「ねぇ、見た? ……あのカップル。すっごい不似合いだと思わない?」
「思う思う。何であんなカッコイイ彼が……あんなダサダサ女と一緒にいるんだろう? 何か……惹きつけるような素材ある?」
「ないない! まぁ、確かに細い躰してるけど……出るところは出る、って感じじゃないし、ね?」
「うん。それに、あの真っ黒な髪! 今時ハヤらないと思わない?」
「くくっ、本当に。綺麗な艶々した髪だとは思うけど、あんなのでいいんなら、あたしたちの方が見込みあると思う」
「だよね……本当に理由がわからないよ。すっごいカッコイイ男が、パッとしないダサイ女と付き合ってる理由」
「あっ、もしかしたら、妹とか……親戚の子が上京してきたっていうのが本当のところじゃない?」
「言えてる! どう見たって田舎から出てきてるって感じだもん」
「だよね。……だけど、もしあれが本当に彼女だったら?」
「……選り取りみどりのあの彼が、あの女に執着するような事って……やっぱり躰じゃないの?」
「えー? あの躰の何処がいいわけ?」
「違う違う、あっち方面の話よ。とっても凄い技をしてくれるとか……」
「そっか、そこまでしないと男を縛りつけられないもんね。だけど、それでいい男を骨抜きに出来るんなら、あたしにもその技とやらを教えて欲しいもんよ」
オープンカフェの片隅に座ってる千佳は、顔を下に向けてジッと耐えていた。
テーブル2つ空けた向こうの女性2人組に、ジロジロ見ながら言いたい放題言われていたのだ。
腹が立つが、どれもこれも全て当っている。当っているからこそ、何も言えない。
あっ、違った……優貴がわたしの躰目当てって事は絶対あり得ないし、技なんて使ってない。だって……そんなの知らないもの。
千佳は、タコが出来た指に視線を落とした。その時、テーブルの上に置かれたアイスティーの氷が溶けて、カランッと寂しい音が響いた。
今さらながら、何故優貴がわたしに執着するのか、本当にわからない。
あの女性たちがいうように、こんな冴えないわたし……優貴に相応しくない。
だけど、彼がわたしの心の奥底まで見てくれてる事は知ってる。わたしが苦労している事も、理解してくれてる。
そんな彼を……わたしは手放せない……そう、彼が何処かのお嬢さんと結婚するまで、わたしは優貴だけを愛し続ける。
「千佳?」
低い声が上から振ってきた。
素早く不安な表情を消し、微笑み返した。
しかし、優貴の眉間が狭まったのは明らかだった。
……優貴に隠しごとが出来るなんて、やっぱり無理なのかも。
ううん、わたしは優貴への恋心をずっと隠しとおしてきたもの。
それは、まぁ打ち明けたけれど……でもわたしが言うまで、優貴は知らなかった……そう隠しとおせてた。
「どうだった? 無事にいけそう?」
隣に座る優貴を見つめながら、話しかけた。
「あぁ、妹尾さんに連絡を取って……兄貴に伝えるようにしてもらった」
最後の方で、素早く言葉を繋げるその態度に、まだ優貴の中にある……根深い部分が消えていないのがわかった。
……わたしが、優貴の兄の御曹司を好きだった事を。
わたしが今は優貴を好きだと言っているのに、どうしてその不安を捨て去ろうとしないのだろう?
不安と言えば……わたしの方が遥かに大きい不安を抱えてるというのに。
千佳は、軽くため息をついた。
その時、椅子の背に手が伸びて来た。
そして、優貴が躰を近づけて顔を寄せてきた。
「なぁ……行こうか、ホテル」
耳元で囁かれると、躰が一瞬で熱気に包まれた。
うん、そう囁き返そうと躰を捻ると、もろに先程の女性たちと視線が合った。
彼女たちが耳ダンボにして、二人の会話を盗み聞きしていたのだ。
「……選り取りみどりのあの彼が、あの女に執着するような事って……やっぱり躰じゃないの?」 「違う違う、あっち方面の話よ。とっても凄い技をしてくれるとか……」
「そっか、そこまでしないと男を縛りつけられないもんね」
先程の聞こえよがしの会話が、脳裏を駆け巡る!
千佳は、優貴の肩を押して躰を離させた。
あの女性たちの思惑なんて知りたくもないけど、それを真実にさせる気はない。
「いや、行かない」
「千佳?」
心底驚き、そして当惑する優貴の表情を見る。
何もこんな場所で、ホテルへ行こうなんて言わないでよ。どうしてわかってくれないの?
優貴は、千佳の首に手を回すと固定させた。
「千佳、何を苛立ってるんだ? 俺は何も無理強いしようとは、」
「してるじゃない! わたしが今まで……拒んだ事あった? 最初の時だって拒まなかったじゃない」
違う……こんな事を言いたいんじゃない! わたしは、ただ……明るい陽があたる昼間から、しかもオープンカフェでそういう話をして欲しくなかっただけよ。……違う、本当はそうじゃない。わたしは、彼女たちが言う女になりたくなかった。外見だけで判断されたくなかった……愛し合ってるからデートしてるんだって思って欲しかったの。
聞かされた会話ばかりに気を取られ、優貴の顔がどんどん強ばっていくのに気付かなかった。
「悪かったな、乱暴で……兄貴とは違うって事を、まだ俺に知らしめようとしてるのか?!」
怒りを抑えて、食いしばった歯の隙間から零れ出る言葉に、千佳は躰を震わせた。
「ち、違う、」
その時、再び携帯が鳴った。
優貴は、しばらく千佳を睨み付けていたが、音が鳴り止まない携帯を取り出した。
「なんだ? ……あぁ妹尾さん。……わかった、俺が行くよ」
優貴は携帯を切ると、立ち上がった。
「仕事へ行く。……良かったな、お前の意見が通ったよ!」
吐き捨てるように言い捨てると、そのまま優貴は千佳を置いて出て行った。
嘘……何でこうなるの?
ケンカしたかったんじゃないのに……
「ほらっ、やっぱり躰目当てだったんだよ」
「本当、あたしたちの推理が当ったんだ!」
「馬鹿ね、あの女。ホテルへ行きたいって言うのなら、拒絶しないで素直に行けば良かったのに」
「ねぇ。与えられるのがそれだけなんだからさ」
「あの彼、彼女と寝れないと思ったら、そそくさと出て行ったね。……何ならあたしたちが相手してあげてもいいと思わない?」
涙を堪えながら下を向き、彼女たちの罵詈雑言を聞いていたが、もう我慢出来なかった。
立ち上がると、彼女たちの席に行き立ち尽くした。
「な、何?」
一人の20代女性が、ビクビクしながらも睨み付けてきた。
「……人の噂ばかりして……それしかやる事がないの? 噂をするのを止めろだなんて言わないけど、良識ってものがあるんなら、その本人に聞こえないようにするとかって思わないの?」
「な、何よ! 言論の自由ってものが、」
もう一人が急いで口を挟む。
千佳は、もう一人を睨み付けた。
「そういう言葉を振りかざす前に、常識って言葉も身につけた方がいいんじゃない?」
二人は、ブスッとして下を向いた。
「あなたたちの好奇心旺盛な言葉に、応えてあげる。わたしは彼の恋人だけど、躰を武器になんか使った事はないわ。何故、彼がこんなガリガリで女らしくない……ヤボなわたしを側に置きたがるのか……わたしの方が知りたいぐらいよ!」
零れ落ちそうな涙を堪えて、千佳は彼女たちのテーブルから立ち去った。
本当、何処が優貴の好みなのかわからないよ!