『サクラ咲く、ココロの華』【4】

 一貴は身動きしないまま、莉世の不安げな目を覗き込む。
 
 
――― コンコンッ。
 
「水嶋先生?」
 鍵がかかっているのは知ってる。
 だから、あのドアが開く筈がないって事も十分わかってる。
 でも……あのドアの外で、一貴と呼び捨てにした女性はいったい誰なの?
 
 静寂に包まれたこの部屋で、莉世はカラカラになった喉を潤そうと、唾を飲み込んだ。
 その時、微妙に躰が動き、膣内(なか)にある一貴自身の高まりが伝わった。
「ぁぁっ……」
 莉世の躰が、ビクッと震えた。
「莉世、シィ!」
 一貴が小声で、莉世の漏れる声を静止させようとした。
 莉世は苦しげに奥歯を噛み締め堪えようとするが、先ほどイキそうだった躰は、張り詰めて解放を求めている。
 ふと緊張が緩むと躰が下がり、莉世の奥を一貴が突く。
 痛みから逃れるように、また一貴の首にしがみつくが、そのちょっとした動作が、莉世の躰を快感へと支配する。
 莉世の膣壁が激しく波打ち、一貴自身を圧迫させ始めた。
「っっく……りせ……りせ、落ち着け……落ち着くんだ」
 声を殺して囁くように小声で話すが、莉世の躰はもう限界だった。
「ぁふっ……だめ、……かず、きぃ、もう……わた、しっ!」
 
――― コンコンッ。
 
「いらっしゃらないんですか? ……かず、き?」
 突然、莉世のココロの中で、嫉妬が燃え始めた。
 どうして一貴を名前で呼ぶの? いったい、外にいる女性は誰なの?
 莉世は一貴の首の後ろで回していた手を、きつく拳を作った。
 躰に力が入った為に、膣も引き締まる。
「っっつ………り、せ!」
 顔を歪めた一貴は、莉世の腰とお尻に置いた手に力を込めて、ギュッと抱きしめた。
「っ……かずっ、もう……だめ」
 突然走った電流に、莉世は喘いだ。
「シィ…静かにするんだ!」
「はぅぅ……だめぇ……出来な、い……っあ」
 だんだん大きく漏れる声を、一貴が自らの唇で莉世の唇を覆った。
 漏れる声を、防いだのだ。
 
「おかしいわね……どこ行っちゃったのかしら?」
 
 絨毯に消されて足音は響かなかったが、エレベーターの開く音が微かに聞こえた。
 
 しばらく動かなかったが、一貴が莉世の唇を離すと、すぐ莉世を上下に揺らし始めた。
「い、いやぁ、離して、かずっ……ぁんん!」
 躰は快感を求めて、解放を願ってる。
 でも、ココロは拒否し始めていた。
 一貴……と呼ぶ、女性のせいで!
 一貴は莉世の言葉を無視し、激しく揺すりながら突き上げてきた。
「っん! っああ……だめぇ……い、やぁ、あん、かずっ」
 一貴が齎す影響が、莉世をその渦へと引きずり込む。
 いや、いやっ……だめっ、だめっ!
 莉世は、頭を何度も振った。
 しかし、一貴は莉世の収縮する膣壁に耐え、苦しそうに喘ぎながらも、莉世を揺するのを止めなかった。
「あぅぅ……、あっ、あっ……だめぇ、かず、き……ぁああ」
 一貴は莉世の苦しそうな……もう耐えられそうにない顔を見ると、すぐさま莉世の肩に顔を近づけ、思い切りその肩に噛みついた。
「きゃぁぁぁ!」
 その突然の痛さに、莉世の躰に電流が一気に流れると、莉世は背を弓なりに逸らせ……足のつま先まで思い切り丸めた。
 全てを受け止めるように……。
 そして……莉世は、そのまま恍惚の世界へと舞い上がったの。
 
 
 誰かが頬を叩いていた。
「莉世? しっかりしろ、莉世?」
 一貴の声が聞こえる……。
 莉世は、重たい瞼をゆっくり押し上げた。
 いつの間にソファに寝かされ、その隣に一貴も一緒に横になっていた。
「あ……れっ? ……わたし」
 莉世は空ろなまま、掠れる声を出した。
 一貴が安堵のため息を漏らした。
「良かった。お前、気を失ったんだよ」
 一貴が、莉世の頬を何度も何度も撫でた。
 気を失う? わたしが?
 莉世は、彷徨う焦点を合わすように一貴を見る。
「乱暴だったな……すまない」
 一貴は本当に申し訳なさそな顔をして、莉世の表情の変化を見逃さないように真剣に見つめた。
 莉世は瞼を閉じて、ため息をついた。
 そうだった……。一貴に呼び出されて、そのまま抱かれたんだ……。
 しかも、立ったままで!
 莉世は、急に恥ずかしくなって頬を染めながらも目を開けた。
「本当……すっごい乱暴だった」
 途端、一貴の目に苦悩が見え隠れした。
 そういえば、この部屋に入ってからの一貴は……わたしに腹を立てていて、そして苦しそうな感じだった。
 何故なの? どうして急に呼び出して、わたしを抱いたの?
 
