『導き 〜プロローグ〜』【2】

 カーラハーン大陸にあるルーガル王国の宰相ダンの跡取り息子・ドルーに、待望の女児が誕生したという知らせは、瞬く間に王宮・貴族の耳に入った。
 
 喜ぶ者……
 それは王族と近い姻戚関係にある宰相ダンの孫娘と、何らかの姻戚を結ぼうと望む者たち。
 哀しんだ者……
 それは第1位継承権を持つ、現王の息子・ランドルフの目に留まる事がないようにと願う者たち。
 
 宰相ダンはあまりにも偉大過ぎて、王も一目置いている存在だった。
 その宰相の跡取り息子に娘が生まれたとなると、王も何かと気を配るに違いないと、専らの噂だった。
 その為、貴族たちの間で喜ぶ者と哀しむ者に分かれたのだ。
 
 
 ドルーは、私邸に集まる様々な友人・知人を迎えた。
 白亜作りの私邸は篝火に照らされて、天空に輝く満天の星空を背景に、とても美しく浮かび上がっていた。
 7日目……とうとう娘の〔水晶の祈り〕が始まる。
 大広間の中心に設置された大きなテントの中に、ドルーの娘は位置していた。
 その周辺を囲うように、招待客が座っている。
 いったい……娘にはどのような未来が待っているのだろう?
 何故か急に肩が重くなり、正体不明の恐怖が襲ってきた。
 ドルーは、傍らに座るマリアの手を咄嗟に握った。
 何だ? ………この恐怖は?
「あなた?」
 マリアに呼ばれ、ドルーは妻を見た。
 待望の娘を生んだマリアは、輝くばかりに微笑んでいる。
 心配させてはならない。この恐怖心は、全く娘には関係ない。自らそれを大きくさせてはいけないんだ!
 ドルーは、優しく微笑んだ。
「躰は大丈夫か? 産褥からまだ日は浅いんだ。疲れたら、メイドを呼んで奥で休みなさい。構わないから」
 マリアは、ニコッとした。
「大丈夫ですわ。わたしたちの娘の大事な行事。最後まで見届けますわ」
 
 
 大きなドラが3回鳴った。
 
 大広間の客たちは、次々と話を止め、入り口付近を見つめた。
 すると、 先頭に立つ巫女が、ルーガル王国の代表的なピンクの花〔リュカ〕の花びらを振りまきながら、歩を進めた。
 その後ろには、鏡を持つ巫女、聖水を持つ巫女、〔リュカ〕を特殊な技法で作った輝く織物を持つ巫女、〔リュカ〕で作られた香水を持つ巫女、魔除けの〔リュカ〕の形をした銀のピアスを持つ巫女、そして王家の秘宝〔水晶球〕を持つ〔おばば〕の後継ぎとされる巫女が順に入って来た。
 集まっている客たちは、ため息を吐き、やはりめったに見れない〔水晶球〕を見つめていた。
 
 そして、堂々とした〔おばば〕が登場した。
 
 周辺から見えていたテントは、巫女によって閉められた。
 しかし、内で輝く松明が巫女たちの動作をテントに映し出す事で、客たちはそれを垣間見る事が出来る。
 
 またもドルーに恐怖が襲ってきた。
 何なんだ、これは?!
 この何とも言えない……説明しようがない気持ち。
 追い払え、追い払うんだ!
 
 その時、〔おばば〕の声が響いてきた。
 
 
「なんと………何という運命だろうか?! この娘は、伝説の〔シーアローレル〕の血を濃く継いでおる。その血が、この娘を幸せに、そして………むむむっ・・・様々な事が起こるだろう。そして、この娘は・・・まさしく未来の王妃となる運命だ」
 その〔おばば〕の言葉に、客たちがざわめいた。
「まぁ、どうしましょう、あなた!」
 マリアはその嬉しさにルーを見上げるが、ドルーはというと、血の気が引いて真っ青になっていた。
「あなた? どうしたの? 具合でも?」
「いや……大丈夫だ」
 ドルーは、〔おばば〕の未来予想図が、嬉しいのか嬉しくないのかわからなかった。
 なぜなら、それを聞いた途端、娘の未来予想図よりも恐怖の方が勝ったからだ。
 不安げに、ドルーは父のダンを見た。
 ダンは嬉しそうに微笑んでいる。
 この〔水晶の祈り〕に、父は満足しているのだ!
 ドルーは、父のその顔を見て安心してもいい筈だった。
 なのに、ドルーの父親としての勘が、娘に何かが起こるという予感めいたものが心の奥に植えつけられた。
 何も起こらなければいい。何も………幸せに暮らせるなら。
 
 
 テントが開けられた。
〔おばば〕の腕には、〔リュカ〕の織物に、ピアス、香水をして、祝福を受けた女児がすっぽり抱かれていた。
「この娘を〔シーアローレル〕と名付ける」
 客たちは、その名付けに驚いた。
 今まで、その名を付けられた者はいなかったからだ。
 
〔シーアローレル〕という命名に、 〔未来の王妃〕という予言……、ドルーとマリアにも驚愕をもたらせた〔水晶の祈り〕は終わった。
〔おばば〕の口から発せられたその2つに、ダンは大喜びで、貴族たちから祝福を受けていた。
 そして、ドルー夫妻も祝福を受けた。
 
 ただ、ドルーだけが不安にかられていた。
 この占いが、生まれたシーアローレルを、どのような運命へと導くのかと……。
 そんな表情を浮かべてるドルーの心境を知るものは、この大広間には誰もいなかった。

2003/03/15
  

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