開設7周年・連動企画☆
「いいえ、一貴はわたしに俺ともう一度付き合ってくれ≠チて言うわ」
「俺が?」
一貴は、一蹴するように鼻で笑った。
「……絶対あり得ない。もう二度と、過ちは繰り返さない」
「わたしと付き合った事を、過ちだと言うの?」
莉世を威圧するように音を鳴らしていたが、一貴の言葉でその音が止んだ。
「一貴……、わたしがどうして今まで何も行動を起こさなかったかわかる?」
響子の声音が一瞬で低くなった。一貴に挑むように顎を上げながら、一歩一歩莉世たちのいるソファへと近づいている。
こんな女性を、莉世は今まで見た事はなかった。覚悟を決めたようなその迫力は、この場から逃げ出したくなるほどの威力があった。
莉世は一貴が何かを言うのを待ったが、彼は何も話そうとはせずに響子を見つめている。
「……わたしからの手紙、覚えているのね? そう、わたしは一貴に楔を打ち込んだわ。それで何か行動を起こしてくれるのかと期待したのに、あろう事か……一貴は正月早々莉世ちゃんを実家に呼んでいた!」
いきなり一貴が立ち上がった。莉世の視界を遮るように、前に立ちはだかる。
「言っただろ。水嶋家と桐谷家は懇意にしているんだ。家族ぐるみの付き合いだ」
ふと、莉世の中で一貴の言葉が引っかかった。
(家族ぐるみの付き合い? 懇意にしている? 確かにそうだけど、わたしの事は? それに、響子さんからの手紙って何?!)
「えぇ、そうよね。だから……わたしから動きだしたの。もう一度一貴が欲しいって。結婚を前提にもう一度やり直そうってね」
一貴が欲しい? 結婚?!
「……無理だ。一度終わった事を蒸し返すのは好きじゃない。それに」
一貴は、躯の脇でギュッと握り拳を作る。
「浮気に走った時点で、響子は何も言う権利がなくなった」
「だからそれは! ……一貴がいつもいつも莉世ちゃんの事ばかり構うから!」
突然一貴が歩き出した。響子の腕を、強く掴む。
「話はこれで終わりだ!」
そう言うと、ダイニングのドアの方へ響子を引っ張って行く。莉世は、思わずソファから立ち上がった。
「離してよ!」
響子は手を大きく振って一貴の戒めから逃れると、一貴ではなく莉世へと視線を向けた。
「莉世ちゃんも恋をする年齢よね? わたしの気持ち、わかるわよね? ……莉世ちゃんに恨みはないけれど、わたしが一貴とやり直すには、あなたが邪魔なの」
響子は、莉世から一貴へ視線を移す。
「貴方もよ。わたし、一貴を取り戻す為なら……なんでもするわ」
秘密の約束でも交わすように、響子が一貴の頬に手を伸ばした。
二人の親密な光景を振り払うように、莉世は瞼をギュッと閉じると顔を背けた。
(響子さんは、わたしから一貴を奪い取るって言いたかったのね。幼かったわたしがこの家にいても、二人は愛し合っていたと伝えたかった。そんなの、今さらなのに……)
莉世の耳に、玄関の閉まる音が聞こえた。面を上げると、一貴も響子もそこにはいなかった。
脱力するようにソファに座ると、莉世は視線を膝に落とした。
一貴が莉世を愛するように、莉世も一貴を愛している。それはお互いわかっている。
だが、二人の間には莉世の知らない何かが起こっている。
(手紙って何? そこにはいったい何が書いてあるの?)
