――12月24日。
叶都と付き合いだしてから迎える、初めてのクリスマスイブ。
とは言っても、家庭教師の日だけど……
自分で突っ込みを入れながら、乃愛は苦笑を漏らした。
今日は、叶都に初めて私服姿を見せる。
これでいい? 叶都も気に入ってくれるかな? ――と、姿見に映した自分の姿を眺めた。
黒のV字セーターに、生成り色のベルベット素材を使った3段フリルのミニスカート。
本当ならタイツやレギンスで防寒対策をしたいところだが、それは止めておいて……格子状のニーハイソックスを穿いた。
「やだ! もう……わたしのえっち!」
その場にしゃがみ込み、顔を両手で覆った。そもそも、寒がりな乃愛がこんな服装をすること自体がおかしい。
でも、それには理由があった。
叶都が手を伸ばしてきても、服を脱がずに……いちゃいちゃできるようにしたかったからだ。
何らかの事情ができて叶都の両親が部屋に入ってきても、タイツやレギンスを脱いでしまったら、何をしていたんだろうと勘ぐられる。バレないようにするためには、服を脱がなくても叶都が触れやすいようにすること。
「だ・か・らっ!! それがえっちなんだって! 叶都に触られるためのコーディネートをするなんて」
それなら、さっさと着替えたらいいんじゃない―――と、別の乃愛が囁く。
「ううっ、……いい! これでいいんだから!」
勢いよく立ち上がり、ハートのペンダントトップの位置を直すと白のダウンジャケットを羽織った。
叶都へのクリスマスプレゼントが入ったバッグを持つと、乃愛は自室をあとにした。
「じゃ、行ってくるね」
階段を下り、玄関からリビングにいる母親に向かって叫ぶと、乃愛は玄関に置いてあるブーツを手に取った。それを鼻に近付けて、クンクンと匂いを嗅ぐ。
「匂い、オッケー!」
「いってらっしゃい! 気を付けてね」
母の声を聞きながら、ニーハイブーツに足を滑り込ませる。
勢いよく「よし」と口にして立ち上がると、乃愛は外に出た。冷たい風が、乃愛の頬を嬲っていく。
「やっぱり、寒いよ!」
両手で我が身を抱きながら、そっと空を見上げた。そこはどんよりとした灰色の雲が空を覆っている。
もしかして、ホワイトクリスマスになるかも――とふと浮かんだことににんまりすると、乃愛は駅に向かって歩き始めた。
叶都の家へ続くバス停で降りる。ここから数分先にある叶都の家に向かって、乃愛は歩を進めた。
通い慣れた道、見慣れた景色。目に飛び込んでくる全てが愛おしくて堪らない。
豪邸が立ち並ぶ塀を見ても、もう威圧感さえ感じない。
まさか、ここまで全てがキラキラして見えるようになるとは思ってもみなかった。
叶都と愛し合ってから一週間。彼から携帯に電話を貰ったり、メールを交換してきたりしたので、離れていた感覚は全くなかった。
でも、叶都に身を捧げてから初めて顔を合わせると思うと、心臓がトクントクンと高鳴ってくる。初めて知った女の悦びを、もう一度感じたいと知らせるように秘部までも疼いてくるようだった。
こんな風になるなんて……、哲誠の時とは全然違う。これが心も躯も愛するということ……
その言葉が妙に擽ったく、乃愛はあと数歩で叶都の家という場所で一人ニヤニヤと口元を緩めた。
ふと視線を感じ、乃愛はゆっくり面を上げた。
叶都かもしれない……と思ったけど、周囲には誰もいない。
わたしに会いたくて、門の外で待ってくれてるとかあってもいいのに! ――と口を尖らせるものの、すぐにヘヘッと笑みを浮かべた。
早く叶都に会いたい!
門に手をかけ、叶都の家の敷地内に入る。バッグから合鍵を取り出し、石畳を歩いていくといつものようにクリスマスのイルミネーションが目に入った。
自然と足が止まり、その光に魅入る。
「綺麗……。何て素敵なの……」
「お前の方が綺麗だって」
「えっ?」
いきなり耳元で叶都の声が聞こえた。空耳ではないことを確かめようと振り返ろうとした矢先、躯に両腕が回される。
「早く入って来いよ。待ちくたびれた……」
そう言うなり、耳の後ろの窪みにキスをする叶都。一瞬にして、お尻から背筋にかけて甘い電流が駆け抜けた。
「もう! 綺麗だから見ていただけなのに……」
お姉さんぶって叶都を窘めるように言うものの、それは恥ずかしさを隠すためだけだった。
「俺よりツリーが先!? ありえね……」
躯に回されていた叶都の腕が、ゆっくり離れていく。その強い力が離れることに、突然不安に駆られて、乃愛はすぐに彼の腕を掴んだ。
「叶都って……女心わかってない!」
「何、それ……」
きょとんとして、乃愛を見つめる叶都。乃愛がどうしてそんなことを言ったのか、その理由が本当にわかっていないようだった。
……もしかして、叶都って彼女ができたことないのだろうか? 女性を抱いた経験があるのに、どうして乃愛が恥ずかしがってるってわからないだろう?
