『彷徨う、熱きココロ』【2】

 レストランから出ると、一貴たちと別れた。
 
 莉世は、去ってく二人の後ろ姿を眺めずにはいられなかった。
 とても素敵なカップルに見える。
 きっと……誰が見てもそう思うだろう。
 だからなの? だから、わたしを安心させようと危険を侵してまで……隣に座って手を握ってきたの?
 
 
「ちぇっ! 本当にセンセ奢ってくんなかった」
 彰子がブツブツ言いながら、前を歩く。
 莉世は二人から目を逸らし、彰子の隣に並んだ。
「仕方ないよ。10人分はいくら何でも……ね」
「あぁ〜あ、本当残念。あっ、もうすぐパスの時間だ。ほら、皆行くぞ!」
 先頭を突き進む彰子に、皆笑いながら、予約の絶叫アトラクションへと向かった。
 
 
「うっ……」
 莉世は、撮られた写真を見て、思わず呻いてしまった。
 最悪……わたし、思いっきり古賀くんの方に身を寄せてる。
 しかも、古賀くんもわたしの方に寄ってるし……。
「よく撮れてるね」
 彰子は、その写真を見て笑った。
「記念に皆で買おうよ」
 奈美が笑顔で皆に促す。
「「あぁ、買おう」」
 柴田と古賀の声が重なった。
 皆を見て、莉世は買うしかないと諦めた。
 でも、絶対一貴には見せないんだから! 見せられないよ……こんなの。
 莉世は、受け取った写真を抹消するかのように、すぐに鞄に入れた。
 
 次に、8人はお城のアトラクションへ向かった。
 確かに入りたかった。テーマパークの中央に位置するお城に来たかった。
 でも……こんなに暗かった? 記憶に全然ないよ!
 莉世は、ゆっくり歩いていると誰かが肩に手を置いた。
「きゃっ!」
「あっ、ごめん」
 横を向くと、古賀だった。
「あっ、ううん。びっくりしただけ……」
 莉世は顔を背けると、皆と離れないように歩を進めた。
 ガイドのお姉さんの声に集中しなければならないのに、どうしても隣にいる古賀に意識が集中してしまう。
 激しく高鳴る動悸に、莉世は胸を押さえた。
 暗闇なのに、古賀の熱い視線を感じる。
 あぁ、どうしよう。でも、付き合おうとか言われたわけじゃないから、変な態度を取るのは良くない。じゃ、どうする? それとなく距離を置く?
 莉世は、唇を噛み締めながら考えた末、後者を選んだ。
 
 でも……その行動を取るべきではなかったと気付くのは、もう少しあとの事だった。
 
「あぁ、わたしもアレ欲しかったな〜」
 奈美が悔しそうに言うのを聞いて、莉世は思った。
  あぁ〜、全然集中出来なかった……。古賀くんのせいだよ。
 チラッと後ろを見ると、古賀がそれに気付き近寄って来こようとした。
 ダメ、駄目だよ!
 莉世は彼を避けるように、焦って彰子の側へ行った。
「わたし、化粧室へ行ってくる。次どこに行ってるか教えて、後で追いつくから」
「一緒行く?」
 莉世は、頭を振った。
「一人で大丈夫」
「ん、じゃぁ、テーマパークの奥に位置するお化け屋敷にいるから」
「わかった」
 莉世は皆の視線を避けると、一人離れて……パンフレットを見ながら化粧室を探した。
 
 
 人のたくさんいる場所を避け、莉世は建物に沿って歩き始めた。
 化粧室を無事見つけると、しばらくその場に立ちすくんで、そしてすぐに引き返し始めた。
 本当は、何も用はなかったのだ。
 ただ、あまりにも動揺していたから、一人になりたかっただけだった。
 今日の古賀くん……だんだんおかしくなってる。
 学校での態度と全然違うよ。ジィーと見つめてきるし……それに、スキンシップをしたがってるような、そんな感じ。
 莉世は、突然古賀に肩を抱かれた時に起こった感情を思い出した。
 一貴に触れられると……甘く蕩けるような感覚になるのに、古賀くんに触れられただけで、背筋に悪寒が走った。
 一貴になら触れて欲しいと思うのに、古賀くんには触れてほしくない。
 古賀くんが、嫌いなわけではない。いい友達だと思っている。
 だから、それ以上を踏み込まれるような行動は、嫌だった、やめて欲しかった。
 あの時と一緒……グラントの時と一緒だ。
 莉世は、そう遠くない過去の記憶を、思い切り振り払った。
 今考えるべき事は、古賀くんの事よ、グラントの事じゃない!
 