 莉世が疑問を口に出そうとすると、一貴が立ち上がった。
「ちょっと待ってろ」
 そう言うと、一貴は莉世の視界から見えなくなった。
 莉世は起き上がろうとしたが、躰がおかしくて……腕さえあがらない。
 まるで、部分麻酔をかけられたような、妙な感覚を味わった。
 雲のように漂ってるような感じなのに、頭だけはすっきりしているような。
 それだけ、一貴のパワーが凄かったという事なの?
 確かに、一貴は凄かった。わたしを、めちゃめちゃに感じさせた。
 あんな……あんな風に感じるなんて……思ってもみなかった。
 でも、もう嫌だぁ……あんな風に立ってするのは。
 すごい……すごい感じるけど、でも……一貴のアレが、重力のせいで奥に突き当たった時、本当に痛かった。
 ビクッと震えるぐらい、 痛かった。
 あれって、子宮の入り口だったのかな? ……一貴は、立ってえっちするのが好きなの?
 莉世は、はぁ〜とため息をついた。
 わたし、まだまだ一貴の事をわかっていないよ。
 
 
 莉世の視界に、再び一貴が目に入った。
 その一貴は、手に桶らしきボウルを持って戻ってくると、莉世の側に跪いた。
「っぁちぃ〜!」
 湯気をたたせたその中にタオルを湿らせ、絞りながら一貴が顔を顰めたのだ。
 いったい、何するの?
 莉世は 不思議そうに一貴を眺めた。
 すると、一貴はその蒸されたタオルを、莉世の開かれたままの胸元に持って行き、そしてゆっくり乳房を拭き始めた。
「一貴!」
 莉世は、まだ淫らなままの格好をしていたのだと気付いたが、それより、一貴が躰を拭いてくれる事に驚いたのだ。
 自分で拭くから……そう言いながら手を上げたかった、躰を起こしたかった。
 でも、躰がいう事を聞かず、動いてくれない。
 一貴が……性的な意味合いで躰に触れるのではなく、ただ綺麗にしてあげようという心遣いが……優しさが、莉世のココロに込み上げてくる。
 一貴が、唾液で汚れた乳房をゆっくり拭い、また熱いお湯で蒸しタオルを作っては、首筋も拭いてくれてる。
 莉世は、奥歯を噛み締め堪えようとした。
 でも、どんどん目に涙が溜まり、とうとう目尻から涙が耳へ向かって零れ落ちた。
 
「莉世? どうした? ……やっぱり、辛かったか?」
 一貴が心配そうに、それでいて自分自身を責めてる痛みが、表情に表れてるのを見て、莉世は胸がいっぱいになってしまった。
 一貴は躊躇いながら、莉世の頬の涙を拭った。
「あぁ……莉世、泣かないでくれ」
 その悲痛な声に、莉世は喉がヒクッとなるのがわかった。
 涙を止める事が出来なまま、莉世は微かに頭を振った。
「ごめん……なさい」
 掠れた声に、一貴の表情は一瞬で真っ青になった。
 悲しそうに見上げる莉世の目を見て、一貴は唇を噛み締めた。
「俺と……別れたい、のかっ?」
 喉の奥から絞り出すような、堪え切れない想いを、無理やり言葉に出すように、一貴は莉世を見つめた。
 タオルを握った手は固く握り締められて、その拳はフルフルと震えてさえいた。
 でも、莉世はその突然の一貴の言葉に、驚愕せずにはいられなかった。
 どうして、そういう事言うの? 一貴は、わたしと別れたいの? 
 でも、もしそうならこんな苦しい表情はしない、そんな苦悩に歪んだような表情で、わたしを見つめない、そうでしょう?
「違うよ一貴。わたし、そんな事……言ってない」
「じゃぁ、何なんだ。ごめんなさいって、どういう事なんだっ?」
 吐き捨てるような言い方で、一貴は莉世を見つめた。
 莉世は、一貴に対して申し訳ないって気持ちでいっぱいだった。
 溢れ出そうな気持ちを抑制して、ゆっくり言葉を紡ぎだした。
「わたし……一貴に躰拭いてもらって……悪いと思ってるの。自分で拭かなきゃいけないって……わかってるのに。で、でも……躰が……動かない、のっ」
 莉世の双の瞳から、また涙が溢れ出した。
「ジンジン……躰が、痺れて……いう事を、きいてくれないの。ごめんなさい、一貴。わたしが、自分で、しなくちゃ……いけないのにっ」
 一貴は、莉世が何を言いたかったのか、やっと理解出来た。
 安堵のため息をついて、強く握ってた拳から力を抜くと、莉世の頬を手で包んだ。
「いいんだ、莉世。わかってる……俺がお前の躰を、無理に酷使させすぎたんだ。それで、お前は気を失うほど、オーガズムを感じたんだ。そう……お前はすごい感じていた、俺にはそれが伝わったよ。初めてか? 気を失うほど……感じたのは?」
 一貴の表情が少し陰ったが、莉世は気にもせずゆっくり頷いた。
「うん……こんな事、初めて」
 一貴の表情が、少し和んだ。
 
