満ち足りた悦びに包まれながら、だらしなくベットに横たわってると、優貴が背を愛撫し始めた。
「何故、俺から逃げようとした?」
「……優貴が怒るから」
「お前が俺の声を無視して、電車に乗ろうとしたからだ」
「ち、違う。あの時は、本当に聞こえなくて」
優貴の指が、脇腹に移る。
思わず甘美な呻きが漏れそうになり、枕に顔を埋めた。
「……お前の目は、俺が浮気してると語っていた」
そうだろうか? わたし、あの時優貴が浮気してると思った?
……ううん、そうじゃない。あの時、わたしは仕方がないって思った。
優貴の隣にいた女性は……わたしと違って可愛かったから。だから、優貴が他の女性を求めても、仕方がないって思ったの。
確かに絶望感は感じたかも知れない……でも優貴が求める限り、わたしはずっと愛するつもりだった。
「そんな事、思ってない。……優貴こそ、浮気現場を目撃された、ような顔をしてたよ?」
背を向けて話していたのに、優貴が千佳の躰を仰向けにさせた。
「そんな顔はしてない! 千佳に良く似た女がいるなと思ったんだ。千佳が髪を切れば、あぁいう感じだろうと……。何故髪を切った?」
優貴は、千佳の黒い髪を一房手に取った。
「あんなに綺麗な髪を……」
「そんなに短くなってない。20cmぐらい、でしょう?」
「短い」
機嫌悪く言う優貴に、千佳は眉間を寄せた。
「何故そこまで気にするの?」
「お前の髪だからだよ。それに……お前が上に乗ってる時、その長い髪が俺の躰を擽るのが好きだった。さらさらと流れ、千佳がのけ反った時に触れる感触、覆い被さるように倒れる寸前……俺の胸板をかすめるお前の髪に、俺がどれほど翻弄されていたか」
千佳は、思わず顔を赤くした。
二人の激しい情熱の情景が、脳裏に浮かぶ。
「で、でも! わたし、以前に比べると女っぽくなったでしょう?」
優貴の視線が、改めて千佳を眺めた。
「女っぽいとか女っぽくないとか……そんなのは関係ないと、いつ気付くんだ? 俺はお前が好きなんだ。その生き方、性格が好きなんだ。お前だから、この躰も好きなんだ」
きっと、この言葉は……褒め言葉なんだと思う。
だけど、どうしてわかってくれないんだろう? 女なら、綺麗になりたいって願うし、付き合ってる彼氏が……人目を惹く素晴らしい男だったら、彼女は彼と釣合う女性になりたいって願う事を。
途端、優貴がゴロリと横に転がった。
「……聞かないんだな。俺と一緒にいた女の事」
優貴には見えない場所のシーツを、思い切り握り締めた。
千佳は目を閉じ、荒れ狂う想いを無理やり押さえつけた。
「別に……」
「どうだっていい、か?」
吐き捨てるような言葉が、優貴の口から飛び出す。
「そんな事ない、ただ……」
優貴は、ガバッと起き上がると、千佳を見下ろした。
「お前のそういう所、大嫌いだ! ……何故、いつも一歩退く? 俺の女なら、何故一歩前に踏み出さないんだ? こんなの……以前と全く変わらない、お前の気持ちを知らないまま……抱いていた時と同じじゃないか」
優貴は、哀しそうに大きく開けた千佳の目を見て、それを避けるように視線を下げた。
しかし、そこには千佳の手があった。
しっかりときつく握られた千佳の手を見て、優貴の表情が和やかに変わった。
手を伸ばすと、一本一本指を解いてシーツから手を離させ、その手を優しく掴んだ。
「内に溜め込むな……。我慢なんかして欲しくない」
でも、でもわたしは……。
千佳は、奥歯をギュッと噛み締めながら、優貴の優しい手の温もりを感じていた。
頑固な千佳の表情を見て、優貴はため息をついた。
「まだまだ、そう簡単には……お前の心は柔らかくならないんだな。仕方ない気もするが……。だが見てろよ? 一生賭けて、必ずお前の口から言わせてみせるからな」
えっ? 何? どういう事? ……一生?? えっ?!
「あれは、俺の“妹”も同然の子だよ」
はぁ?
いきなり話が飛び、千佳はドギマギした。
「親父の親友の子供」
……優貴ってば、そういう関係がどういう風に変化するかわかってるの? 大抵近くにいる優しい男性に、初恋ってするんだよ? それに、あの時の女性の目……愛情に満ちていた!
