に、爪先を丸めるほど躯を引き攣らせた。
「っぁぁぁ!」
「菜乃……愛してる」
 健介の舌で触れられて軽くイった後、菜乃を休ませる事なく彼は何度も貫いた。
 そして、共に頂上へ駆け上がりクライマックスに到達した。
 情熱をぶつけあい、お互いの存在を実感しながら得た至福は、例えようがないほど素晴らしかった。
 荒れ狂った息遣いが落ち着くと、健介は菜乃の湿った躯を抱き寄せた。
「私も」
 菜乃は健介の耳元で囁きながら、健介の胸に手を伸ばした。心臓はまだ激しく高鳴っている。その手を健介が握り締めた。
「俺、お前に説明しなければ。どうして、こういう結果になったのか。どうして菜乃を哀しませる結果になったのか」
 菜乃は視線を、健介の顎へ向けた。
 言うべきだろうか? 未来さんから電話があった事を。
 でも、彼女から理由を聞いたから、健介の弁明を聞きたくないのではない。
(未来さんから実情を聞く前から、わたしは理由はどうでもよくなってしまっていたから)
「菜乃、俺は、」
 まだ力の入らない躯にムチ打って、菜乃は身を起こすと健介を見下ろした。
「未来さんから全て聞いたよ」
「未来から? どうして!?」
 健介の目が、驚きからか大きく見開く。
「健介に会おうと思ったの。わたしの何がいけなかったのか、もう二人はダメなのか……もう一度チャンスをくれるのかどうか、その為だけにわたしは健介の家に向かっていた。その時、未来さんから電話がかかってきて、全てを聞いたの」
「俺の……不甲斐なさを全部?」
 不甲斐なさ? とんでもない!
「健介が自分の想いを貫いた……素晴らしい出来事を全部」
「俺は、」
「未来さんから聞いた事で、健介の口から理由を訊きたくないってワケじゃない。わたしの中では、もう決着がついていたから。だから、訊かないの」
 菜乃は、健介の言葉を遮るように、自分の思いをぶつけた。
「辛い状況だったのに、わたしを選んでくれて嬉しかった。ありがとう。でもね、これからは何も言わないままでいるのはやめて。今回の件では、わたし本当に苦しかったし哀しかった。だから、これからは……もう二度とわたしをこんな目にあわせないで欲しいの。何か問題が起きたら、わたしを心から締め出さないで。きちんと相談して」
 自分の躯の上に引き寄せるると、健介は菜乃を抱きしめた。
「あぁ、これから先、菜乃を二度と苦しめるような事はしない。そうならないよう、菜乃に相談するって誓うよ。俺は、この先もずっと菜乃といたいから。永遠を共にしたいから」
 掠れた声が、菜乃の耳元で囁かれた。
 菜乃は、感情がこもった言葉に感激していたが……最後に囁かれた永遠≠ニいう言葉で、一気に力が抜けていくのを感じた。
 それって、それって……プロポーズなの?
 菜乃は感涙しそうになりながらも、奥歯を噛み締めて、健介の喉元に顔を寄せた。
「健介が離れろって言っても、わたし……絶対離れないんだから」
 永遠に……
 そう心の中で呟くと、宣誓するかのように、健介の首に強くキスをした。
 
 これからも、きっといろんな事があると思う。
 でも、こんなに辛い経験をした二人なら……道を踏み外す前に、きちんと話し合えるだろう。
(そうよね? ……だって、わたしたち永遠≠誓ったんだから)
 菜乃は至福のため息を溢しながら、瞼がゆっくり落ちていく心地よさにゆっくり身を委ねた。
 愛してる……、健介だけを愛してるわ。
 そう囁きながら……

2004/07/25
  

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