番外編

『The Instinct』【2】

side:一貴
 
 バスルームで、シャワーの音が聞こえ始めた。
 一貴の目は、欲望で輝き出した。
 あの扉の向こうで、艶めかしい裸体にシャワーをかけてるのかと思うと、躰が奮えた。
 滑らかな肌に水が弾き、柔らかな曲線に水滴が流れ落ちる。
 その水滴は、乳房からウエストへ……ウエストからヒップへと愛撫するかのように流れ落ち、排水溝へ落ちて行く。
 その情景を思い描いただけで、一貴は胸が激しく動悸し、興奮してきたのがわかった。
 
 あぁ、こんな事で興奮した事は、一度もなかった。
 確かに、今まで女に不自由した事はない。
 セックスが目的でも、その女とやる前から、こんな興奮を味わった事は一度もなかった。
 それが今では、莉世を想うだけで躰が疼く。
 あいつが欲しくて欲しくてたまらない!
 一貴は、拳をきつく握った。
 俺は、こんなにも莉世に溺れてる……。
 今まで俺の本能は、仕事と女を避ける予防線にしか向いてなかったというのに、俺は莉世と再会してから、あいつにしか目に入らなくなってしまった。いや……莉世と再会する前、からか。
 
 そこで、また倒れてる鞄が目についた。
 一貴は、笑いながら立ち上がると、その鞄を椅子に置こうとした。
 すると、大きな何かが滑り落ちた。
「何だ?」
 アニメのような絵が描いてある。
 遠い記憶を探り出し、それがアトラクションの一つだったのを思い出した。
「あいつ……これに乗ったんだな」
 にこやかに唇の端を上げて、それを開けた瞬間、一貴の微笑みが凍りついた。
 笑いを含んでいた目が、だんだん冷たく細められていく。
 写真を持っている手が、怒りで震え出した。
「何なんだ、これは!」
 一貴はその写真を……まるで抱き合うような莉世と古賀の写真を放り投げたかった。
 しかし、爆発しそうな感情を押さえ、とりあえずそれを再び鞄に戻すと、その場で服を乱暴に脱いだ。
 一貴の目がきつく光り、そこには決意が漲っていた。
 
 
 一貴は、勢いよくバスルームのドアを開けた。
 その音で素早く莉世が振り返った。
「一貴!」
 莉世が、慌てて側のタオルで躰を隠そうとするが、そのタオルを一貴は奪った。
「俺の前で隠す必要ないだろ?」
 莉世の口から、喘ぎ声が漏れた。
 一貴は興奮していて、既に屹立していた。
 それを隠そうともせず側へ行くと、莉世は目をギュッと瞑った。
 俺を締め出すのか?
 一貴は、シャワーを出すと、莉世の躰中についた泡を、愛撫するように洗い落し始めた。
 その光景は、さきほど夢想した情景と全く同じだった。
 柔らかな曲線に沿って……泡と水が流れ落ちて行く。
  一貴は、この目の前の光景に激しく胸が高鳴った。
 
 泡で隠れた白い肌が表に出てくると、手を出さずにはいられなくなった。
 一貴は莉世を壁に押しつけて激しくキスをし、唇を割って舌を挿入する。
「っんふ」
 莉世の甘い声で、躰の芯に電流が走った。
 あぁ……お前だけだ、俺をこんな風にさせるのは。
 俺を嫉妬させ、欲情させる……お前にしか反応しなくなったこの俺を、この先どうするつもりなんだ?
 一貴は、莉世の肌に手を滑らせ、快感のツボを隅無く探った。
 すると、莉世は自然と一貴の首に抱きついた。
 一貴は、莉世の躰が快感に身を奮わせるのを感じると、乳房をゆっくり揉み、触れて欲しいと懇願して硬くなった乳首を、指で転がした。
「ぁ…」
 お前のその甘い声が、俺を熱くさせる!
 一貴は曲線に沿って愛撫し、最終目的の秘部に触れると、意思を持ったように動くその場所に、軽く上下に撫で上げた。
 その軽いタッチが莉世を興奮させ、快感の渦へと誘った。
「はぁぅ……」
 莉世は、躰を震わせながら一貴にしがみついた。
 一貴は、莉世が十分に感じている証拠を手で感じた。
 お前の躰は、どうしてこんなに敏感なんだ?
 俺が手を触れただけで、お前はこんなに……。
 一貴は、手を伸ばして容器に入ってあったコンドームを取り、素早く装着した。
 