 莉世は、皆に何か買っていってあげようと思い、立ち止まるとパンフレットを見た。
 何がいいかなぁ。お腹はいっぱいだから……やっぱり飲み物がいいかな?
 その時、押し殺したようなひそひそ声が、突然莉世の耳に入ってきた。
 莉世はキョロキョロと周囲を見渡すと、建物の陰になった所から声が聞こえてきたのだとわかった。
 恋人同士かな?
 莉世は、羨ましそうに微笑みながらその場を立ち去ろうとした時、 突然男の声が響いてきて立ち止まってしまった。
「やめろ、みつる!」
 今の……声、一貴? みつるって……。
 莉世は、目に見えない力に引っ張られるかのように、その声のする方へ一歩一歩ゆっくり向かった。
 何もない……何も起こってなんかない!
 莉世は、自分に言い聞かせた。
 しかし、目の前に飛び込んできた光景は、一貴の胸に抱きついている湯浅先生の姿だった。
 えっ……どうして? 何、何なのこの光景!
 莉世は呆然と立ち竦み、その場に凍りついてしまった。
 
「みつる……離せ」
「嫌よ!」
 湯浅先生は、一貴のウエストに腕を回し、壁に押しつけていた。
 一貴の手は、湯浅先生の肩に置いてる。
「わたし、一貴を一貴先輩って呼んでいたあの頃から、ずっと好きだったのよ。隣に……響子先輩がいても……お似合いのカップルだってわかっていた時から、あなたがずっと好きだった」
 一貴は、諦めたように上を仰ぎ見ながら両手を下ろした。
「それで?」
 湯浅先生は、一貴の胸板に思い切り顔を押しつけた。
 
 イヤ……嫌ッ、やめて!
 
「響子先輩と別れた事も、前から知ってたわ。全て聞いたの。……わたしは、響子先輩がしたように、無理な要求なんて絶対しない、約束する。だから、わたしを一貴の恋人にして……わたしを愛して」
 どうして……何も言わないの? どうして、俺には彼女が……恋人がいるって言わないの?!
 喉の脈がドクンドクンと激しく打ち、緊張のあまり躰が震え、喉もカラカラになってきた。
 
「響子がお前に何を言ったか知らないが、それを全て鵜呑みにするな」
「でも、響子先輩は、わたしには何でも話してくれてたわ」
 
 響子さんと湯浅先生って、繋がりがあるの?
 あぁ……
 莉世は唇を噛み締めた。
 わたしは……まだ、響子さんから逃れられないんだ。
 
「そうか、なら、そろそろ離してくれ」
 湯浅先生は、ガバッと身を起こすと、一貴を見上げた。
「離せ? どうして? わたしはあなたが好きなの、こうしたいのよ」
「……みつる、俺がフリーだと思うか?」
 湯浅先生は、戸惑ったように一貴の目を見つめた。
「えっ? ……えぇ、そう思うわ。響子先輩は、一貴はまだ誰とも付き合っていないって言ってたし、わたしだってずっと……ずっとあなただけを見てきたのよ。もし一貴が誰かと付き合ってるなら、わたし……すぐに気が付いたわ」
 一貴はため息をついたが、湯浅先生の抱きつく躰を離そうともしない。
「お前は俺を見ていなかったんだよ、何もわかってない」
「わかってるわよ!」
「お前は、ただ、響子のマネがしたかったんだろ? 響子が俺と付き合ってたから、お前はその後釜におさまりたかっただけなんだよ」
「違う、そうじゃないわ! わたしは、本当にずっと……」
 興奮してそう言い捨てると、湯浅先生は一貴の首に抱きつき、無理やりキスをした。
 
 うそ!
 
 莉世は、思わず手に持っていたパンフレットを、落としてしまった。
 その音に気付いた一貴が、湯浅先生の肩を押して素早く振り向く。
 驚愕した一貴の目と、傷ついたココロを隠しきれない莉世の目が、ばっちり合った。
「り……せ」
「すみません……邪魔、するつもりじゃ」
 すぐに跪いてパンフレットを拾い上げたが、震える手は隠しようがなかった。
 震えを止めようと、ギュッとパンフレットを握り潰した。
 地面を見つめていた視線の先に、こっちに向かってくる一貴の足が目に入った。
 駄目……湯浅先生の前で、冷静に話なんて出来ないよ!
「わたし、この事は誰にも言いませんから……失礼します!」
 莉世は、一貴の目も湯浅先生も見ないで立ち上がると、背を向けて走り出した。
 涙で全てが滲む……
 素敵な夢の国が……何もかもボヤけてくる。
「っううっ……」
 口から漏れるすすり泣きを堪えようと、莉世は唇を噛み締めた。
 泣かない、泣くもんか!
 一貴は何も悪くない。悪くないけど……どうして抱きつかれても拒絶しなかったの? どうして、はっきり彼女がいるって言ってくれなかったの? どうして、謎めいた話し方をしたの?
 泣くまいとすればするほど、莉世の目から……どんどん涙が零れ落ちた。
 莉世は、涙を拭おうともせず、前だけを向いて……一貴と湯浅先生の現場から遠ざかろうと、ひたすら逃げるように走った。

2003/05/06
  

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