『ココロの兄、TWINS』【4】

 そのやりとりを見ていた康貴は、楽しそうに笑いだした。
「優貴もやっぱりわからないか、こりゃいい! 俺だけが騙されたってのは気に入らないからな」
「何が面白いんだ?」
 優貴は、ブスッしたまま康貴を睨む。
 一貴は……呆れたように、それでいて悠然に身構えていた。その目には、双子に対する愛情が溢れている。
 
「莉世だよ……、あの俺たちのチビ姫さ」
 楽しそうに言う康貴に、優貴は一瞬絶句した。
 すぐに立ち直ったが、驚愕を隠しきれず、
「莉世……だと?」
 と掠れた声で呟きながら、莉世を舐めるように見つめた。
 まさしく双子! 康くんと同じ事してるよ。
「はい、莉世です」
 莉世は、康貴に向かってにっこりした。
「ええっと……確か留学して」
 いつも冷静だった優貴の表情は見事崩れ落ち、今まで鋭かった目には、動揺を浮かばせていた。
 昔から、他人なんて関係ないというぐらい無反応だったのに、今はわたしの事に、これだけ反応してくれてる!
 あぁ、やっぱり最高の双子、わたしの素敵な“兄”たちだよ。
 莉世は、満面の喜びを表わした。
「そうだよ。帰国して藍華に編入した時に、一貴と再会したの。まさか、一貴が先生してて、担任になるなんて思わなかったんだけどね」
「そして、兄貴の彼女でもあるわけさ」
 康貴は、莉世が敢えて言わなかった事実を、暴露した。
 莉世は、頬を染めて優貴の出方を待った。
 しかし、優貴は真っ青になって、
「ちょっと待ってくれ……座らせてくれ」
 と言うと、ソファにぐったりと座った。
 康貴は優貴の言葉に興味津々に見つめ、一貴はどうとでもなれといったように傍観していた。
 
 どうして、康くんも優くんもそんなに慌てるんだろう?
 年齢差? 年が離れ過ぎだと思ってるの?
「莉世、兄貴は遊びでしか付き合わない。だから、」
「それは俺が言った。本気のようだから、もうそれ以上言わない方がいいぞ。いい加減にしないと、兄貴の鉄拳が降り注いでもおかしくない」
 康貴は、一貴が静かに発散する緊張感を感じ取り、先回りして言った。
「だがな、康。莉世と付き合って、」
「お前らな、いい加減にしろよ」
 一貴の低い声がリビングに響き渡ると、皆押し黙った。
 正に、〔鶴の一声〕と言って良かった。
 わたしが一貴と付き合ってるっていうだけで、康くんも優くんもこんなに言うなんて……。
 莉世は、一貴の苛立った横顔を眺めた。
 わたしは、一貴が響子さんと付き合ってた事しか知らない。
 でも、双子がこんなに言うって事は、響子さんより以前・以後……かなり遊んでたって事だ。そんなにひどい遊びをしたの? わたしも……遊ばれてる可能性があるって事だろうか?
 ううん、違う! 一貴は前に言ったじゃない。
 面倒な女子高生、しかも生徒に手を出すような、愚かな事はしないって。わたしだから……だから危険を侵してまで付き合うんだって。
 そうよ、わたしは遊ばれてなんかいない。
 
「っで、優貴まで何故ここまで来たんだ? あの子とデートだと思っていたが?」
 一貴が無頓着に言うと、優貴は急に表情を強ばらせた。
「兄貴には、関係ない事だ」
「そういう事だ」
 ……何が、そういう事なの?
 意味がわからないまま、莉世は頭を傾げた。
「さて、優貴はどうして来たんだ?」
「あぁ……康がこっちに来てるって聞いたから、俺も行こうと思って」
 優貴は、何故か莉世の顔をチラッと見て、急いで逸らせた。
 一貴は軽く舌打ちしたが、それは隣にいた莉世にしか聞こえなかった。
「ここは、避難所じゃないんだぞ? わかってるのか、お前らは、ったく」
 そう言うと、一貴は急に莉世に視線を向けた。
「優貴にも、お前特製カフェオレを作ってきてくれ」
「あっ……うん」
 莉世は立ち上がったが、その場の雰囲気から締め出されたような気がしてならなかった。
 兄弟の話を聞かせたくなかったの? わたしに聞かれたら、困る話?
 ……何だろう、すごく嫌な感じがする。
 澄み渡った空に、突然黒雲がもくもくと覆い被さってくるような……そんな不安がわたしに忍び寄ってくる。
 ダメダメ! そんな事を考えたら、わたしが不安を呼び寄せるようなものじゃない。大丈夫、黒雲が迫ってきても、一貴が絶対吹き飛ばしてくれる。
 そう言い聞かせてはいたが、突然沸き起こった不安は、完全にココロから消える事はなかった。
 
