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『Ring of the truth 〜込められた想い〜』【1】

 あたしがバカだった……。
 寛 (ひろし)の気持ちを疑ったばっかりに!
 
 
 16才の三崎彰子(みさき しょうこ)は、ベッドの上で仰向けになりながら、左腕で両目覆い、右手は喉元にある鎖のトップを握り締めた。
 いつもいつもこの繰り返し……。
 どうして、信用出来なかったんだろう? 
 寛が言葉にしてくれなかったから?
 ……寛は言葉よりも、態度で愛していると示してくれていたのに、あたしはそこに気付かなかった。
 でも、あたしは言葉が欲しかった。
 ちゃんと言葉にして、言って欲しかった!
 愛してる、俺にはお前しか恋人はいない……って。
 態度でじゃなくて、 言葉で安心させて欲しかった。
 
 彰子は腕を離し、窓から見える隣家のカーテンが締まった窓を見た。
 寛の部屋……。
 彰子は、身を起こすと、いつもと同じように出窓に座り込み、その閉ざされた窓を見つめた。
 彰子の胸元には、太陽の光が注ぎ……プラチナダイアのリングが、意思を持ったように光り輝いた。
 
 
* * * * *
 
 彰子は、同学年の誰よりも発育が早かった。
 手足はすんなりと細長く伸び、乳房はどんどん重さを持ち始めた。
 そういう理由で、彰子は同年代よりも早くブラジャーをつけたが、それは、その豊かな膨らみを無理やり押さえつけようと、目立たなくしようとする為だった。
 しかし、それは無駄な努力だった……そんな事で、彰子の成長を止める事は出来なかったのだ。
 
 躰の成長が進む彰子と同級生は、まるで姉妹と言ってもいいぐらい、見た目の差が出来てしまった。
 また、彰子の精神年齢も高かった。
 それは、姉の存在が理由だった。
 3才年上の姉・律子は、小柄で可愛いかった。本来なら彰子の方が年下なのに、 いつも見た目で律子の姉のように扱われてしまった。そういう態度を取られてしまうと、自然と考える力が身に付く。
 この2つの理由から、彰子は身も心も早く成長してしまったといえた。
 
 
 彰子が6年生の時、隣家に久木(くき)家が引っ越してしてきた。
 子供は、律子と同じ年齢で中3の寛、そして寛の妹で小学4年生の奈緒子(なおこ)だった。
 寛は背が高くて、秀才、しかもハンサムときて、律子は「寛くん、寛くん」と彼女面して接近していた。
 寛も、可愛い律子に甘えられて、悪い気はしていなかったようだ。
 あたしは……、何故か寛と親しく話す事が出来なかった。
 
 彰子は、部屋の出窓から、目の前にある寛の部屋をよく見ていた。
 遅くまで勉強する姿、男女混ざってワイワイ楽しんでる姿を。
 しかし、寛の部屋にいる律子と同じ年齢の男女を見ていると、どうしても彼らが幼く見えて仕方なかった。
 それは、躰だけの問題ではなかった。
 やること成すこと全てが、同級生とあまり変わらなかったからだ。
 
 
 中学1年になると、彰子は学校の先輩や通学路が一緒になる男子高校生に、告白ばかり受けるようになった。
 何も知らないのに、何故あたしと付き合おうって考えられるんだろう?
 見た目? 連れて歩けば、優越感がもてるから?
 彰子は、もううんざりだった。
 誰もあたしを見てくれない、あたしの中身を知ろうともしない。
 そんな関係、こっちから願い下げだよ!
 
 
 梅雨まっさかりのある日 、彰子はずぶ濡れになって、家に帰って来た。
 共働きの両親はいる筈もない。
 高校1年の律子も、まだ帰ってはいなかった。
 
 彰子は、部屋の電気を付けると、濡れた制服を脱ぎ捨てた。
 ブラを剥ぎ取ると、セミロングの髪を後ろに払った。
 途端、突然寒気が走った。
 あぁ〜、早く拭かないと風邪ひいちゃう!
 その時、何故か彰子の視線は窓に向いた。
 カーテンさえ閉めずに裸になるなんて……あたしバカだ。
 彰子は自分に呆れながらも、窓からその向こうの窓を見た。
 それはいつもの習慣となってしまった、自然の行動だった。
 しかし、今までと全く違う光景が、彰子の目に飛び込んできた。真っ暗な部屋に佇み、驚きながら彰子を見つめる寛の視線とぶつかったのだ。
 寛!
 彰子は、躰が火照るのがわかった。顔まで熱くなってくる。
 寛の視線が、彰子の躰を震わせた。
 寒さで乳首がキュンと硬くなっているのに、もっと硬くなりツンと上を向いた。
 その先端はピリピリと痛くなり、下腹部は何ともいえない疼きを感じてしまった。彰子が、初めて異性として寛を意識した日、初めて躰の疼きを感じた日だった。  
 それ以降、彰子は寛の部屋を見る事が出来なくなった。
 でも、意識は寛の部屋の方ばかり向いていた。
 
 
 中学2年の時、故意に見ないようにしていた寛が、急に男として成長した姿を見て驚愕した。そして、寛に群がる女性が……大人びている事を。
 急に彰子の胸に痛みが走った。
 もう、あたしの方が年上のように見えない。
 あたしの方が……子供に見える!
 化粧をした女子高校生を見て、彰子は胸に渦巻く炎を感じ取った。
 それは、紛れもない嫉妬だった……。
 
 
 その年の夏、彰子は彼女たちに負けないように、露出した服を着るようになった。
 今まで大き過ぎる胸を隠そうと努力していたが、今では谷間が見えるキャミソールを着ている。
 それは、全て寛の部屋に来る女に対抗した結果だった。
 寛はとても人気があった。
「ひろし」とは呼ばれず、「カン」と呼ばれる程に。
 あたしは、絶対「カン」って呼ばない……。
 あたしは、絶対「ひろし」としか呼ばないんだから……。
 彰子は、胸に渦巻く混沌とした気持ちを、無理やり押え込んでいた。
 
 寛の部屋では、いつもと同じように男女で賑わっていた。
 人気者の寛は、いつも誰かと一緒で楽しそうだった。
 彰子は、とうとう我慢の限界を覚え……チラリと向くと、寛が可愛い女の子に向かってくったくなく笑っているのが見えた。
 その姿を見て、彰子は急に泣きたくなった。
 あたしには、あんな風に笑ってくれた事ない!
 彰子が苦しそうな表情をしたその時、寛の部屋にいた男子が、彰子を捕らえた。
 彰子は、すぐに顔を背けたが、その時垣間見た訳知り顔のその男に、 無性に腹が立った。
 何よ! 見てたらいけないっていうの? 仕方ないじゃない。あたし、寛が好きなんだから!
 
 その現実に、彰子は呆然となった。
 
 うそ……あたし、寛の事が好きだったんだ。
 だから、寛と他の男を比べてたんだ……。だから……あたしは寛の事ばかり見ては、周りに群がる女子に対抗意識を燃やしていたんだ!
 やっと、胸に渦巻いていた……理由のわからない気持ちに直面出来て、喜んでもいい筈だった。
 だが、彰子は突然悟った気持ちを、素直に喜べなかった。
 なぜなら、寛と気軽に話した事がないから。
 いつも挨拶程度しかしなかったから、寛はあたしの事を隣の女の子ぐらいしか見てくれてない。
 そんな状況なのに……どうしろっていうの!?

2003/05/14
  

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