そこで、叶都は彼女を作らなくても相手してくれる存在がいたと改めて気付いた。叶都の欲望を満たし、ただいつも側にいてくれる家庭教師が。
叶都の側にはわたしがいるから――と想いを伝えるようにして、乃愛はさらに腕に縋り付く。
「一緒に……理解し合っていこうね。何でも話して、気持ちが伝わるように」
「当然だろ」
今さら何言ってるんだ? ――と言わんばかりの表情に、乃愛はクスクス笑った。
「ねっ、寒いから早く叶都の部屋へ行こ」
一緒に連れ立って歩き始めた時、後ろの方で車のエンジンがかかる音がした。ふと気になって後ろを振り返ろうとしたが、叶都が話しかけてきた。
「私服……、とっても素敵だ」
乃愛は自然と彼に耳を傾けて、彼の言葉にもう一度クスクス笑いながら玄関へ向かった。
叶都の部屋に入った時には、もう車の音のことはすっかり頭から消えていた。
叶都に迫られ、キスされたあのソファの前のテーブルに、ピンチョスとカナッペ、さらにフルーツポンチが置かれていたからだ。
「わあ、すごい! 叶都が全部準備してくれたの?」
「正しくは……、今朝来てくれた吉川さんが」
春の陽だまりのように心地よい空調に保たれている部屋に入るなり、乃愛はダウンジャケットとマフラーを脱ぎ、いつものようにソファに置いた。
「素敵! ほら、叶都も座って」
目をキョロキョロ動かしてそわそわしている叶都に、乃愛は隣のソファをポンポンッと叩く。
こちらに顔を向けようとしない叶都の態度を不審に思いつつも、やっと隣に座ってくれた彼に笑みを向けた。
「ねえ、何か食べようよ。ピンチョスはもう少ししたら食べるとして……、フルーツポンチにしよ」
器の横にメモ用紙が置いてあり、食べる直前に炭酸水を入れるように書いてある。
「叶都、それ開けて中に全部入れちゃって」
「……ああ」
叶都が注ぎ入れるのを見てから、ゆっくり掻き混ぜた。気泡が音を立てて弾いている。
乃愛は、前屈みになって、ガラスの器に二人分を取り分けた。
「美味しそう♪」
彼氏に取り分ける幸せを噛みしめながら、叶都に渡そうと横を振り向く。
瞬間、乃愛の笑みが固まった。
叶都が、ジッと乃愛を見つめていた。しかも、その瞳には欲望を浮かべている!
えっ? ……ええっ!?
「乃愛、俺を刺激し過ぎ」
「な、何が?」
甘い雰囲気になりそうなムード。期待から心臓がバクバク早鐘を打ち、ブラジャーの下の乳房が大きく膨らんだようにさえ感じた。
「……それ開けて中に全部入れちゃって=H 美味しそう♪≠セって?」
「そ、それが、何? 別に叶都を刺激したつもりはないんだけど?」
「マジでそれ言ってんの? 俺的には、乃愛の服を剥いで……乃愛の膣内に全部入れてくれって意味に聞こえたけど? 俺の心を代弁して美味しそう♪≠ニも言ってくれたし」
自分が言った言葉をよく考えた。
叶都が言ったように、それが少し官能的な意味合いにも取れるとわかった途端、顔が真っ赤になる。
「わたし、そんな意味で言ったんじゃない!」
「わかってる。でも、俺たちの間では、そういう意味に取れるって話をしてるんだよ」
叶都が乃愛の方に近寄ると、そのまま乃愛の額に自分の額を押しつけた。
「食べ物の話より、乃愛を抱きたい……食べたい……感じて喘ぐ乃愛を見たい」
直球の言葉に、乃愛の躯はどんどん火照り始める。
こんなにも叶都に惚れていなければ対処もできるけど、どう考えても乃愛がそれを拒むことはできない。
それを望んでいて、今日の服装に至っているから……