莉世は、紅茶とケーキを食べ終えると立ち上がった。
「この部屋……変わってないね。わたしがよく覚えてるまま」
莉世は、ベージュの壁紙に黒の家具で統一された…すっきりした部屋を眺め回した。
それにしても、本当に広い部屋。もちろん、豪邸に住んでたらこれぐらい当たり前だってわかるけど。
この部屋だけで、何畳? 18畳ぐらい? もっと?
うん、今さらだけど……一貴の家って本当にお金持ちなんだね。
莉世は、比較せずにはいられなくなる衝動を抑える為、再び目を走らせた。
コルクボードに貼られた写真やポストカードが目に入り、それを見ようと側に近寄る。
莉世の目に、写真が飛び込んできた。
それを見た瞬間、莉世の唇は軽く開き、目は大きく見開いていた。
それは……莉世が赤ん坊の時の写真、よちよち歩きした時の写真、幼稚園に入園した時の写真、卒園した時の写真、小学校に入学した時の写真。
全て、一貴と一緒に撮った写真だった。
しかし、それ以降の写真はなかった。
なぜなら、莉世が一貴の元を去ったから。だから、それ以降の記念日は空白だったのだ。
莉世の胸に、熱いものが込み上げてくる。
こんな子供の時の写真を、今でも大事に飾ってくれてるなんて。
今さらながら、一貴の愛情がひしひしと伝わってくる。
いつこの写真を飾ったの? わたしが覚えているのは……ここに一貴や、優くん康くんの写真が貼ってあった事だけ。
一貴は、いつの間にか莉世の頬に触れて上に向けさせると、唇で莉世の塩辛い涙を拭った。
その時、莉世は初めて感激の涙を流している事に気付いた。
「年明けそうそう泣くな」
「泣きたくて泣いてるんじゃないもの。勝手に……涙が溢れてたんだから」
莉世は、霞む瞳で改めて一貴の全てに見入った。
一貴は、わたしだけを見つめている。ここにある記念写真と同じように。
あぁ、わたし……一貴にとっても愛されてる。こんなにも、こんなにも!
「一貴…わたし、好き。とっても好きだよ」
「わかってるさ」
莉世は微笑みながら、涙を拭った。
――― コンコンッ。
「また……誰か来た。どうぞ!」
一貴が顔を顰めて、大きく言い放った。
「失礼…」
入ってきたのは、優貴と康貴だった。
「何なんだ、お前たちまで……」
一貴は、腕を組むとジロッと睨んだ。
「ははっ、そんなに睨まないでくれよ。別にいい所を邪魔したワケじゃ、イテッ!」
康貴は、ニヤニヤしながら言葉を発していたが、突然優貴に足を思い切り踏まれたらしい。
いつもながら仲のいい双子に、莉世はクスクス声をを零す。
「用件だけでいいんだ、康。莉世、お年玉だ」
優貴はそう言うと、チリメン模様の可愛い袋を差し出した。
「はい、お年玉」
康貴も、同じような袋を差し出した。
「ちょ、ちょっと待って。わたし、もうおじさまにもらったんだよ? だから、康くんや優くんから貰わなくても、」
莉世は、慌てて両手を振りながら、一貴の横に縋り付いた。
「莉世、昔と違って……俺らはもらう側から渡す側になったんだ。もう学生じゃない、社会人として立派に働いてるんだからな。それに、去年はクリスマスプレゼントをあげられなかったし」
康貴は一歩踏み出し、莉世の前で立ち止まる。それに続いて、優貴も近寄ってきた。
「こういう時は、素直に受け取るもんだぞ?」
優貴が、後押しするように言う。
「……一貴」
莉世は、一貴に助けを求めようとしたが、一貴はニヤついて双子を見つめていた。
「お前らも準備してたんだな」
「「って事は、兄貴もか?」」
「当然だろう?」
えぇ〜?! 一貴まで?