 一貴は、再び熱い蒸しタオルを作ると、莉世のスカートを捲りあげ、足を立たせながら開けさせた。
 莉世の頬が急に染まった。
 こんな恥ずかしい格好いやっ!
 でも、濡れてしまった秘部も綺麗にしたかった。
 一貴は、そんな莉世の心境を知っているのか知らないのか……タオルでゆっくり秘部を拭き始める。
 その温かさが、莉世のココロを和ませた。
「本当はシャワーを浴びさせたいんだが……」
 一貴はすまなさそうに言いながら、優しく愛液を拭る。
「それにしても、お前の濡れ方……異常だったぞ?」
 莉世は、顔に血が昇ったのがわかった。
「一貴も異常だった」
 チラリと莉世の方を向いて、そして視線を再び下半身に戻した。
「確かに……異常だったな、わかってる」
 莉世は、一貴が肯定した事に驚いた。
 一貴って……こんな風に言う人だった?
 一貴は立ち上がると、桶とタオルを持って再び視界から消えた。
 そして手に白いものを持ってきた。
 
 莉世の足に、その白いのを突っ込ませ、スルスルと莉世の股間まで持っていくと、腰に腕をまわして上げさせた。
 一貴が脱がせた、莉世のパンティだったのだ。
「汚れてしまったのをもう一度着けるっていうのは嫌だと思うが……それでもノーパンよりはマシだろ? それに、もし着けていなくて、スカートが捲れた時、階段の下から男共に見られるなんて事になったら、俺……何しでかすかわからないしな」
「バカッ」
 莉世は一貴を叩こうとしたが、腕が上がらなかった。
 莉世は眉間を寄せながら、手際よくカップに乳房を入れ、ボタンをはめてる一貴を見た。
「ねぇ、いつになったら、躰動くようになる?」
 一貴は、本当に困った顔をした。
「俺に訊かれてもなぁ」
「一貴が付き合ってた……彼女とかはどうだった?」
 そう訊いた途端、一貴の目が一瞬で冷たい光を帯びた。
 莉世は、踏んではいけない地雷を踏んだのがわかった。
「本当に知りたいのか?」
 一貴の声は、低く……凄味がかかっていた。
 莉世はゴクリと唾を飲み込んだ。
「そうじゃないけど、」
「なら訊くな!」
 何故か……一貴が、耳を塞ぐような言い方だった。
 不思議に思いながらも、莉世は視線を逸らせた。
 聞きたくない、響子さんがどうだった? とか、他の彼女とかはどうだった? なんて。
 でも、この怠さが……いつ消えるのか心配だった。
 午後から授業もあるというのに。
 
 
 衣服を整えると、一貴が莉世を抱き起こし、ソファに凭れるように座らせた。
 一貴は莉世が座るのを見届けると、部屋の隅にあるパーコレーターの前へ行った。
 コーヒーを淹れたマグを2つ持って戻ってくると、自分の分はテーブルに置き、一つを莉世の手の中に入れて隣に座った。
「……飲めるか?」
 温かい温度が手の平に伝わってくる。
 でも、手をゆっくり持ち上げるとフルフル震えた。
「だめ……落としてしまいそう」
 縋るように見つめる莉世の目を見て、一貴は腕時計にチラッと目を向けた。
「これだと、5限に出られないな………次の授業何だ?」
「わからない」
 まだ覚えてない……っていうか、そんなの手帳を見ない限りわかるわけないじゃない。
 一貴は立ち上がると、デスクの前に行き、何かチェックをすると電話を取り上げた。
 
「水嶋です。次の授業2−6ですよね? うちのクラスの桐谷なんですが、気分が悪くて戻れそうにないんですよ。取り敢えず、早退はしたくないと本人が言うんで、5限はちょっと様子見させます。すみませんがそういう事で。……いえ、ココにいます。……いや、まぁそれは見てから……はい、それじゃよろしくお願いします」
 
「わたし、早退したくないなんて、一言も言ってない」
 受話器を置いて戻ってくる一貴を睨み付けた。
「嘘も方便だ」
 一貴も、負けずに睨み反してきた。
 もし一貴がわたしを呼び出さなかったら……わたしを抱かなかったら……わたしは、こんな風に躰が動かなくならなかったし、変な言い訳せずに、クラスに戻れたのに。
 全部一貴のせいだ!
 莉世は、その思いを伝えるように、一貴に向かってはっきり言った。
 
「どうして、急にわたしをココへ呼びつけたの? どうしてわたしを……ココで抱いたの?」
 その莉世の問いに、一貴が眉をひそめた。
 そして……一貴の拳が、ギュッと強く握り締められたのを、莉世は全く気付かなかった。

2003/04/05
  

Template by Starlit