―――1週間後の金曜日。
3回叶都の元に通って気付いたことがある。それは、乃愛が本当に名ばかりの家庭教師≠セということ。
初めて叶都と過ごした3時間、少しずつ距離を近づけようと話しかけたりもしたけど、彼はほとんどパソコン画面に向かっていた。
その形が叶都スタイルと言わんばかりに、乃愛が家に行ってもその姿勢を崩そうとはしなかった。
(まあ、成績優秀な叶都に……わたしが教えることなんて何一つないんだけど、勉強もせず三時間もわたしと一緒に過ごしていいの?)
受験生なのに、乃愛がいる時は絶対に勉強をしようとはしない。そんな叶都のことが少し心配になり、「どこの高校を受けるの?」と訊いたけど、彼は口を開こうとはしてくれなかった。
乃愛が叶都とできたことは、慣れ親しんだ友達のようにただ話すことだけ。
時として、ソファに座る乃愛の横に座って誘惑するように身を擦り寄せたり、髪をひと房掴んではそこにキスをしたりして、ジッと乃愛の目の奥を覗き込んできた。さらに、制服の上から腕や肩だけでなく大腿にも触れてきたけど、それ以上の誘いを仕掛けてはこなかった。
最初はとんでもない中学生だと思った。でも、会う回数も増えていろいろな話をするうちに、あの乱れた服装や悪ぶった態度は、身を守るために作っているのではと感じるようになった。
パソコンに向かう姿勢がとても真剣で、その集中力は乃愛が感嘆するほどだったからだ。
でも、どうして叶都はそうなってしまったのだろう? 新しい家族も増えたし、何不自由なく暮らせているのに……
「ああ、わたしったらまた叶都のことを考えてる……」
来週から期末テストが始まるというのに、どうしてこんなにも叶都のことが気になるのだろう。
夏海に叶都のことを話す機会も徐々に増えていくと、彼女はいつも頬を弛ませてニコニコしながら聞いてくれるようになった。
そんな夏海が、今日に限って別れ際に乃愛に耳打ちした。
『ねえ、知ってる? 乃愛ってば、富永と付き合ってる時、こんなにもアイツのことを話したことがなかったんだよ?』
夏海の言葉に絶句する乃愛の肩を叩くと、彼女はいつものように手を振って教室から出て行った。母親のお店へ行くために、意気揚々と小走りで駆けて行ったのだ。
夏海に言われて、初めて乃愛は叶都のことばかり話していたことに気付いた。
……どうしてこんなにも気になるのだろう? 今まで、乃愛の前にいた男子とは全然違うから?
「はあ〜」
叶都の家の前につくと、いつも勝手に口からため息が出る。そのため息に、またため息を漏らしそうになる。
自分で自分の気持ちがわからないなんて――と小さく頭を振ると、乃愛はバッグを探ってキーケースを取り出した。そこには、家の鍵と原付きバイクの鍵がぶらさがっているけど、実は叶都の家の鍵もぶらさがっていた。
初めての家庭教師の日が終わって帰る時、叶都の母が乃愛に手渡したものだった。
『今度から、勝手に入っていいからね。ほらっ、授乳中だったらドアを開けることもできないし、吉川さんのいない金曜日もあるから』
初対面にもかかわらず、人として信用してもらえたことが嬉しかった。
だけど、簡単に他人の乃愛に家の鍵を渡してもいいものだろうかと、不安を覚えたのも事実だった。
結局、叶都の「それでいいんじゃね?」の言葉で受け取り、今に至っている。
「お墨付きだもん。わたしが遠慮する必要なんてない。うん」
先日と同じように門を開け、玄関のドアへ向かって歩き出した時だった。叶都が、急ぐように石畳を走ってくる。
「かな、と?」
乃愛を一瞬で目に留めた瞬間、彼は驚愕したものの、すぐに乃愛の手首を掴んだ。
「今日は外へ出よう」
「えっ?」
家に戻ろうとはせず、乃愛が開けた門をまた開けてそのまま敷地内から外の道路へ出る。
「ねえ、どうしちゃったの? 何で外?」
叶都は何も言わず、大通りに出る道へどんどん進んで行く。乃愛がたった今歩いてきた道を引き返す形で、バス停に到着した。
「早く家へ戻らないと、わたしがサボったって思われてしまじゃない! 叶都、戻ろ? ねっ?」
叶都の部屋で何があったのか聞いてあげよう。
そう思っているのに、いくら言っても彼は何も答えようとはしてくれない。そこへ、駅行きのバスが停まった。叶都は「ふたり」と言って小銭を投入口に投げ入れる。
「叶都?」
まだ口を閉ざしている。乃愛の手首をしっかり掴んで、離そうとしない。時折、ギュッと唇を引き結んでは目を細め、乃愛の手首を掴む手に力を入れる。その強さに思わず顔を顰めるけど、叶都は自分の殻に閉じ籠って乃愛を見ようとさえしない。
(叶都。いったいどうしちゃったの? 何が……あったの? わたしの前で顔を顰めるぐらい、何が……叶都の心を占めているの?)
