わたし、決めた。
だって、一貴の彼女になって……もう半年以上経つもの。
そろそろ許してもいいよね? 全てを捧げてもいい頃よね?
いつだって一貴はわたしを愛してくれてる。
わたしの躰が反応を示さなくなって、一貴に黙って大阪へ行った時も……怒ったりはしたけど、最後はわたしの全てを包み込んでくれた。
パーティーでさえ、人目を忍ぶ事なく……わたしを彼女として扱ってくれた。
一つ一つ細やかな愛情を示し、いつもわたしのココロを熱くさせる。
そんな風に感じさせてくれる人は、一貴しかいない。
なのに、全て捧げようとしてくれる一貴に対して、わたしは何もあげてない。バージンでさえ……一貴にあげる事は出来なかった。
何も…何も一貴に捧げていない。
なら、わたしが一貴に捧げられるのは?
それは ……一貴の望む事。
莉世は、カレンダーを見つめた。
目に飛び込んできたのは、11月27日についた赤い花丸。
この日に……わたしは一貴が望む行為を全て受入れよう。
それが、わたしが一貴にあげる事が出来る……バースデーブレゼントだ。
――― 11月27日。
「あれ、莉世ちゃん? 今日は早いね」
莉世が制服姿のままで、買物袋を下げてエントランスに入った時、警備員の佐伯に声をかけられた。
「こんにちは。……あの、一貴の部屋へ入りたいんだけど、」
こんな事はしたくなかった。
ましてや、今日部屋に行くとは言ってはいない。
だけど…ホームルームに見せた、わたしのあの意味深な視線を、一貴はきっと受け取ってくれている筈。
「莉世ちゃんならいいだろう。いつも一貴さんは言っているからね、莉世ちゃんが来た時は部屋にあげてくれって。でも、それなら……、あっイヤ、何でもないよ」
佐伯は、語尾を濁すとエレベーターホールへと歩く。
嫌な空気が流れ…間が空いた事を感じながらも、莉世は促されるまま佐伯と一緒にエレベーターへ乗り込んだ。
莉世は、佐伯が語尾を濁した理由が何となくわかっていた。
きっと、あの後に続く言葉は「どうして、莉世ちゃんに合鍵を渡さないのかな?」だろう。
そんな事、わたしだって思ってた。
合鍵さえ渡してくれていたら……佐伯さんに迷惑をかける必要もないのに。あっ、もしかして……二人は恋人同士だと思わせないようにする為? 兄のように慕っていたのを知られてはいても、今は教師と生徒という間柄だから?
「それじゃね」
佐伯は鍵を開けると、そのまま去って行った。
莉世はゆっくりドアを開け、部屋の中へ入った。
自然と視線を下に向けて、女性もののブーツを探してしまう自分に気付く。
何故今日に限って、あの当時の嫌な思い出が蘇ってくるの?
莉世は、その記憶を放り出すように頭を振ると、ローファーを脱ぎ捨て奥へと進んだ。
昨夜焼いたケーキは冷蔵庫へ入れ、買ってきた食材も一緒に入れる。
そこで、ゆっくり部屋を見回した。
いつもきちんと整理されてる……。もしわたしが一貴の彼女じゃなかったら、絶対女の人がいると思っただろう。
そのまま歩を進めてベッドルームを開けた。
何度も愛し合ったベットでは、カバーが捲れて少し乱れていた。パジャマらしきパンツだけが、無造作に置いてある。
莉世はゆっくりベッドに腰かけると、その肌ざわりのいいシーツに指を這わせた。
わたし……今日は恥ずかしがらずに、全てを一貴にあげるんだ。
今まで感じた事のない羞恥心が突然沸き起こり、思わず頬を染める。
どうなるんだろう? あんな事をされたら……わたし普通にいられるの?
ピンと張り詰める緊張を感じながらも、躰を襲うあの心地良い愛撫を思い出し、莉世は居たたまれなくなった。
思い切り立ち上がると、そのベッドルームから素早く立ち去った。
想像してしまったその恥ずかしい光景から逃れるように、ブレザーを脱いでエプロンをつけると、キッチンへと向かった。
料理の下ごしらえをしながらも、頭の中は今日の一貴の事を思い出していた。
* * * * *
移動教室に向かう途中、立ち止まってる一貴の周囲には女子生徒が佇み、リボンがついたものを渡していた。
その光景をジッと見つめていると、隣にいた彰子がボソリと呟く。
「女生徒には辛口なんだけど、やっぱりあのルックスに大人っぽいクールな面を漂わせていたら…惹かれる人っていっぱいいるんだね〜。あれ、3年だよ」
彰子の言葉を聞きながらも、視線は女生徒に囲まれてる一貴ばかりに目がいく。
一貴は「いらない」と言って鋭く睨み付ける。
しかし、先輩たちは負けずにプレゼントを押しつけていた。
困惑気味な一貴の視線がそっと上に向けられた時、立ち止まってるのがわたしだとわかると、素早く視線を絡めとった。
わたしは、その視線から逃れるように背を向けて、彰子と歩き出して……。
* * * * *
莉世は、レタスを水につけながらボーッと考えていた。
その為、玄関の開いた音や近寄って来る人の気配等全くわからなかった。
無意識に動き回りながら、学校での一貴の態度を思い浮かべていた莉世は、やっとこのキッチンに一種の緊張が張り巡らされているのを感じ取った。
恐怖に引き攣りながら後ろを振り返ると、ドアに凭れた一貴がジッと見つめていた。
「一貴! …もうビックリさせないでよ」
思わず安堵の息を漏らすと、一貴は素早く側に近寄った。
その目は、細められて鋭く光ってるように見える。
「な、何?」
「……携帯の電源が切れてる」
ドキッとした。
実は、故意に電源を切っていたのだ。
今夜……そう今夜と決めていたから、仕事で会えないとか、今夜は無理と言われるのを避けたかったのだ。
以前、電源だけは切るなと言われていたけど、今日はどうしても拒絶の言葉を聞きたくなかった。
ずっと考えていた思いを知られないように、莉世は微笑んだ。
「ごめんなさい……ぁの、今日は本社へ行くの?」
震える気持ちを悟られないように、仰ぎ見る。
すると、一貴は両手で腰を抱いてきた。
「お前が、こんなに腕を揮っているのに? 俺の為だけに用意してくれてるのに? ……聞く事が間違ってる」
良かった〜。
莉世に顔に、本当の笑みが零れた。
「だって、わたしたちにとって……付き合ってから初めての一貴のバースデーでしょ? ……特別な、意味を込めたかったの」
そう……特別な。
その意味を悟ったのか、一貴の眉が上がる。
莉世は頬を染め、下を向いた。
一貴はきっと驚くだろう。
いつもベッドで……わたしが拒否していた愛撫を、自ら受けようと思っていると知ったら。
でも、それは初めてされる愛撫だから。
今まで誰一人、そんな事をさせた人はいないから……だからそれをあげたいの。させてあげたいの、全てを捧げたいの。
今日という……素晴らしい日に、一貴にプレゼントしたいの。