※ 何故、いきなり莉世が京都……そして○○に??
詳細は、《Ring of〜》シリーズ、『続・Ring of 〜真実の想い〜』を参照vv
―――京都。
外へ出ると、すかさず振り返り、今まで座っていた席を見た。
そこには二人のカップルがいた。
彼女は俯き……彼氏は、真っ直ぐ食い入るように彼女を見つめている。
大丈夫だよ、彰子。久木さんは、まだ彰子だけを愛してる……。
電話からでも、久木さんの彰子への想いはすぐに伝わったんだもの。
あとは正直になるだけだよ、彰子。……頑張ってね。
微笑みながら、莉世はそのまま駅の方へ歩き出した。
しかし、その笑みはだんだん強ばり……いつの間にか、痛みに耐えるように歯を食いしばっていた。
人に助言を言うのは、何て簡単なんだろう。
もし、これが逆の立場なら……わたしだって彰子のように緊張していたよ。
……逆の立場、か。
日曜だからか、さほど込んでない駅構内に入ると、切符売り場へ向かった。
実は、一人になる事はもうわかっていた。自分が、彰子たちの邪魔モノになるって事も。確かに、彰子の為について来たけど、これは自分の為でもあった。……一貴と少し離れたいという気持ちが、ずっとココロの中で燻っていたからだ。
やっぱり、アノ時……何があったのか知りたい……。
その気持ちがずっとココロの奥底にあった事もあり、彰子との同行を思い立ったのだ。
真実を知らないまま、一貴の側にいる事は出来る。
だけど ……愛されているとわかっているのに、透明な壁が二人の間にどんどん立ちはだかっていくのだった。
そうなればなるほど不安が増殖し、とうとう拭いきれなくなってしまった。
一貴も、わたしの態度がいつもと違って、おかしいと思い始めている。
二人の間をギクシャクとした関係にしたくないのに、わたしがそれをしてしまってる!
莉世は、計画どおり……目的地までの切符を買った。
「よし!」
鞄をギュッと持つと、何かに立ち向かうように顔を上げ、一歩踏み出した。
流れる景色がぼやける。
莉世は、気持ちを落ち着かせようと、大きく深呼吸した。
いったい何をしようとしてるのかわかってるの? わたしがする事は……もしかしたら一貴を失う事になるかもしれない。それでもいいの?
何度、問うただろう。
試験中も、家でも、登下校の時も、この事は何度も考えた。
危ない橋は渡るべからず。
だけど、悪夢が消え去っても、あの不安は消えない。
その事が……脳裏から消えなくて……一貴に触れられても、躰がビクッと拒絶反応を起こすようになってしまった。
愛しい手、愛する人の手だとわかっているのに……。
様子がおかしいとわかった一貴は、だんだんと表情を変えて、苛立っているのがはっきりわかるようになった。
* * * * *
「俺が触れてるんだ。何故、そんな反応をする? ……俺に、触れられるのが嫌なのか?」
「違う、違うよ」
手首を強く握られ、莉世は躰が震えた。
一貴がグイッと引くと、そのまま覆い被さるようにキスをした。
とたん躰が凍りついた。
奥歯を噛み締め、唇を真一文字に結ぶ。
その唇を開かせようと、巧みに舌と唇を動かすが、されればされるほど……躰に力が入ってしまった。
一貴は、唇をそっと離すと莉世を鋭く見つめた。
その突き放すような目を見て、莉世はみるみるうちに涙を浮かべた。
「……何がいけないんだ。言ってくれなければ、俺にはわからない」
わたしだって、わたしだって……何故こうなるかわからないよ。
両手で顔を覆い、溢れ出す涙を隠した。
「……好きな男が、出来たのか?」
まさか!
パッと顔を上げると、苦しそうに歪む一貴の表情を見た。
「一貴だけだよ! わたしには一貴しかいない!」
「なら、何故俺に触れられるのを嫌がるんだ?」
辛そうな、苦しそうな表情を隠そうともしない一貴から、莉世は初めてその場から逃げだした。
* * * * *
それが、ちょうど2週間前の事。
1週間前は、テスト前日ともあって、会わなかった。だから、逃げ出した日以来……二人きりで会う事はなかった。
本当なら、今日わたしが一貴の部屋に行く予定だった。
きっと……わたしが来ないのは、顔を合わせづらいとでも思ってくれるだろう。そして、わたしがその間にするのは……。
―――大阪。
だんだん人が混み合ってきた。
そして……誰もが歩くスピードが早い。
思わずゴクリと唾を飲み込み、顔をあげて案内標識を見つめた。
わたしが行きたいのは……。
「あれ、迷子なん?」
なん?
