番外編
愛し合った後には必ず生まれる、特有の肌の湿り気。
その感触は、いつ体感しても気持ちがいい。
それに、こうして繋がったまま一貴に抱かれてるなんて。
「このままの状態で、誰か入ってきたらどうする?」
一貴が、突然口を開いた。
訊くまでもない。
莉世は、満ち足りたため息を吐いた。
誰かに見つかりでもしたら、どうなる事か……きっと大変な事が起こると思う。
でも、誰かにわたしたちの関係に気付いて欲しいって、思う事もある。
そうすれば、堂々と一貴と一緒にいられるって。
……長谷川さんにも一貴を盗られないですむって。
とそこまで考えて、莉世は軽く吐息を漏らした。
バカだよ、わたし。見つかったその後がどうなるか、ちゃんとわかってない。だけど……。
莉世は、目の前にある一貴の綺麗な鎖骨に唇をつけた。
「っ、莉世!」
掌から一貴の高鳴る鼓動を感じたが、それが莉世の鼓動と重なり、どちらが激しく高鳴ってるのかわからない。
でも、印をつけたかったの。わたしの大事な人だって。
肌を強く吸った時、膣内(なか)の一貴が大きく脈打った。
甘い痺れが躰の中を駆け巡るが、それでも吸い…そして舌でその部分を舐める。
内出血をおこした鎖骨は、うっすらと赤く染り……可憐な小花が咲いた。
「お前がそんな事をするから、こうなってしまったぞ」
と言い、グィと腰を突き上げる。
莉世は、一瞬で瞼を閉じながらのけ反った。
「っぁ……、っ降ろして」
対面に向き合いながら一貴の膝に跨がる莉世は、自分から降りようと思えば出来たが、躰がいう事をきかなかった。
躰が、どんどん一貴を飲み込もうと波打ち、それに抗えなかったからだ。
「っ…もう、止められない!」
そう言うと、一貴は激しく腰を動かし始めた。
最初に得た快感は、2度目の起爆剤となって、莉世を翻弄させた。
絶頂に達するのは、とても早かった。
ぐったりしている莉世から、一貴はゆっくり腰を引いた。
二人の愛液が、未だ二つを繋がり続けている。
光る一貴のモノを見て、莉世は呻き声をあげた。
一貴……ゴムを使ってくれなかった。
熱い液が重力に従って落ちてくる。 わたしの膣内(なか)に、一貴の…。
瞬時に計算する。
……大丈夫、安全日だ。
だから? それを一貴もわかってるから避妊をしてくれなかったの? それとも、長谷川さんの事で責めたわたしを怒ったの?
気怠い躰を意思の力で身を起こす。
「ほら、足開いて」
一貴は既に身仕度を整え、熱いタオルを持ってきてくれた。
「いい、自分で出来る」
奪うようにタオルを持つと、ゆっくり愛液を拭う。
拭いながらも、一貴が視線を逸らす事なく見つめているのが、手に取るようにわかった。
何? 何を考えてるの? 長谷川さんとの……事?
問いたかったが、莉世は一言も発しないまま拭い終えた。
そのまま視線を合わす事なく、デスクの上に無造作に置かれたパンティを取り、素早く身につけた。
「莉世?」
そう囁かれて、面を上げた。
「一貴に何でもするって言って、抱かれた。だから、長谷川さんとはえっちしないよね?」
一貴は、無表情のまま近寄り、莉世の腰を抱きしめた。
「……立ち聞きしてたんだろう? 何故最後まで聞かなかった?」
最後、まで?
一貴の爽やかな体臭を嗅ぎながら、肩におでこを押しつける。
「最後まで聞いていれば、5限をさぼる事もなかったし、こうして俺に抱かれる事もなかった」
躰を離そうとしたが、一貴がしっかり腰を抱いているため身を離せない。
仕方なく上半身を反るように、一貴を見上げた。
「どういう事?」
「どこでそういう話になったのかわからないが、ちゃんと断った。それに、俺が高校生のお子様に手を出すと思うか?」
お子様! わたしより一つ年上の長谷川さんがお子様なの?
「それなら、わたしだってお子様だよ。そのお子様に、」
「お前は別……わかってるだろ?」
お子様だけど、別という事?
それにしても、ちゃんと断ったのなら、どうしてわたしをこの場で抱いたんだろう?
どうして?
眉間を寄せて一貴を見ていたからだろう。
突然、一貴がゆっくり顔を近づけ、優しいキスをする。
「俺の嫉妬もかなり強いと自負しているが、今日のお前の嫉妬も負けてなかったな」
嫉妬……そう嫉妬だ。
だから、一貴の為なら何でもするって覚悟があった。
でも、一貴の思惑がわからなくて……。
「俺は、お前以外の女は欲しいとは思わない」
その擦れた声が、莉世の女としての部分を揺さぶった。
「お前がいるのに、他の女を抱くわけがない」
「……本当?」
「あぁ」
その答えに、一瞬で笑顔になる。
でも、何故抱いたの?
