『こんぺいとう 〜砂糖菓子〜』【1】

side: 健介
 
「あぁ〜あ〜、ううぅっん!」
 健介は、エレベーターに乗った途端、喉の調子を整え始めた。
 もちろん菜乃との対面は嬉しいが、菜乃の母親と義父と顔を合わせるかと思うと、緊張が幾度となく躯を襲ってくる。
 だが、何の障害もなく付き合えるとなったからには、きちんと挨拶をしておきたかった。これから先、菜乃とはずっと付き合っていくのだから。
 未来との別れを思い出すと、健介は苦汁を噛みつぶしたみたいに顔を顰めた。
 すんなり……とはいかなかったが、きちんと未来とは話をつける事が出来た。
 別れを切り出した時は未来も興奮してしまい、話をするどころではなかったが、もう一度未来と会い、身勝手な行動の果てに得た大切な花≠フ話をした。
 未来の最後の言葉……だから、健介は何でも受け身だったんだね≠ヘ、強烈に健介の心に響いた。
 そう、それが真実だったからだ。
「あぁ、俺って最低な男だよ」
 ゆっくり扉が開くと、健介はホールに降り立った。
 そして、菜乃が住むドアへと歩きながら、意志をを強く持とうと奥歯をギュッと噛み締めた。
(菜乃に対しては、俺は絶対最低な男にならないから……)
 
 
 ―――ピンポ〜ン。
 
 健介は、心臓をバクバクさせながらドアが開くのを待った。そして、菜乃の満面な笑顔が健介に向けられるのを。
 
 
 ―――ガチャ。
 
 ドアがゆっくり開いた。菜乃が目の前に現れるかと思うと、健介の頬が自然と緩む。
「菜乃……、っ!」
 健介の口から菜乃の名が出るが、目の前に現われた人物に目が点となった。
「君が、菜乃の男?」
 目の前の男性が腕を組み、ジロジロと健介を見つめる。
 健介は、目の前にいる背の高い男を見上げた。
「あの……」
 と言いかけた時、その男の後ろからひょこっと菜乃が現われる。
「健介! いつ来たの? ……もう、志月(しづき)ったら教えてよね」
(志月? いったい、彼は誰なんだ?)
 菜乃は、志月のお腹を勢いよく叩いた。ドスッと大きな音が鳴っているのに、その男は嬉しそうに笑い、自然と菜乃の腰を抱き寄せる。
 菜乃は、それを嫌がりもせず……
 その光景を見て、健介はムッとした。
 彼氏のいる前で他の男の腕に抱かれて……、それでいて楽しそうに笑っているとは。
「健介、あがって」
 菜乃が、他の男の腕の中から健介を見て微笑みかけてくる。
(何て、嫌な気分なんだ……)
「……お邪魔します」
 健介は、嫉妬を押し隠すように小さく呟いた。
 
 
 菜乃の部屋に入り、そのすっきりとした内装を見回す。
 女の子らしい部屋とは言い難いが、妙にリラックスさせる雰囲気がある。鏡台に置いてある化粧品が、女の部屋って感じだった。
「座って」
 菜乃に促されて、健介はローソファが置かれた場所に座った。
「せっかくお母さんとお義父さんに会いに来てくれたのに、ごめんね。急に不幸の知らせを受けて、急いで出て行ってしまったの……」
 菜乃、は肩を竦めた。
 竦めた拍子に、キャミソールの紐が緩む。
 暑いのはわかるが、それは薄着し過ぎじゃないだろうか?
 そして、ゆっくりその下にある膨らみに視線が落ちる。柔らかそうな膨らみが、生地を引っ張って……思わず欲望が擡げる。
(駄目だ……何を考えてる、健介!)
 何事もなかったようにゆっくり視線をあげると、頬を染めた菜乃と視線が合った。
「見るなとは言わないけど……健介露骨過ぎ!」
 その一言に、健介はムッとなった。
「なら、そんな格好でいるなよ。しかも、他の男の腕に抱かれて……」
(うわぁ、俺……すっげ〜ヤキモチやいてる)
 逆に菜乃は、口をポカンと開けて健介を茫然と見つめていた。
 そして、急に大声で笑い出した。
「やだ、健介ったら……志月はね、叔父さんなの」
「えっ?」
 お、叔父?
「そう。と言っても、血の繋がりはないんだけどね」
(……それって、結局は他人って事じゃないか?)
「お義父さんの弟なの。でも、ひとまわり以上離れてるから……叔父さんっていうより、わたしにはお兄さんって感じなんだけどね」
「っで、その志月叔父さんは何歳なんだ?」
「確か……33才かな?」
「33歳?!」
(それって……十分守備範囲なんじゃないのか?)
 冷や汗が、こめかみを伝い落ちていく。
「暑い? かなり冷房入れてるんだけど」
 目ざとく健介の汗を見つけた菜乃が、リモコンの温度設定を見た。
「っで、その叔父さんがどうしてココに?」
 菜乃は申し訳なさそうに、振り返った。
「ごめんね。両親が不在でしょう? なのに彼氏を連れて来るとなって、お義父さんが心配したの。ほらっ、わたし二人にとって一人娘だから。それで、志月が呼び出されたってワケ」
(それって、俺が信用されてないって事なのか?)
「お茶持って来るから、待っててね」
 菜乃が立ち上がり、部屋を出ようとした時、健介は何故か咄嗟に立ち上がって言ってしまった。
「俺も行く」
 
 菜乃の部屋を出て廊下の突き当たりのドアへと向かった。そこを開けると、キッチン・ダイニング・リビングと大きな空間で占められた部屋が目に飛び込んできた。
 そして、響いてきた……女の喘ぎ声。いったい何が起きているのかわからず、健介は思わず顎が落ちるほど口を大きく開けた。
「もぉ〜志月!」
 菜乃が大きな声を張り上げ、奥にあるリビングへと向かう。健介も、慌ててその後ろからついていく。
 大画面のテレビに映った男女の絡みが、健介の目に飛び込んできた。
(……アダルトビデオだよ。血の繋がりがないとはいえ、姪がいる家で観るなんて信じられない)
「おぅ、菜乃」
「おぅ、じゃない。もうやめてよ、昼間っからこんなビデオ観ないで。こんなの観なくったって、志月には群がってくる女の人がいっぱいいるじゃない」
 志月は、リモコンを咄嗟に取り上げて隠す。
「確かに。だが、皆同じ女なんだよな。どうしても愛着がわかない」
「それは、志月が悪い!」
 健介は二人がビデオを気にする事なく、言い争える事が不思議だった。
(だって、俺は……ビデオから目が離せないのに)
 健介は、思わず唾をゴクリと飲み込む。
「だがな、こうやって勉強するのも大事なんだ。菜乃にも言ったろ? 受け身ばかりではなく、積極的に動くのも……男は興奮するんだと。彼氏に試してみたか?」
「志月!」
 菜乃は、顔を真っ赤にして志月を睨み付けた。
「おい、青年ここに座れ」
(お、俺?!)
「早く座るんだ」
「はい」
 健介は、ソファに回り込むと志月の隣に座る。
「菜乃、茶」
「もう!」
 菜乃は、地団駄を踏みながらキッチンへ向かった。
 その間もアダルトビデオは回っていて、部屋中に官能な声が響く。こんな状況は初めての経験でどう対処すればいいのかわからず、健介はもじもじしそうになりながらも躯を緊張させていた。

2004/02/18
  

Template by Starlit