「ほら、またそんなに強く拳を作って……」
優貴は、再び千佳の手を取ると、指を絡めた。
「あいつが赤ん坊の頃から、知ってるんだ。……本当に大切な女の子なんだ」
大切……
優貴の口から、女性に対してそんなに優しい言葉が出てくるなんて、思ってもみなかった。
何だろう? 何故か……とっても淋しい。
優貴が大切に思うのは……優貴の目を惹くのは、わたしだけにして欲しかった。
矛盾……、何ていう矛盾なんだろう。あんなに、優貴が他の女性を見たら仕方ないって、言い切っていたのに……今のわたしは、貪欲に優貴だけを求めてる。
それが叶わないとわかっていながらも、こんなに求めてしまうなんて。
自分自身の感情が、手に負えなくなってきたのがわかり、思わず躰を震わせた。
そんな千佳を、優貴は心配そうに見つめた。
何? 何故、そんなに眉間を寄せてるの?
「……あいつは、兄貴の女なんだ」
「えっ?」
思わず心の中で唱えた言葉が、口から飛び出した。
どう見たって、優貴と一緒にいた女性は、わたしより若かった。その女性が優貴の兄である御曹司の彼女? ……うそぉ。
「俺も最初は知らなかったさ。だが、あの兄貴は……完全に莉世に惚れてる。俺が、千佳に惚れてるように」
ドキンと胸が激しく高鳴った。
惚れてるって……まだわたしの事を、そう思ってくれてるんだ。
わたしは、まだ優貴の彼女でいられる!
あれ? ……え〜と、その前に何か大事な事があったような?
「ショックじゃないか?」
「ショック? 何故?」
「兄貴が、お前より年下の……女子高生と付き合ってると知って」
確かに、驚きはした。
あの御曹司なら、美女を侍らす事だって出来るのに、なぜまだ10代の女性と付き合うのか。
だけど、何故ショックを受けると思ったの?
「そんな目で見るな。俺は、お前が兄貴を好きだったのを知ってるから」
まさか、まだ気にしてるの? ちゃんと言ったのに!
「優貴……」
その言葉の続きを、優貴は手で振り払った。
「すまない。わかってる。俺は、お前が言ってくれた言葉を信じてる。だが、兄貴より俺を選んでくれた事が、まだ信じられないんだ」
その言葉を聞いて、千佳の愛が、まだ優貴に全て届いてない……という事がわかった。
わたしが、優貴だけをこんなに愛してるって事を……。
シャワーを浴びた後、二人はレストランへ行き、そのままスカイ・バーに行った。
「……昼間はすまない」
「昼間?」
「お前が、ホテルの誘いを蹴って……俺が怒ってそのまま会社へ行ってしまった事だ」
「ううん、わたしも悪かった。あんな言い方なかったよね。だけど、わたしたちの近くにいた2人組の女性に、陰口囁かれて……その事ばかり気になって」
ムードに満ちてる周囲に視線を走らせ、声を顰めた。
「優貴が、わたしと一緒にいるのは……テクニックがあるからだって。それ以外で、優貴がわたしと付き合う理由はないって」
優貴が、ニヤッと笑った。
「その女、千里眼の持ち主か?」
な、何言ってるの?
口をポカンと開けた千佳の膝に、優貴は手を置いた。
「テクニックだが……俺はお前とのセックスが一番いい。その点はあってる。だが、それはお前の全てが好きだからだ。あんな風な感覚を味わい、共に飛翔出来るのは……もうお前しかいない」
蝋燭の火が優貴の目に反射して……まるで欲望に燃えてるように見えた。
「わ、わたし、だって」
高鳴る心臓が、言葉と言葉を切り離した。
そんな千佳を優しく見つめていた優貴の手が、膝と膝の隙間に入り込んだ。
「今日は、泊まって行こう」
「……うん」
千佳は、顔を下に向けて恥ずかしさを隠した。
優貴は、わたしを求めてくれてる。
それだけを見ていればいい。……他人の中傷なんて気にしていたら、わたしなんて、毎日中傷されっぱなしになってしまう。
それほど、優貴がいい男だって事だ。
優貴がわたしを見てくれてる間は、わたしも精一杯見つめ返そう。
愛をもって、身も心も捧げよう。
優貴が、我慢出来ないというように立ち上がり、手を差し伸べた。
千佳は、周囲を気にせず……その手に滑り込ませた。
黙ったままエレベーターに乗り、数時間前愛し合った部屋の前で立ち止まった。
部屋を開けてくれた優貴の横を通り過ぎる時、優貴が囁いた。
「その髪型、よく似合ってる」
千佳の心は一瞬で燃え上がった。
扉が閉まった途端、千佳は優貴に抱きしめられていた。
あぁ、中里くんに感謝しなければ……
彼に、ちゃんとお礼を言おう……そう、ちゃんと。
千佳は、そのまま優貴が齎す甘美な世界へ、喜んで身を投じた……
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