「躯から力が抜けたか?」
麻衣子は、理崎の囁きに小さく頷く。
「……いい兆候だ」
彼の優しい笑みに、麻衣子の胸が高鳴る。
どうしてこんな風に胸がときめくのだろう。
触れられて心臓が早鐘を打つのはわかるが、麻衣子を見つめる理崎の瞳を見ているだけで、躯の芯が疼いてくる。
でも、その事をどう話せばいいのかわからず、ただ彼の唇をうっとりと眺めていた。
すると、彼は繊細なブラジャーの縁をゆっくり下ろし始めた。
誰にも見せた事のない乳首が露になると、恥ずかしさから躯を捻って身を隠したい衝動に駆られる。
でも彼の指が乳首を摩ると、そんな気持ちが一瞬にしてどこかへ吹き飛んだ。
「やぁ……だ、メっんん!」
脳天に突き抜ける甘い電流に、躯が跳ねる。そんな麻衣子の躯を押さえつけるように、理崎が体重を載せてきた。
「こうすれば……もっと良くなる」
ハッと息を呑んだ瞬間、理崎が麻衣子の乳首を口に含んだ。柔らかな唇で挟んだかと思えば、温かな舌で乳首を揺らし始める。
「あっ……んん、はぁ……っ」
手の甲で口元を覆い、恥ずかしい喘ぎを抑えようとするのに、麻衣子の思いに反してそれは勝手に漏れる。
秘所がリズミカルに蠢き出し、そこから溢れる愛液でパンティが濡れていくのがわかるほどだった。
もぞもぞと動いて何とかその感覚を消そうとするものの、理崎の体重で自由を封じ込められているせいでどうにもならない。
羞恥から逃げ出したいのに、だんだん彼の重みが気持ちよくなり、このままずっと彼を感じたいとさえ思うほど感情が昂ぶってきた。
そう感じた途端、理崎が躯をゆっくり動かし始める。
乳首は舌で愛撫を繰り返し、もう一方は乳房を揉みしだいては硬く尖るように乳首を捏ねる。
もう、何がなんだかわからなくなってきた。
躯の芯が火照り、さらにじわじわと小さな波が麻衣子に襲いかかろうとしている。
「あん……だ、ダメ……わたし、やぁ、っんぁ!」
躯が勝手に跳ねる。
その瞬間、予想もしなかった大きな潮流が麻衣子を襲った。
「ああぁぁ……っ!」
四肢が硬直して、恍惚感が麻衣子を包み込んでいく。躯がビクビクッと震えて、その後、ゆっくり四肢から一気に力が抜けた。
うっすらと肌が湿り気を帯びているのを感じながら、麻衣子は瞼を開けた。
こちらを静かに見下ろす理崎の目とぶつかる。
「わたし……、今のはいったい」
乾いた唇を舐め、うっとりしながらもう一度瞼を閉じた。一度も体感した事がない甘美な波を思い出すだけで、自然と躯が震える。
「一歩前進だな。これからは、今感じたような刺激が欲しくてたまらなくなるだろう。麻衣子が、女への階段を上がれば、さらに……自然とその先を望むようになる」
「……セックスを?」
麻衣子の口から生々しい言葉が出ると想像していなかったのか、理崎は目を白黒させてこちらを見下ろす。
「わたしだって……それぐらいの事は言えます!」
唇を尖らせて軽く睨むものの、心が湧き立つように感じるのは何故だろう。
「……そう言うのなら、俺もその先を訊こうかな? 麻衣子のパンティは濡れたか?」
「なっ、なっ、なっ!!」
今度は麻衣子が目を見開き、口をパクパクさせる。
「俺が確かめてやろうか?」
彼の手がシーツの間に忍ばせて、麻衣子の素足を撫でる。
(キャッ、……う、嘘でしょ!)
必死になって、両手で彼の手を振り払おうと試みた。
「うん? どうした?」
楽しそうに含み笑いを漏らす理崎。
そんな彼を睨みつつ、でも恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。
(信じられない! 理崎課長がこういう性格だったなんて!)