「それならどうして抱いたの? ……っゴムだってしてくれなかった」
「お前が疑ったからだ」
えっ? わたしが疑った?
一貴が、視線をプイッと逸らす。
「一貴? どういう事?」
そこまで言った時、急に廊下を走って来る音が響いてきた。
えっ? 何?
壁に掛けてある時計を見ると、既に5限は終了していた。
「チャイム、いつの間に鳴ったの?」
誰に訊くともなく呟いた時、部屋にノックの音が響いた。
「失礼します!」
少しイライラしたような男の声。
「ちょっと!」
慌てたように、必死に押し止めようとする……聞き慣れた女の声。
――― ガラッ。
現れた二人を見て、莉世は思わず呻きたくなった。
古賀に、彰子だった。
二人は息切れになりながら入って来る。
怖い顔をした古賀に、後ろで両手を合わせて謝る彰子。
「先生、桐谷は気分が悪くなったんです。だから、一休みしたいっていう彼女を、」
「古賀と一緒にいたのか?」
一貴は、古賀の言葉を途中で遮ると、ギロッと莉世を睨み付けた。
「……はい」
いつの間にか、恋人から先生へと変貌するなんて。
しかも、 しっかり抱いていたわたしの腰も、知らない間に手が離れてるし。
そう思いながら、一貴から視線を逸らす。
「いや〜、あたし言ったんだよ? 莉世なら大丈夫だって。なのに、古賀ったら莉世を迎えに行くってきかなくてさ」
「三崎の言葉どおりだな……古賀」
冷たい声で言われて、古賀はムッとしたようだ。
「最後まで俺といたんだから、迎えに行くのも当然だと思ったんです」
顎を上げて一貴を正面から見つめる。
彰子は、そんな古賀を見て肩をすくめる。
「あの! 先生、6限が始まるので戻っていいですか?」
莉世は咄嗟に言い、男たちの注意をこちらに引き寄せた。
しかし、一貴の躰からは怒りが漲っているのがはっきりわかった。
「……まだ何故サボったのか、その理由は聞いてないぞ? 放課後、教務棟へ来るんだ。いいな?」
教務棟……。仕方ないよね? 一貴ったらものすごく怒ってるもの。
「……はい」
莉世は、素直にそう発していた。
廊下に出ると、彰子がすかさず小声で謝った。
「ごめん! あたし、古賀に大丈夫だって言ったんだけど、頑としててさ。センセと一緒だから大丈夫……とは言えなかったし」
莉世は、苦笑いを浮かべた。
確かに、古賀くんはあの一貴の話を聞いていたワケだから、心配するのも無理はないよ。
それにしても……チャイムが鳴った音にすら気付かなかったなんて。
良かった、既に身仕度を整えていて。
莉世は、ホッと胸を撫で下ろした。
「それで、何してたのかな〜」
ニヤニヤ笑いながら彰子が擦り寄ってきた。
「な、何って!」
そんなの言えるワケないよ。
そのぉ、ある意味わたしから誘ったなんて。
彰子が顔を寄せてきて、莉世の耳元で呟いた。
「センセったら、ばっちり嫉妬してたね! だけど、莉世のその首にある痣を古賀が見たら……何て言うかな?」
「えっ?!」
大声で叫んだ為、前を歩いていた古賀も振り向いた。
「どうかした?」
「ううん、何でもない!」
どんどん顔が染まっていくのを感じながら、莉世は髪に手を振れるとそのまま胸元へと流した。
これで、隠れてかな?
チラッと彰子を見ると、彼女は肩を震わせて笑いを堪えていた。
「何? 彰子、どうしたの?」
「……嘘だよ〜ん」
そう言うと、莉世を置いて走り出した。
莉世は、茫然となりながらその言葉の真意を考えた。
嘘って……何が嘘? ……ぁああっ!
キスマークなんてついてないんだ。
「もう、彰子!」
莉世は、彰子の後ろを追いかけるように走り出すと、古賀をも追い抜いた。
やられた! わたしったら、彰子の罠にハマってしまった。
……って事は、わたしが一貴と何をしていたのかもバレバレ、って事なの?
ひゃぁ、恥ずかしい!
「彰子の意地悪〜!」
「だって、それがあたしっしょ」
ニコニコしながら振り返る彰子に、莉世はもうお手上げ状態だった。
荒い息をしながら教室に入ると、彰子は既に奈美たちと一緒にいた。
安全地帯に逃げたって事ね?
言いたい事を堪えながら、莉世は彰子たちの側へ近寄って行った。
また授業が始まる。
でも、5限が始まる時の気持ちとは全然違う。
一貴とえっちしちゃったから? ……愛の再確認が出来たから?
ううん、一貴が長谷川さんをフッてくれて……わたしだけって言ってくれたからだよね。
いつしか、莉世の顔には幸福の笑みが浮かんでいた。
そんな莉世を、彰子は微笑ましく眺め、古賀は不機嫌そうに眺めていたのだった。