 今すぐ欲しい!
 俺が欲しいのは、お前だけだ……、だから、二度と他の男に目移りしないでくれ。
 一貴は、莉世の膝裏に手を入れると、そのまま勢いで方足をグイッと持ち上げた。
 一つに溶け合いたい……莉世、早くお前とっ!
 腰を落とし、挿入しようとすると、
「いや、いや……やめて一貴! やだぁ!」
 莉世が本気で抵抗をした。
「莉世?」
 突然の拒絶に、一貴は顔を強ばらせながら動きを止めた。
 お前は、俺とこうしたくないのか?
 ここまできて、俺を拒絶してるのか?
 しかし、一貴はふと思い出した。
 あの日、かなり痛がっていたという事を……、そして、もうその体位は嫌だと言った事を。
 だが、一貴は今ここで莉世と一つになりたかった。
 もう待てないっ!
 
 一貴は、足から手を放して下ろしてやると、次は莉世の手を取り、壁に付いてある取っ手に掴ませた。
「何? 何する、」
 莉世は戸惑った。
 しかし、その格好が何を意味する間もなく、一貴は莉世の足を足で少し開けさせ、腰を支えながら後ろから挿入した。
「っあぁ!」
 一貴は急ぐことなく、何度もゆっくりと腰を押しつける。
 くっ……何て熱いんだ。
 それに、この締めつけ……いつもいつも俺を締めつけてくる。
 一貴は、苦しそうに顔を顰めた。
 莉世が、快感に躰を震わせているのを見て、一貴はやっと口を開いた。
 
「……古賀に、何をされた?」
 そう、どんな風に抱き付かれたんだ?
 どんな場所を、古賀に触られた?
「わからない……わからないよ」
 莉世は、呼び起こされる甘美な痺れから逃れるように、取っ手をきつく握りしめた。
「あいつに、キスされたのか?」
 どんな風に、お前のその唇を奪ったんだ?
 莉世の躰がビクッと震えた。
「どうなんだ?」
 何も話さない莉世に、一貴は嫉妬の炎が燃え上がってきた。
 俺に言えないようなキスをしたのか?
 一貴は、いきなり挿入を早めると、手を秘部へ滑り入れた。
「っんあっ!」
 莉世は、突然の甘美に背を逸らした。
 逸らした瞬間、莉世の膣内(なか)が激しく収縮した。
 その収縮は凄まじく、それがもたらす快感に、一貴の躰はブルッと奮えた。
 まだだ、まだイクんじゃない!
 一貴は、荒い息を吐いて気持ちを立て直そうとしたが、莉世がもたらす快感は壮絶だった。
「っく……されたのか?」
 莉世は、コクコクと頷いた。
「くそっ!」
 やはり、古賀が莉世の唇を奪ったんだ。
 あの柔らかい唇を!
 一貴は嫉妬に狂ったように、だんだん激しく腰を莉世に打ちつけた。
 溢れ出る愛液が、淫猥な音をバスルームに響かせてる。
「あっ、……っんん、ぁああっ!」
 手をギュッと握り締めると、莉世は思い切り背を逸らした。
 快感が躰中を駆け巡ったせいで、膝がガクガクして崩れそうになった莉世を、一貴は支えた。
 しかし、激しい収縮が、一貴を無理やり襲った。
「っくくっ!!」
 最後の一突きで、一貴も躰を硬直させた。
 激しく胸を上下させ、荒い息を吐きながら、莉世の躰がぐったりとなるのがわかった。
 失神したか……
 一貴は、何度も何度も深呼吸をして、息を整えた。
 そして、力の入らない莉世をそのまま抱きかかえ、バスルームから出た。
 
 
 まだ使ってないベッドに寝かせると、一貴はコンドームを外してその隣に滑り込んだ。
 俺は、お前を酷使してしまったか?
 薄く開いた柔らかな唇に、指を這わせた。
「だが……俺は自分でも止められなかったんだ」
 あの写真に加えて、古賀がお前に触れたという事実。
 お前のせいじゃない、わかってるさ。
 だが、俺は嫉妬を感じずにはいられない。
 何て事だ……、莉世、お前は俺をどこまで変えるんだ?
 