「麻衣子? 言ってくれなければ、俺は確認するしかないだろ?」
またも理崎の手が動き始める。
麻衣子は観念し、彼の顔を見ないままそっと呟く。
「濡れて、るわ……」
頬が熱くなってくる。
ああ、どうしよう――と瞼をギュッと閉じた時だった。
理崎が麻衣子に手を伸ばして顎を掴み、そのまま面を上げるように促す。
逆らう事はできず、求められるまま彼を見つめた。
「いい子だ。自分に起こった躯の反応を口にできるのなら、その先へ進む日はそう遠くはないだろう」
その先? 今、これから?
期待から口腔に唾が溜まっていく。ゴクッと飲み込んだ音が理崎に聞こえたのか、彼は口元を綻ばせて微笑んだ。
「いや、今じゃない。今日はここまでだ」
「えっ?」
残念そうな声が漏れている事に気付かず、理崎が立ち上がって伸びをする姿に見惚れた。
「ゆっくりとだ、麻衣子」
そう言うなり、理崎が振り返って麻衣子を見下ろす。
「焦らされれば焦らされるだけ、感度は必ず良くなる。堅い蕾が自然と花開くその日まで、ゆっくり楽しもう。いつの日か、恐れを抱かずに足を広げられる日がくる」
彼は知っていたのだろうか? 口づけと乳房に触れられる悦びに、躯の芯に震えが走っていたけれど、心の奥底では恐怖を覚えていたという事を……
「何も心配しなくていい。麻衣子が悩まなくてもいいように、俺が導いていやる」
そんな優しい言葉をかけられた事は、一度もなかった。男性に恐怖を覚えていたせいもあり、麻衣子の心は氷の塊と化している。
なのに、今は徐々に溶け出し始めていた。
(ダメよ、彼に心を捧げたら……わたしはとんでもない事になる)
それがわかっているのに、麻衣子は理崎の姿から目が離せなかった。
乳房を露にしている事に気付かないほどに……
「シャワーを浴びておいで。そのあとは、朝食を食べに行こう」
彼は口元を綻ばせて、麻衣子に顔を寄せた。頬に触れて、少し開いた彼女の唇を味わうようにキスをする。
たったそれだけで、伸びきった背筋がぐにゃぐにゃに曲がってしまいそうだった。
名残惜しそうに理崎がキスを止めた瞬間、思わず麻衣子の口から抗議の呻きが漏れた。
そんな麻衣子に彼は驚いたのか、目を見開いて彼女を見下ろす。
「……いや、ダメだ。今日はここまでだ。さあ、行っておいで」
麻衣子は何も言っていないのに、まるで彼女がせがんだような理崎の言葉に、頬を赤く染めた。
「ええ……」
理崎が麻衣子に背を向けて窓際のデスクに歩き出したのを見て、彼女はベッドから飛び降り、バスルームへ駆け込んだ。
バスルームに入った途端、腰が砕けてへなへなとその場に座り込む。
「わたし……理崎課長に触られて、あんないやらしい声を!」
メディアチームへの正式異動は来年の4月と言われたが、同じ課なのでこれから会社で毎日顔を合わせる。
レッスンだとわかっていても、他人に見せた事のない自分を見た理崎と、これから普通に接する事ができるのだろうか? 他の社員の前でも?
「……もしかして、わたしは事の重大さをわかっていなかったの?」
今まで仮面を被り続けてきた麻衣子。これからも冷静な態度を取り続ける事ができるだろうか?
麻衣子は思わず両腕で我が身を抱きしめた。
親密な行為をしているのに、仮面を被るなんてできない!
では、理崎にこの関係を解消すると伝える?
それを拒むように、麻衣子は激しく頭を振った。
「できない、それはできないわ!」
麻衣子を優しく見つめる理崎の瞳がもう見られなくなると思っただけで、胸がギュッと締め付けられるのを覚えた。
「わたし……、どうかしちゃったんだわ」
この行為が麻衣子の心に変化をもたらし始めた事に、彼女は途方に暮れていた。
そのころ、壁を隔てた向こうで理崎も何か考えるようにして窓の外を眺めていたが、当然麻衣子はその事を全く知らなかった。