突然一貴が莉世を庇うように前に立ちはだかったのは、何か理由があるはず。それが何なのかわからなかったが、少なくとも莉世にも関係していると思えた。
「はぁ〜」
莉世は、長いため息を一つ吐いた。
久しぶりに一貴と楽しく過ごせると思ったのに、気分が削がれてしまった。
それに、響子の意味深な言葉が脳裏に引っかかる。
(わたしからは絶対一貴と別れたりしない。でも、響子さんには脅かされそうな気がする。何かはわからないけど、一貴を取り戻す為なら何でもしそう……)
莉世は、自然と我が身を両腕で抱き締めていた。
―――ガタッ。
物音がすると、莉世はハッと面を上げた。
リビングから一貴がこちらを見ていた。何やら難しそうな表情を浮かべて、莉世の側へ近寄って来る。
だが、莉世は一貴が近づいてくるのを避けるように、急にソファから立ち上がった。
「わたし! あの……お茶淹れるね。……家でサンドウィッチを作って持ってきたの」
逃げなくてもいいのに、莉世は一貴の側から離れるようにキッチンへ向かった。
だが、そこには既にコーヒーメーカーで抽出されたコーヒーが出来上がっていた。いい匂いがキッチンに立ちこめている。
「莉世……」
キッチンにまで入り込んできた一貴に、莉世は驚きを隠せなかった。
「一貴……。あの、コーヒー淹れるね」
食器棚からカップを取り出そうと手を伸ばすが、その手首を一貴にしっかり掴まれてしまった。
一貴に触れられただけで、その部分が急速に熱を持ち始める。心臓がトクトクと早鐘を打つ。この症状は、もはや一貴に隠しきれなくなっていた。
一貴が、莉世の手首をゆっくり愛撫してくる。たったそれだけなのに、徐々に莉世の躯が熱を帯びてくる。
(本当は、これを望んでいた。修学旅行へ行く前に、一貴に愛されたかった。でも、今日は……触れられたくない)
莉世は、自然とダイニングテーブルに視線を向けていた。
「莉世、響子の事は何も心配しなくていい。俺が何とかする」
一貴の言葉が信じられないとでも言うような目で、莉世は彼を見上げた。
「一貴が……何とかする? ……わたしを締め出すの?」
「莉世?」
一貴に握られた手首を、無理やり空いた手で払った。
「一貴が何とかするって事は、二人で会うって事でしょ? わたしの知らないところで、話すって事でしょ?」
また子供のように駄々を捏ねてる。そうわかっていても、言わずにいられなかった。
ここから見えるダイニングテーブルで、響子と一貴が昔セックスをしていたと莉世に気付かせたのに、一貴は一切気付いていない。
女として、莉世に挑戦してきたことにも!
一貴を取り戻そうとしているのに、二人っきりだけで会わせるなんてそんな事は絶対出来ない。
莉世はキッチンを出たが、目に飛び込んできたダイニングテーブルを見て、思わず足を止めてしまった。
(あぁ、どうして響子さんはわたしに思い出させようとしたの? そんな事をしても、わたしはもう二人のセックスシーンをこの目で見てるのに)
莉世は、そこでハッと気付いた。
二人の愛し合う姿を一度だけ見たが、響子はそれを知らない。だから、莉世にもわかるように、二人がそういう仲だったと気付かせようとしたのだろうか?
その時、いきなり温かい重みを感じた。後ろから、一貴が抱きついてきたのだ。
莉世の髪を脇に避け、首筋に顔を埋めてくる。
「言い争いはしたくない。今日は……」
「でも……、イヤ。やめて……。今日はイヤ!」
一貴を拒否したくはないが、気持ちがついていかない。彼に抱かれたがっている自分がいるが、響子の登場でそういう気になれなかった。
(嫉妬? ……今さら? 二人が付き合っていたと知っているのに? どうして? ……子供のわたしがすぐ側にいると知っていながら、セックスしていたから?)
莉世は息を呑んだ。
(そうよ、それがわたしの心に引っかかってしまったのよ! 一貴は、小さなわたしが側にいる時は、絶対わたしだけを見つめてくれていた。なのに、この時はわたしを部屋へ押し込めて響子さんを抱いていた!)
その事がかなりショックだったとわかると、急に胸に針が刺さったような痛みが走った。
莉世は居ても経ってもいられず、とにかく一貴から離れようとした。
だが、一貴がそれを許さなかった。チュニックワンピースの上からだが、いきなり乳房を下から包み込む。
「一貴! イヤ! ……わたしっ、今は……」
胸から手がどけられたと思った途端、腕を掴まれた。気付けば、いつの間にか向かい合わせになっている。
そのまま一貴が身を前に倒し、莉世の目を覗き込んでいた。
「拒否はなしだ。この一ヶ月……触れてもいないんだぞ」
確かに、そうだった。
だからこそ、莉世も今日はそのつもりだった。一貴に愛されたかった。
(でも、ダメなの……。一貴を愛しているけど、わたしの心が……)