4万HIT記念企画♪
Summer vacation 2.5

『後悔』

side:寛
 
 俺は、あんなひどい言葉を投げつけるつもりじゃなかった。
 なのに、俺は何て事を……、何て最低な男なんだ。
 
 彰子の部屋をずっと見ていたが、一度も明かりは灯らない。
 あの暗闇の中で、ベッドに俯になり……泣いてるんだろうか?
「くそっ!」
 テーブルに八つ当たりをするが、一瞬で脱力感が襲いかかり、ガクンと項垂れた。
 
 
 彰子を泣かせてしまった。
 泣かせたくなんかなかったのに、この俺が彰子を泣かせてしまった。
 どうしてこうなってしまったんだろう?
 おもむろに両手を髪の中に突っ込み、頭を抱える。
 プールでのショッキングな出来事、ふっ切れていた筈なのに。俺は、まだ根に持っていたのだろうか? 彰子のあの綺麗な胸に、他の男が口づけしたかと思うと、今でも怒りが沸き起こる。
 だが、彰子が浮気したわけでないという事を、きちんと理解はしている。事故にあったようなものだと。
 そう、俺はわかっている。ちゃんと納得していた筈なのに、俺は何て残酷な言葉を投げつけてしまったんだろう!
 
 数時間前までの楽しいデートが、嘘のようだ。
 俺は、彰子とデート出来て本当に嬉しかった。
 映画館では拒否されたが、俺だって最後までコトを成し遂げようとは思ってなかった。
 ただ、あまりにも彰子が綺麗だったから……触れずにいられなかったのだ。
 今夜は、ホテルに誘って……抱くつもりだった。俺の愛情を彰子に注ぐつもりだった。
 そう思っていたからこそ ……同級生に掴まった時、俺は断るべきだったんだ。
 しかし、俺はデートの最中だというのに、友情を優先してしまった。
 そして、昔話と京都生活に花を咲かせてしまった時、一瞬だけ俺は彰子を忘れてしまった。
 忘れるつもりなんて、本当はなかった。だが、結果的に俺の行動はそう取られても仕方なかった。
 ふと気付いた時、彰子の隣にはあの木嶋がいた。
 木嶋が彰子の手に触れているのがわかった時、俺の怒りは爆発した。
 ……木嶋を殴っていたのだ。
 寛は、関節が白く浮き出るほど、拳を強く作った。
 
 
 一瞬で過去が蘇る。
 中学生の彰子に、しっかり抱きつく木嶋……。それを見た瞬間に、沸き起こった怒り。
 だが、今日の怒りはあの時とは全く違う。
 今日は、一瞬で嫉妬という炎が俺の身を焦がし、躰を震えさせた。
 それは……彰子が俺の彼女だからだ。
 その彼女が、木嶋と真剣に見つめ合っていた。未だ、二人の表情が脳裏に焼きついている。
 お互いの目の奥を覗き込み、二人だけの世界に入っていた。その世界には、俺の入る隙間など全く存在しなかった。
 それが、とても腹立たしく…悔しかったのだ。
 
 再び彰子の部屋を見るが、電気がつく気配はない。
 あれからもう2時間。
 寛は立ち上がると窓に近寄り、彰子の部屋を縋るように覗き込んだ。
「彰子……」
 辛そうな声が、寛の口から零れた。
 あの時の彰子の表情、悲しそうでありながらも俺を責めていた。
 木嶋に謝れと。
 あの時は、彰子の言葉に耳を貸そうとはしなかった。 人の女を口説こうとする木嶋は、殴られて当然だと思ったからだ。
 だが、こうして冷静になると今は…、彰子の言葉が正しかったように思える。
 
 ……そう、あの木嶋の言葉も、あれは正しかったのだ。
 二宮の友達がいるあの場で、彰子を一人にするべきではなかったんだ。彰子は、きっと心細かったに違いない。
 その空白を、木嶋が埋めたんだ。
 俺が気を緩めたその一瞬に、木嶋が入り込んだんだ。
 俺は……彰子の言うとおり、木嶋を殴るべきではなかった。彰子を一人にしなかった木嶋に、感謝してもいいぐらいだったのに。
 
 これは、俺が京都に行ってる間にも起こり得る出来事だ。
 寛は、絶望するように瞼を閉じ、歯を食いしばった。
 彰子と別れた方がいいのか?
 そう自問した途端、すぐに答えは出てきた。
 いやだ! もう一度、あの悲惨な1年を再び過ごすような事は、耐えられない。
 寛は、目を大きく開けた。
 例え離れて過ごしても……無数の男が彰子に言い寄ってきても、俺は彰子を手放せない。
 
 
 大きく息を吸うと、先程起こった事を整理しようとした。
 突然俺のキスを拒んだ彰子……、それに追い打ちをかけるように、俺が投げつけた最悪最低な言葉。そして、飛んだきた彰子の平手。
「当たり前じゃないか、叩かれて当然だ」
 左の頬に手を触れる。
 まだ、ジンジンと痛みがある。俺を正気にさせた痛み。
 そして、彰子にしたキスを思い出した。
 何故、愛情のカケラもないキスをしたんだろう。彰子が拒絶するのは無理もないじゃないか。
 それなのに、俺は沸騰するかのようにカァ〜となり、 言ってはならない言葉を投げつけてしまった。
 そして、この俺が彰子を傷つけてしまった。
 もちろん、木嶋が彰子に触れたのは許せない。 彰子の男として、許せる事ではない。 だが……彰子が言うように、俺は木嶋を殴るべきじゃなかった。もっと他の対応が出来た筈だ。
 寛は窓から離れると、携帯を取り上げた。
 そして、短縮ボタンを押し、コール音を聞く。
 
『……何?』
 ぶっきらぼうな木嶋の声を聞いても、寛は負けなかった。
「俺、久木。…今日は悪かった。今はお前を殴った事、後悔してる」
 そして、彰子に対して取った行動も……俺は本当に後悔してるんだ。
 
 寛は言葉を紡ぎ、また木嶋の返答を聞きながらも、暗いままの彰子の部屋から視線を逸らそうとはしなかった。

2003/10/02【完】
  

Template by Starlit