 莉世が、ゆっくり目を覚ました。
 覚醒する姿を、一貴は真剣にジーッと見つめた。
「古賀を殴りたい」
 一貴が強ばった声で言うと、莉世は息を飲んだ。
 まるで、驚いたかのように。
 何故、そんなに驚く? 当たり前だろう? 俺は、お前を誰にも触れさせたくないんだ。
 お前を俺だけのものにしたいんだ。
  一貴は突然覆いかぶさり、莉世の唇を奪うように、何度も何度も角度を変えてはキスを繰り返した。
「っんん」
 舌を絡ませ、唾液が混ざり合う。
 しかし、 一貴はキスを止めようとはしなかった。
 想いを全て伝えるかのようにキスをした後、ゆっくり唇を離した。
 二人は、激しく呼吸するように喘いだ。
「一貴と、湯浅先生のキスに比べたら、古賀くんにされたキスは……本当に何でもないキスだよ」
 莉世の掠れた声を聞きながら、一貴は眉間を寄せた。
「どういう意味だ?」
「だって、頬に軽くされただけだもの」
 喘ぎながら言う莉世に、一貴は呆然となった。
 頬? ……頬に軽くされた?
 何て事だ。
 一貴は、力が抜けたように隣にドサッと仰向けに倒れ込むと、長い吐息を吐き出した。
 
「じゃ、俺が無理やりお前をラブホに連れてきた意味は?」
 莉世は身を起こして、一貴を見下ろした。
 それを見た一貴は、莉世の頬を撫でた。
「お前が古賀にキスされたと知って、爆発しそうだった。お前は俺のものなのにってな」
 一貴は、薄く笑った。
「そう考えたら、お前の記憶全てに、俺の存在だけを埋め込みたくなったんだ」
 そう、俺はお前を俺の色に染めさせるつもりだった。
 ここに入る前よりは、優しく扱うつもりだったんだが……あの写真で、俺は気が狂ったようにお前の全てを求めた。
 
 突然莉世が顔を伏せると、一貴の唇を優しくついばんだ。
 その優しい口づけに、一貴は戸惑った。
 俺は、自分の本能のままお前を抱き、嫉妬に身を焦がしてお前を乱暴に求めたのに、お前は俺を許してくれるのか?
「莉世?」
「わたしたち、同じ気持ちだね」
 そう言うと、莉世は一貴の肩に頭を乗せた。
 同じ気持ち?
 ……お前も俺に存在を示そうとしていたのか?
 俺が、お前を俺の色に染めようとするのと同じように、お前も俺をお前の色に染めようとしたのか?
 莉世……
 一貴は愛情を込めて、上から抱きつく莉世の髪を撫でた。
 俺は、まるで子供のようだな。
 手中にある宝を、他の誰かに触られただけで、怒り、爆発し、そして取り戻そうと酷い事をする……そう、まるで駄々っ子と同じだ。
 一貴は苦笑いした。
 しかし、それが全て莉世にだけに起こる反応だと、一貴はもう悟ってしまった。
 本能が告げる。お前は、莉世に全てを捧げてしまったと。
 今まで、誰にも触らせなかった……他の女には決して近づく事さえ出来なかった領域に、莉世を迎え入れてしまった。
 それも、俺が自ら望んで……。
 突然莉世が、一貴の肩の窪みにキスをした。
 あぁ、俺はお前無しでは生きてはいけない。
  一貴は、莉世のうなじを優しく愛撫した。
 俺は、お前の愛を失わないように頑張る。だから、お前も俺を愛し続けてくれ……。他の男に目移りせず、俺だけを見ていてくれ……。
 それに応えるように、急に莉世が顔を上げた。
 そして、一貴の顔を見下ろすと、愛情を込めて微笑んだ。

2003/05/20
  

Template by Starlit