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Summer vacation 3

『大切な気持ち』【1】

 寛の頬を叩いてしまってから、もう5日になる。
 
 彰子は、翌日が15日という事もあり、逃げるように祖母の家に行った。
 迎え盆は出来なかったが、せめて送り盆だけでも……と祖母に言った理由は嘘だった。
 寛から逃げたかったら。
 ……寛から言われる暴言を避けたかったから。
 あの言葉は、まだ胸に突き刺さってる。
 
「もしかしたら、あのプールでの痴漢騒ぎも……お前喜んでたんじゃないのか?」
 
 そんなワケないじゃん! あの時、どれだけあたしが嫌がっていたか、知ってる筈なのに、どうしてあんなひどい言葉を投げつけたの?
 でも、こうして日にちが経って、寛が木嶋さんを殴ってしまった理由がやっとわかってきた。
 あたしが、他の男といたからだ……しかも寛の友人の一人と。
 でも、あの時は殴る必要なんかないのにと思った。
 寛の友達なのにって。
 だけど、アレはあたしをとても大事に思ってくれてたから……だから我慢が出来なくてとった行動なんだよね?
 寛が、どんな思いであんな行動をとったのかを理解するうちに、胸が苦しくなり目の奥がジンジンとしてきた。
 思わず瞼を閉じる。
 ショートパンツにキャミソールだけで縁側に寝そべってる彰子は、いつもの如く寛の事ばかり考えていた。
 
 
「彰子、いつまでココにいる気か?」
 薄ら瞼を開け、涙で潤んだ瞳で祖母を見上げた。
「ばあちゃん……」
 スイカをお盆に乗せた祖母が隣へ座る。
 彰子は、乳房が張る痛みを堪えながら、ゆっくり身を起して座り直した。
「お前が、何かに悩んどるのは知っちょるが、そろそろ東京へ戻ってもええ頃とは思わんか?」
「あたしも、そろそろ帰るべきかなって思ってたよ」
 川で冷やされた冷たいスイカに齧りついた。
「……ばあちゃんは、彰子が居てくれたら嬉しいけんどな、お前の意識は遠い向こうに飛んどる。意識だけでなく、お前も帰らんとな」
「うん…」
 涙が零れる。
 確かに、早くこの問題を解決したい。逃げ出したあたしが悪いってわかってるけど、あの時は寛の言葉に傷つけられていたから……。
 でも、こうして何時間も一人になって考えてたら、寛の行動は正しかったと思える。あそこで、寛が嫉妬を感じなかったら、あたしをそれほど好きじゃないって事だもの。寛のあの嫉妬は、以前と変わらずあたしを愛してくれてるから、だから思わず手が出てしまったんだ。
 ……あたしを愛するあまりに。
「今日はゆっくり休んで、明日東京へ戻りゃぁいいさ」
「ありがと、ばあちゃん」
 田舎の静かな景色に目を向けながら、この場所を去る事をやっと決めた。
 寛、あたし許せるよ。投げつけられたひどい言葉も、あの痛いキスも……。寛を想ってるからこそ、あたし…許せる。
 
 
 家に入ると、シーンとしてた。
 両親はもちろん仕事、律姉は……友達と旅行か。
 伝言板に記してあるのを見た後、彰子は汗を流すためにそのまま脱衣所に向かった。
 夕日が窓から差し込む。
 彰子は、赤く染まる空を見てから服を脱ぎ捨てると、シャワーの下に立った。
「ん?」
 お腹が、妙に変な感じがする。
 ばあちゃん家で食べた、昨日のスイカのせい?
 お腹を摩りながらも微かな違和感だった為、あまり気にも止めずに全て洗い終えた。
 そして、バスタオルで躰を覆うと、2階の自室へと向かった。
 部屋は、締め切っていたせいで熱がこもっていた。
 ムワァとする室内に入るとカーテンを開けて窓を開ける。
 そして、換気しながらエアコンをつけた。
 着替えを取ろうとクローゼットに向かった時、鋭く突き刺すような熱い視線を感じ、思わず躰が奮えた。
 この感覚をあたしに与えられるのは…唯一人。
 ゆっくり振り返ると、やはり寛が身を乗り出すように、こちらを見ていた。
 
