『冷たい手の行く末』【2】

side: 菜乃
 
「どういう事? ……あの後、健介くんと二人で出て行ったっていうの?」
 ポッキーを取ろうとした悠子の右手が、ビクリと止まった。
「……うん」
 学内カフェで、菜乃は悠子を真正面から見据えていた。
「ちょっと待って。確か、あたしが彼を狙ってるって知ってたよね? なのに、その彼と出て行ったっていうの?」
 菜乃は、思わず下を向いた。
「ごめん」
「何それ。……菜乃に裏切られたって感じ!」
(裏切り? わたしが? ……そんなっ!)
 面を上げると、睨み付ける悠子と視線がばっちり合った。
「彼氏は欲しくないって言ってたくせに」
「言ったよ。彼氏は欲しくなかった。だけど健介に会って、わたし」
「彼と約束して出て行ったの?」
 あの時、そんな事出来る暇なかったって知ってるのに。
 菜乃は、唾をゴクリと飲み込んだ。
「健介は、ずっと悠子と話してたでしょう? わたしは添田さんと話してた。話す機会なんかなかったって事ぐらい、悠子も知ってるでしょう? それに、わたしは、悠子にだけわかるように合図を送ったんだよ? もう帰るって」
 悠子が、しぶしぶ頷く。
「化粧室から出たら、健介がいて……酔っぱらってるわたしを送るってついて来たの」
「ふ〜ん。……そういう事だけなら、それでいいじゃん。それだけだったんでしょう?」
(それだけ? ……ううん、違う、それだけじゃない)
「わたしたち、付き合う事になって……」
「あたしが彼を狙ってるって知ってて、付き合う事にしたわけ?」
 悠子が、急に声を荒立てた。
「ごめん、でも」
「ごめんじゃないよ! ……あたし、健介くんヒットだったから、絶対モノにしようとしてたんだよ?! それ、他の皆だってちゃんとわかってた。菜乃だって、あたしの気持ちわかってたよね? なのに、横からかっさらってくなんて……。酷い、こんなやり方を菜乃にされるなんて!」
 悠子が、いきなり立ち上がった。
「悠子!」
 凄い目で、菜乃を睨み付ける。
「あたし、今の菜乃許せない! しばらく近寄らないでっ!」
「悠子!」
 大声で叫んだ。
 周囲から異様に見つめられても、菜乃は一切気にせず……悠子の怒りが漲った背中だけを見つめていた。
 
 
 最悪……
 菜乃は、脱力するように再び椅子に腰を下ろした。
 健介が、昔からの……幼稚園時代の友達だったってとこまで話せなかった。だから、悠子は菜乃が健介を横から奪い取ったとさえ思ってる。
(わたしを裏切り者だって……。何でこんな事で、ケンカしなくちゃいけないの?)
 菜乃は手をギュッと握り締めた。その時、掌の異様な程の冷たさにビックリした。不自然な程汗がじっとり出ていて、冷たく感じたのだ。
 まるで、貧血おこしたみたいに……
 悠子に言われた事が、こんなにも傷つくなんて思ってもみなかった。
 悠子ともう一度話しをしよう。今度は、健介と知り合いだったと、きちんと告げる!
(鉄は熱いうちに打て……だよね。よし!)
 
 
 ―――♪
 
 突然携帯が鳴り、菜乃は鞄から携帯を取り出した。
「はい?」
『菜乃? 俺』
「健介? ……どうかした?」
 一瞬沈黙が走った。
 しかし、健介がゆっくり声を出した。
『……今日会いたい。お前に会いたいんだ』
(あぁ〜、健介。わたしも会いたいよ!)
 だが、健介と会う時は重荷を全部下ろしてから会いたかった。
「健介……ごめん、今日は会えないよ。まだやる事があるから」
『そっか、ごめん。無理強いするような事言って』
「ううん、本当はわたしも健介に会いたいの。だけど、会う前にいろいろしなければいけないから」
『えっ? それって、もしかして……』
「何?」
 いきなり声を荒げて言う健介に、菜乃は眉間を寄せた。
『……いや、何でもない。……なぁ、菜乃?』
 何でもないと言われても、妙に気になるその言葉。
 しかし、甘い掠れた声で名前を呼ばれて、携帯を持つ菜乃の手に力が入った。
「何?」
『……菜乃は、もう俺の彼女だよな?』
 何を言ってるんだろう? 昨日、健介から付き合ってくれって言われて、ちゃんとOKの返事をしたのに。
「そうだよ。そうしてくれたんでしょう?」
『あぁ、そうだよ。……明日会えるか? どうしても菜乃に会いたい!』
「わかった、じゃぁ……明日ね」
『あぁ。じゃぁな』
 名残り惜しむように、菜乃は通話を切った。
(明日は、会いたい……健介に!)
 冷たい手に、熱が伝わってきた。まるで、健介からエナジーをもらったように。
(うん、悠子にちゃんと話そう。今ならまだ追いつける!)
 菜乃は、悠子に最後まで話を聞いてもらう為、カフェから走り出た。
 健介との事を全て話す為に……

2003/07/20
  

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