帰宅ラッシュと重なっこともあり、車内はだんだん混み合い始めた。叶都の側から離れないようにしていても、人と人の間に挟まれてだんだん苦しくなんてくる。
もがいていると、叶都が自分の身で乃愛を庇うようにして側へ引き寄せてくれた。
「大丈夫か?」
門の外へ出てからずっと押し黙っていたのに、やっと叶都が言葉を発した。
この時、叶都の目には、いつも乃愛に見せるものとは全く違ったものが浮かんでいた。痛みや苦しみの影に加えて、癒しを求めるような懇願さえも見て取れる。
叶都がそっと乃愛を抱き締める。ほとんど身長が変わらないので、叶都の胸に乃愛のDカップの乳房が、少し硬い彼の股間が乃愛の引き締まった下腹部に当たる。
意識してもいいはずなのに、乃愛は知らず知らずに叶都のダウンジャケットに手を伸ばしてギュッと掴み、引き寄せられるまま彼に身を寄せた。
バスが弾むたびに、ふたりの躯も揺れて擦れ合う。乃愛の下腹部に当たる叶都の膨らみが、だんだん大きくなる。スカート越しだというのに、硬くなった叶都自身が、乃愛の茂みを弄ってくるのがわかるほどだった。
乃愛は、頬をピンク色に染めながらそっと俯いた。
(恥ずかしいけど……、ちょっと気持ちいいかも。叶都がこういう状態になるってことは、つまりわたしに反応してるってことだよね? ……へへっ、何か嬉しいな)
自分のその反応に、乃愛はびっくりした。
今まで、確かに叶都は思わせぶりな態度を取っていた。乃愛にキスをし、髪に触れ、誘惑するような眼差しを向けてきては面白がっていた。
過去の家庭教師との間に起こった出来事を話したのも、きっと乃愛の反応を見て面白がるため。
今までしてきたことは口先だけで、その気があるように見せてきたもの。
でも、躯の反応は嘘をつけない。乃愛を抱き締めたことで、叶都は男として躯を熱くさせている。
(こんなに硬くなっていたら……簡単にわたしの秘められた襞を掻き分けてしまいそう。まだ誰にも触れさせたことのない膣の中に入ってきて……わたしを感じさせてくれる)
再び、乃愛はハッと我に返った。まさか、ここまで考えてしまうとは思ってもみなかった。叶都を愛しているわけでもなければ、彼と付き合いたいと考えたことさえないというのに。
「キャッ!」
バスが急ブレーキしたために、寿司詰め状態の乃愛たちは大きく前へ揺さぶられた。そのせいで、さらに叶都の胸に抱き寄せられ、乃愛の乳房は彼の胸で押しつぶされた。彼の硬くなった彼自身が、下から擦り上げるように乃愛の秘部を愛撫する形になる。
「……っぁ」
それは、偶然の出来事だった。叶都が故意にしたことではない。それはわかっているのに、乃愛の口から勝手に甘い喘ぎ声が漏れてしまった。
叶都に抱かれる想像をしてしまった途端、秘部を擦り上げられたのだからそれも仕方ないだろう。初めて甘美な刺激を受けたのだから、それも当然だと思う。でも、まさか無意識に喘ぎを漏らしてしまうなんて……
(ほんの小さな声だったから、叶都には聞こえてないよね? 大丈夫よね?)
叶都の目を見て確認したかったけど、恥じらいの方が勝って乃愛は面を上げることができなかった。
その時、バスが急発進したことで軽く後ろに揺られ、叶都から少し躯を離すことができた。あと数分で駅に着く。このまま離れていれば、何もなかったようにできるかも知れない。
(そうよね! ……きっと、その方がいい)
少しホッとすることができたせいで、乃愛は口元を綻ばせた。面を上げて、窓から見える景色を楽しむように眺めていた。
* * *
何事もなかったかのように、乃愛は楽しそうに微笑みを浮かべて窓の外を眺めている。
そんな乃愛を、叶都は睨みつけるように横目で見ていた。
(俺にあんな甘い喘ぎを聞かせておきながら、どうして笑っていられるんだよ。俺のムスコは、こんなにやる気満々だっていうのにさ)
下半身がビンビンになってても、どうすることもできない。報われない欲望を宥めるために、乃愛をホテルに連れ込みたいとは思わなかった。
乃愛を抱き締め、キスをしたあの日。乃愛の中に叶都≠ニいう男の種を蒔いた。あとは、乃愛自身が叶都を求めるようになるのを待つだけ。
叶都は、乃愛が欲しかった……。躯だけでなく、心も欲しかった。だから、乃愛が叶都に傾いてくるのを待っていた。
(それも、あと少し……。俺の反応したムスコを嫌がらず、乃愛の秘部にスカートの上から俺ので擦った時、あんなにも愛らしい喘ぎが漏れたんだから)
バスが、駅のロータリーに入っていく。それを見てから、叶都は乃愛に視線を落とした。
家を出た時、叶都は物に当たってめちゃくちゃに暴れたい気持ちでいっぱいだった。
だが、乃愛とこうやって一緒にいることで、先程までささくれ立っていた気持ちがかなり落ち着いてきた。
(乃愛……、いつになったら俺を選んでくれる? あの日のように、何にでも興味を持って目を輝かせる乃愛を見たい)
バスが停まる。乗降扉が開くと、乗客が降り始めた。叶都は、もう一度乃愛の手首を掴むと、客の流れに沿ってバスから降りた。