「彰子、やっと……やっと戻ってきたんだな」
 安堵感と緊張感を漲らせた表情に、懇願するようなその声音。
 彰子は、胸元のバスタオルをギュッと握り締めながら、心臓を押さえた。
 たった……たった6日しか離れてなかったのに、こんなにも寛の事が恋しかったなんて。
 激しく高鳴る心臓は、苦しくなるほど強く、目眩いがした。
「話がしたい、今すぐに。そっちへ行っていいか?」
「でも、あたしまだ……こんな格好だし」
 と思わず言ってしまった。
 その言葉を受け、寛の視線がバスタオルを脱がすように視線をゆっくり這わせた。
 途端バスタオルの下で、躰が歓喜に奮え始める。
 顔を染めながら、彰子はクルッと背を向けた。
 反応した躰を、寛の目から隠すように。
「見ないでよ!」
 恥ずかしさから出た言葉が、部屋に響く。
「……彰子の背中、色っぽいよ」
 欲望に擦れた声が耳に届いた。
 まるで耳元で囁かれたような感じがする。
 呻きそうになるのを抑えて、思い切り振り返ると……そこには寛の姿はなかった。
 えっ? どうして? もしかして……あたしが作り出した幻覚だったの?
 茫然と立ち尽くしてると、ドアが音を立てて開いた。
 そこには、肩で息をする寛がいた。
 
 
「お前……玄関の鍵ぐらい閉めろよ」
 ドサッと座り込む寛を、呆気に取られてしまった。
「…ちょ、ちょっと。勝手に入ってこないでよ」
 急に下から睨み付けてきた寛に、 思わず喉が詰まる。
「俺だから良かったんだろ? もし知らない男が入り込んできたらどうするんだよ。ったく……自覚あるのかないのか、わからないよ」
 躰が震えた。
 エアコンが効いてきたのだ。
 依然バスタオル一枚の姿に、ほとほと呆れ返る。
 寛は放っておいて、ブラにパンティ、短パンにTシャツと取り出す。
「あたし、着替えてくるから」
 そう言い捨てると、部屋を出て行き、階下へ降りる。
 熱せられた空気が躰に纏わりつき、再び汗が噴き出てくる。それを拭いながら素早く衣服を身につけると、ジュースをコップに注ぎ、2階へ持って上がった。
 
 ドアを開けると、涼しい冷気が躰にまとわりつき、思わずホッとした。
 寛は、彰子の机に飾られた二人の写真を手に取って見ていた。
 それは、京都で撮った写真。
 幸せそうに寄り添った、素敵なカップルの写真。
「どうぞ」
 ジュースを置きながら、視線を合わさないように声をかけた。
「コレ……まだ飾ってるって事は、俺らがまだ続いてると思っていいんだよな?」
 その言葉に、彰子は顔を上げた。
 自信がなさそうな言い方に、突然胸が苦しくなった。
「そう思っていいんだよね? あたしたち、まだ付き合ってるんだよね?」
「当たり前だろう! 俺は、京都での事を忘れたわけじゃない。やっと、想いが通じ合ったのに、そんなに簡単に俺から手放すわけないじゃないか」
 俺から? って事は、あたしから手放すかも知れないと思ったのだろうか? ……確かにあたしは逃げ出してしまった。予想以上に、寛の言葉があたしの胸に突き刺さったから。
 
 
「彰子、ごめん。悪かったよ。あんなひどい言葉を投げつけたんだから……お前に叩かれても仕方なかったと思う」
 自嘲気味に言うその姿は、本当に悔いてるように見えた。
「耐えられなかったんだ。お前が俺ではなく、木嶋の事を心配するのが。もちろん謝ったからといって、彰子の傷が癒えるわけでもないって事はわかってる。俺は、確かにひどい言葉を投げつけたんだから。でも、」
 寛は、想いを伝えるように視線を逸らさず見つめてきた。
「あの時、一番に俺の事を考えて欲しかった。だけど、お前が考えたのは俺ではなく、木嶋の事だった。すごく悔しかった。そして、木嶋に触れられても、拒絶しようともしなかった彰子が、俺のキスを拒んだ時、俺は頭が混乱して、」
「ち、違う。あたしは、怒りだけのキスは嫌だったの。そんな罰するような事でキスして欲しくなかったから、だから、」
 寛がゆっくり近寄ってきた。
 彰子の前に腰を落とすと、しっかり手を握る。
 
「わかってる。……俺もそう思った、俺のキスは優しくなかったよな……ごめん」
 寛は、大きく深呼吸すると再び口を開けた。
「俺、彰子と別れたあの日……木嶋にちゃんと謝った。そして、仲直りもした。その時に、木嶋の本心も聞かせてもらったよ。木嶋は、お前の事が好きだし、興味を持ってる事も確かだとはっきり言った。だけど、それが恋に発展するかはわからないって」
 寛は、心配そうに彰子を食い入るように見つめた。
 
 あたしが、木嶋さんの気持ちを聞いて、心が揺れるとでも思ってるの? そんな事、本気で心配してるの?
 ……あっ、そうか。寛は知らないんだ。あの時、木嶋さんがあたしに拒絶してくれと告げていた事を。
 その事を知っていれば、寛はこんなに苦しむ事はなかったんだ。

2003/10/08
  

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