振り向くと、背の高い……高校生か大学生ぐらいの男性だった。
「い、いえ」
顔を背けると、再び案内図を見る。
「何処行きたいん? 言ってくれたら、俺教えたるで?」
何だが、その慣れ慣れしい態度が、怖かった……。
「……大丈夫です」
「関西の人間なめたらあかんで? 関西人は親切心が広いんや。誰か困ってたら、助けたるっていうてな……っで、何処行きたいん?」
笑うべきところじゃないのに、何故か笑いが込み上げてきた。
奈美オススメの芸人さんみたいだったからだ。
「おっ、笑おうた! うん、その方がごっつ可愛いで」
ニコッと笑うその人……悪い人には見えなかった。
「あの……京橋に行きたいんです。そこからビジネスパークに行けるんですよね?」
背の高い、彼を見上げた。
「おっ、行けるで。でも、あんた初めてか?」
莉世は、コクリと頷いた。
彼は腕を組み、う〜んと唸った。
「初めてやったら、城公園の方がわかるんとちゃうかな……切符は?」
彼が何を言ってるかわからないまま、首を捻った。
「え〜と、京橋までは買ってるんです」
「そっか……なんか調べて来たみたいやから、計画どおりにした方がえぇかもな。こっちや」
その男性は、莉世の足元にあった鞄を持った。
「あっ!」
「心配せんでえぇで、持ったるだけやから」
莉世は、彼について行くしかなかった。
「大阪は初めて?」
オレンジ色の電車に乗ると、彼が聞いてきた。
「はい」
「一人で……旅行か? まさか、家出とちゃうやろな?」
「家出じゃありません! 友達と一緒に来たんです」
「その友達は見当たらんな……ケンカでもしたんか?」
莉世はムッとした。
この人の親切は嬉しいけど、どうしてこんなに聞いてくるんだろう。初対面なのに、慣れ慣れしすぎる。関西の人って、皆こんな感じなの?
莉世は黙って、流れる景色を眺めた。
「何? 言いたくないんか? まぁ、しゃ〜ないな」
京橋駅に着くと、莉世はお礼を言って別れを告げようとした。
しかし、彼も京橋で降り立った。
「えっ?」
と驚いてる間に、電車は出発……ホームにいる彼はニコッと笑った。
「ええねん、俺定期やし……近くまで一緒に行ったるわ」
そう言うと、再び莉世から鞄を引ったくり、歩き出す。
ちょっと、何なのよ、彼は!
莉世はイライラしながらも、彼の後ろを追いかけるしかなかった。
彼が親切なのは、わかった。
はっきり言って、わたしも初めての土地は不安だ。
だけど、ここまで彼に頼ってしまっていいのだろうか?
「何処に行きたいん?」
莉世は、迷いながらも名刺を取り出した……父親の名刺を。
そこには、支社の住所まで書いてある。
「ここなの」
その名刺を受け取ると、彼は笑った。
「ここやったんなら、京橋で下りて正解やったわ。ほら、あそこや」
彼が指さした巨大なビルを見た。
「せやけど、今日日曜やで? 会社閉まってるんとちゃう?」
それは、莉世も覚悟していた。
しかし、日曜出勤というものがある……もしかしたら……という願いをかけて来たのだった。
「ここでいいから。本当にありがとう」
はっきり言う莉世に、彼は苦笑いした。
「いや〜、実は下心あってん。ちょっとぐらい、茶シバいてくれるかなぁとか思っとったんや。だけど、何やら急いでるみたいやし……しゃ〜ないから一歩引いたるわ。ここで別れるのは惜しい気もするんやけど……まぁ縁があったらどっかでまた会えるし……ここで別れよう」
彼が手を出す。莉世も手を出し、握手を交わした。
「ありがとう、助けてくれて」
「だ〜か〜ら〜、下心やって。じゃ、頑張れな」
手を振って、彼は背中を向けて歩き出した。
意外といい人だったな。下心と言っておきながら、何もなかったし。
邪険に扱って、ちょっと悪かったかも……。次に会ったら、謝ろう。でも、彼とはもう二度と会わないと思うけど、ね。
莉世は微笑み……そしてため息をつくと、前を向いて歩き出した。
カレの勤め先でもある……水嶋グループの支社ビルに向かって……