 
 莉世の姿が見えなくなると、一貴は優貴を睨んだ。
「はっきり言え」
 優貴は、ため息をついた。
「兄貴も、莉世っていう彼女がいるんなら、ちゃんと両親に言うべきだったな」
 一貴は、目を細めて優貴を潰さなく見た。
「……そういう事か」
「あぁ」
「康貴!」
「はい!」
 一貴の怒りが伝わってきた康貴は、素直に返事を返した。
「お前の用事もこれだったんだな」
 康貴は、両手を挙げて白旗の意味を示した。
「莉世の前で言えるわけないだろ? 俺は莉世の味方だから、傷つけるような事は言えない」
「俺だって莉世が泣く姿は、見たくない」
 優貴も、はっきり一貴に向かって言い放った。
 二人はまさしく手を組んだかのように、一貴を睨み付けた。
 一貴は、大きなため息をつき、視線を絨毯に向けた。
「何時からだ?」
「「15時」」
 まさしく双子……、声もトーンも見事に揃った。
 一貴は、腕時計を見ると、もう14時前だった。
「っくそ!」
「「兄貴が悪い」」
「五月蝿い!」
 性格は正反対と言っていい程違うのに、何故こういう時にだけ波長が合うのか……一貴には不思議でならなかった。
 戸口で物音がした為、三人は一斉にそちらに振り向いた。
 すると、莉世がお盆を手に現れた。
 
 
 その光景を見て、莉世はまさに自分に聞かれたくない話をしていたのだと察した。
 康くんと二人きりの時もそうだったし、優くんが増えてもまた同じ……空気が張り詰めていて、さらに今の方が空気が重たくなってる。
 一瞬、その不安が表情に出てしまったのか、一貴だけが目を細めた。
 莉世は、押し寄せてくる得体の知れない不安を振り払うように、 前に進み出た。
 先程感じた黒雲を追い払うように、目前で閉じられたドアを自らで開けるように……足を進めたのだ。
「莉世特製のカフェオレだよ」
 莉世は、優貴の前に置いたが、手が震えてしまった。
「ありがとうな」
 優貴はもちろん、一貴も康貴もその小さな震えを見逃さなかった。
 
「莉世」
 一貴のその声が、莉世を硬直させた。
「せっかく来てくれたんだが、俺は実家に行かなければならなくなった」
 一貴の低い声が響き渡る。
 優貴と康貴は、感情を消して莉世を見守っていた。
「うん、わかった」
 莉世は微笑んだが、その笑みはあまりにも作り過ぎた笑みだった。
 やっぱり……何かが起こったんだ。
 だけど、それをわたしに教えてくれる気はないんだね。突き放されたような感じがする……子供のお前には理解出来ないって言われたみたい。
 目頭が急に熱くなった。
 このまま、皆のいる場所で涙なんか見せたくない。
「じゃぁ、帰る前に、洗面所借りるね」
 莉世は素早く立ち去ると、3人を見ずにドアに向かった。
「莉世?」
 一貴が呼び止めても、莉世はドアを閉めて、その声を拒絶した。
「あぁ〜あ、莉世は昔から頭が良かったから……何か気がついてるのかもな」
 と、康貴。
「そうだな」
 と、優貴。
「「ちゃんと言っとくべきだったんだ」」
 一貴は冷静に立ち上がると、 まるで目で殺すかのように双子を睨み付けた。
 そして、何も言わずに一貴はベッドルームへ消えた。
 
 
「俺、莉世を見てくる」
 康貴は立ち上がった。
「やめておけ、これは兄貴と莉世の問題だろ?」
 康貴は、優貴のその冷たい態度を見て、目を細めた。
「昔からそうだった。優は放任主義で、莉世の為に動こうとすらしなかった」
「行ってどうにかなる問題じゃないだろ?」
 優貴は、感情のまま行動する康貴を見上げながらも、冷静になれと忠告していた。
「いくら双子だからってな、俺は優のように冷たいココロで出来てないんだよ。莉世は俺にとって大切な妹同然なんだ」
 怒りを押え込もうと、歯を食いしばいながら康貴は言い捨てた。
「俺にとっても、莉世は大切な“妹”同然だ。だから余計なおせっかいを抱くよりも、見守る事も大事なんじゃないか?」
 落ち着いて言う優貴に、康貴は本気で苛立ってきた。
「じゃ、お前はそこで見守ってろよ! 俺は、俺の行動を取る」
 優貴がドアへ向かおうとした時、ドアが突然開いて莉世が入ったきた。
 
「さぁ、帰ろうかな」
 莉世は、赤い目をしながら、二人に微笑んだ。
 その目を見た双子は、莉世が泣いていたのだとはっきりわかった。
 莉世を傷つける奴は、誰であろうと許さないと言い切っていたのに、何も理由を言えない自分たちが、今莉世を泣かせてるかと思うと、悔しくてたまらなかった。
 だからといって、その理由を言える筈もなく、双子は顔を伏せて、莉世の赤い目を見ないようにする事しか出来なかった。

2003/05/30
  

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