一貴は、机に向かうと引き出しから袋を取り出した。
「ほらっ、莉世」
目の前には、扇型に伸びてきた手が3つ。それぞれに、お年玉袋を持っていて……
「でも、」
「莉世」
一貴に促され、莉世は手を上げた。
「……ありがとう」
受け取った袋を両手で持ち、優貴と康貴を見ると……二人は満足したように微笑んでいた。
「受け取ってくれて良かったよ。さぁ、俺らは下に行ってるから」
和やかに出て行く素振りが……おかしいなぁ〜と思いながらも、莉世は何度もお礼を言った。
ドアが閉った途端、莉世は一貴に向き直った。
「お年玉ありがとう、でもわたしは一貴のカノジョなのに……」
「いいんだ。俺があげたいんだから」
「あげたいって……わたし一貴から貰ってばっかりなんだよ? 初めは携帯からでしょう? もちろんそのお金も一貴が払ってるし……浴衣もそうだよ。そして、何よりクリスマスプレゼント! ブランドの腕時計なんて……あんなに高価なものをわたしに」
莉世は、ソファに再び戻ると、ゆっくり腰を下ろした。
一貴は、莉世を追うように隣に座り込む。
「気に入らなかったのか?」
気に入らない? ま、まさか!
「とっても気に入ったよ。だって、エルメスのクリッパーなんだよ?」
一貴も、莉世の隣に座る。
「もっと女らしいデザインもいいかなと思ったんだが、あれなら学校にもつけていけるしな」
莉世は頷いた。
確かに、大きくはないし華美でもないので……普通の腕時計と言っても通じる。でも見る人が見れば、それがブランド物だとわかるだろう。
「大切に使えよ?」
「もちろんだよ! ……大切に使う」
一貴から貰った物を、大切に使わない……事なんて、絶対出来ないんだから。
莉世はそう思いながら、手元にあるお年玉に視線を落とした。
何故か、先程から妙な違和感が手に伝わってきていたのだ。
何だろう? どうしてこんなに分厚いんだろう? ……いったいいくら入ってるの?
莉世は心配になりながら、袋を開けた。
一つ目、それは一貴からのお年玉。
開けた途端、莉世は思わず口から声が漏れた。
「一貴! どうして、こんなにも……これはお年玉っていう域じゃないよ」
「ははっ、そっちを気にしたか。それは、去年三崎と大阪へ行った時に、無駄な金を使わせてしまったからな。まぁ、それを返すという名目だ。俺の気持ちは、もう一つ入ってる方だぞ?」
もう一つ?
莉世は、袋を逆さに振ると、中からビニールに包まれたモノが出てきた。
……コンドーム!
「一貴!」
莉世は頬を染めて、一貴を睨み付ける。
「一応、誘いのつもりだったんだが……今日は無理だな」
そう言われて、莉世の頭に覚えたての言葉がグルグルと渦巻く。
もう、今日はわたしにコレが付きまとう日なの?
莉世は、一貴の言葉を無視し……優貴の袋を開けた。
その中身に仰天し、急いで康貴の袋を開けると……全く同じモノが入ってた。
「はははっっ! あいつらときたら、」
「兄弟似過ぎだよ!」
莉世は、顔を真っ赤に染めて、一貴の大腿を叩いた。
莉世の膝には、コンドームが3つ。そして、一貴からもらったお年玉と、一貴の片手ずつが入った袋が二つある。
「もう、どうしてこんな露骨な事をするかな?」
莉世は、捨て鉢になりながら言い放つが、一貴は気にも留めない。
「それは、俺が下で言った言葉に反応して……すぐに入れたんだろう」
そう言いながら、一貴はまだ笑っていた。
笑い事じゃないのに……あぁ恥ずかしい。
「これは、“ヒメハジメ”に3回しろと言うお告げかもな」
「もう、バカ!」
この時、莉世はとても幸せだった。
前庭に入って来る車の音など、全く気付かない程。
莉世は、怒りながらも目に愛情を湛えて、一貴を見上げた。
一貴も、そんな莉世の頬を両手で挟むと、ゆっくり斜めに覆い被さるとキスをした。
莉世は、一貴の全てを受け止めるように舌を絡ませ合い、愛を伝え会う事に夢中になっていた。
この後……奥に仕舞い込んだカケラの破片が、再び巡ってくるとは知らずに……