4万HIT記念企画♪
side:寛
俺は、臆病だった。
彰子が欲しければ……彰子を他の男に奪われたくなければ、勇気を出すべきだったんだ。
なのに、俺は彰子が他の男といるのを見せつけられるのが嫌で、行動をおこせなかった。
何て、臆病だったんだろう。
それに引き換え、彰子は俺にひどい仕打ちを受けたと思っていたのに、こうして京都まで来てくれた。
怒りからでも、行動をおこした彰子は……本当にすごい。
シャワーを浴び、身仕度を整える彰子の姿を見て、俺は幸運を感じずにはいられなかった。
以前には見えなかった彰子の芯の強さと温かさを知り……俺は、今まで以上に……強烈なほど惹かれてる。
そして、彰子は本当に美人だ。
その彰子が、他の男に靡かなかったとは……俺は本当に恵まれてると言っていい。
2年前に俺に抱かれて以来、誰にも触れさせなかったのは、今日抱いて初めてわかった。
もちろん彰子の言葉は信じた。だけど実際手に取るようにわかると、俺は嬉しくて心が張り裂けそうだった。
男のエゴが表に出てくる。
今朝、突然携帯が鳴った時、無視しようかと思った。
公衆電話からだとわかったからだ。
だが、俺は眠たい目を擦って携帯を取った。
知らない女からの電話……このまま切ってやろうかとさえ思った。
ところが、彰子の名が出て……俺の眠気が一瞬で吹き飛び、京都にいると知ると、俺の呼吸は一瞬で止まりそうになった。
夢でしか抱けない彼女が、この京都にいる!
すぐに着替えて、言われたファミレスまで飛ばした。
目の前に現れた彰子は、1年前別れた時の彰子ではなかった。
髪も短くなり、顔の輪郭が強調され、誰もが振り向く女性に変貌していた。
一瞬で、彰子に男がいると思った。
……俺ではない、他の男が。
息が詰まりそうだった。
自分の為ではない……他の男の為に綺麗になった彰子を見て、俺は胸が張り裂けそうだった。
だが、こうして俺を訪ねてきてくれた事には、何かがあると思った。
これが俺に与えられたチャンスなら……、俺は何が何でも他の男から、彰子を奪い取ってやる、そう覚悟を決めた。
だから、アパートへ連れて行こうと思った。
彰子が、美味しそうな色をした口紅を唇に塗っている。
艶やかに光って、まるで食べてくれと言ってるような感じだ。
胸が、ギュッと締めつけられる。
今さらながら、携帯に出て本当に良かった。
もし無視していれば、俺は彰子とこうしていられなかっただろう。
俺は、この幸運を忘れてはいけない……。
彰子が与えてくれたこの幸運を……。
「何処に連れてってくれるの?」
彰子が振り返った。
「何処でも……何が食べたい?」
俺は、お前が食べたい、お前は?
「う〜んとね、やっぱり関西に来たからには、お好み焼きにたこ焼き……あと、カツオ風味のおうどんとか食べたいなぁ、って莉世と言ってたんだけど」
俺が食べたい……とは言ってくれないんだな。
仕方なさそうに、寛は苦笑いした。
「京懐石料理が食べたいって言われなくて良かったよ」
「見てよ。そんな食べられるお金持ってきてないし、この服装じゃ、そんな所に入れない」
ぴったりと肌に吸いつくようなジーンズに、形のいい乳房を強調するTシャツ姿の彰子を見て、服など関係ないと思った。
今のままで、十分魅力的だ。
突然、彰子が俺の腕に手を絡めてきた。
「……本当はね、何でもいいの。寛と一緒に出掛けられて……ご飯を食べれるって事だけが、嬉しいの。だから、寛が連れてってくれる所なら、どこでもいいよ。屋台でも、ね」
俺だって、彰子と一緒に出掛けられるなら、どこだっていいさ。
こんな贅沢な食事……彰子を見ながら、ご飯を食べれるっていう贅沢にありつけたんだから。
「とりあえず、今日は腹ごしらえだけしよう。明日、いろんな所に連れて行ってやる」
彰子を促し外へ出ると、 メットを手渡した。
今度は、彰子自らメットをかぶる。
彰子が、俺の腰に腕を巻きつけると、俺はバイクを走らせた。
背中から温もりが伝わってくる。
柔らかい乳房の感触と、温かい息遣い。
そして、俺を抱きしめる腕。
俺は、もう二度とこの温もりを手放すものか!
彰子を、他の男には絶対渡さない!
俺たちは遠恋になるけど、お互い信じ合っていれば大丈夫だ。想い合っていける。
俺からは、二度とこの温もりを手放さないからな……。
まるで、俺の心の声に応えるかのように、彰子が俺の腰を強く抱きしめた。
2003/07/13【完】
「ねぇ、確かにあたしはどこでもいいって言ったけど……何でまむしなの?」
彰子が看板に書かれてある字を見て、眉間を寄せる。
その表情を見て、俺は笑いたくなった。
「こっちではまむしって珍しくないんだ。まぁ、いいから入ろう」
「ううっ、寛……珍品料理が好きだったなんて……絶対嫌だ、もうキスさせてあげないから」
「いいから、いいから」
寛は笑いながら、彰子の手を引っ張って店へ入った。
* * * * *
「嘘つき! まむしじゃなくて、うなぎじゃないの、これ!」
目の前にあるうなぎ丼を見て、彰子が口を尖らせる。
「だからこっちでは珍しくないって言ったろ?」
笑いを堪えながら、食べ始めた。
「う〜ん、美味しい!」
急に機嫌を直し、美味しそうに食べ始めた姿を見て、寛はこの幸せを実感せずにはいられなかった。
彰子は、俺の罪悪感など気にもしないという態度を取った。
今、目の前にいる彰子を見ていると……付き合っていた頃の事が、昨日の事のように思える。
……っと、これは言い過ぎか。
だけど、ほんの1ヶ月前ぐらいに思うのは、本当だ。別れて、1年以上も経ってるとは、信じられない。
美味しそうに食べる彰子に、どうして俺がこの店に連れてきたのか……急に知って欲しくなった。
本気半分・冗談半分の俺の気持ちを……聞いて欲しくなった。
「彰子、何故俺がうなぎを選んだかわかるか?」
「わからない、何で? 美味しいから?」
寛は、彰子の顔に顔を近づけると、彰子も顔を近づけてきた。
俺は、他の人に気付かれないように小声で話した。
「それはな、今夜………」
突然彰子が顔を引いて、真っ赤になりながら口をパクパクさせた。
「あれ以上元気になってどうするのよ! あたしを壊す気?! もう、信じられないよ!」
彰子がテーブルの下で、足を蹴ってきた。
寛は、笑いながらその足を摩った。
俺は、こんな風に彰子と過ごせるとは思ってもみなかった。
その資格は、1年前に捨て去ったのだから。
でも、俺は彰子を再び取り戻した。
俺は、この事を絶対忘れないだろう。
……彰子の、この優しい温もりを。