この湖に降臨された天界人〔シーアローレル〕へ捧げる。
ルーガル国民は、惜しむ事なく我心を奉り候う。
いつの日か、我がルーガルへお戻りになられる日を祈り・・・
子々孫々まで伝承し続ける事を、ここに宣誓為る。
――― ルードリア湖石碑より
カーラハーン大陸に存在する王国の一つ、ルーガル王国は、とても有名な国だった。
……なぜなら、 この国の女性が皆美しかったからだ。
伝説がある。
ルーガル王国の国民には、天界人だった美しい女性〔シーアローレル〕の血をごく僅かながら受け継いでいると……。
それが事実なのかはわからない。
しかし、国民は〔シーアローレル〕が実在の女性であると信じていた。
代々親から子へと語り継がれている伝承があるという事、伝承地として存在するルードリア湖の祭壇及び石碑が、〔シーアローレル〕の存在を示していたからだ。
信じているのは国民だけではなかった。
カーラハーン大陸の他の国々も、その伝説を信じていた。
それは、ルーガル王国へ訪れれば、誰でもわかる事だったからだ……。
* * * * *
「あっ、もうだめ! あっ、あああああっっーーーー!」
扉の外にいた、ルーガル王国・宰相のダン・ヴィンセントと、ダンの息子ドルーが、突然大きな悲鳴が聞こえた方へ顔を向けた。
ドルーの手はきつく握り締められ、その表情は曇っていた。
「案ずるな、ドルー、マリアはきっと大丈夫だ」
ドルーは、今さらながら父の偉大さを痛感した。
宰相として、王からも国民からもとても信頼されている父。
その父の長男として生まれた自分は、果たして父の後継ぎとして務まるのだろうか?
いろんな思いに翻弄されている時、突如目の前の扉が開かれた。
「おめでとうございます! とてもお美しいお嬢様の誕生ですよ。さぁさぁ、早くマリア様の元へお越しになってくださいまし」
ドルーは感極まった。
とうとう念願だった、初めての娘が誕生したのだ。
あぁぁ……、何て事だ! やっと、やっと娘が生まれたのだ!
溢れ出そうな歓喜が、躰中を駆け巡る。
「さぁ、ドルー」
父に促され、部屋の中へ入ると、大きな天蓋ベッドの中に妻のマリアと生まれたばかりの娘がいた。
ドルーはマリアの元へ駆け寄ると、汗で濡れた髪を優しくはらってやった。
マリアは、愛しい我が娘から視線をあげると、最愛の夫ドルーに輝くような笑みを浮かべた。
その姿は、とても5人の子供を生んだ女性には見えなかった。
それほど、マリアは可憐で美しかった。
………もちろん、ドルーの目から見てだが。
「あなた…」
「よく頑張ったな」
マリアは、優しく微笑んだ。
「さぁ、あなた。待望の娘ですわ・・・抱いてやってくださいませ」
そう言われて、初めて娘を見た。
生まれたばかりなのに、何と美しいのだろう……。
ドルーとマリアには、すでに4人の息子がいた。しかし、娘はいなかったのだ。
この出産で娘が生まれなければ、この妊娠で最後にしようと話してさえいた。
確かに娘が欲しかった。 だが娘欲しさに、これ以上マリアの躰を酷使させるわけにはいかなかった。
ドルーは娘を腕に抱いた。
生まれたばかりだというのに、微かに瞬く瞳はしっかりとドルーを見ているかのようだ。
我が娘は、マリアの美しいエメラルド色の瞳と、ドルー自身の蜂蜜色の髪を譲り受けている。
この娘は、きっと美しく成長するだろう……、そう伝説の〔シーアローレル〕のように。
側にいた父に娘を差し出した。
「父上、抱いてやってください」
ダンは孫を抱いた。
「ふむ、よい娘ではないか! マリア、よく頑張ったな」
ダンはマリアに向かって微笑んだ。
宰相の地位にあるダンが、微笑むのはとても珍しい。それほど、長男夫婦の間に、娘が生まれたのが嬉しかったのだろう。
父が我が娘を乳母へ渡しているのを見て、マリアへと視線を向けた。
その瞳には、マリアへの愛情が溢れんばかりに輝いていた。
「マリア、ご苦労だったな。さぁ、ゆっくり休んで体力を取り戻しておくれ。娘の為に……息子たちの為に……、もちろんわたしの為にもな」
ドルーはマリアの唇に軽くキスをし、柔らかな頬をそっと撫でた。
そして、ドルーとダンはすぐその部屋から退出した。
ドルーには、これからやらなければならない仕事がある。
伝統行事〔水晶の祈り〕を、7日後に執り行わなければならないのだ。
それは、代々引き継がれてきた神官に属する〔おばば〕が、ルーガル王国の家宝の一つ〔水晶球〕でその女児の運命を占うというもの。
貴族として生まれた女児だけに与えられる、特権の行事の一つだ。
ドルーとマリアにとって、初めての行事が7日後に始まろうとしている。
その占いが 、波乱を起こすとは知らずに……