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Summer vacation 2

『デートの果て』【3】

「ひろ、し……」
 その怒った表情、……前に一度だけ見た事がある。
 あたしが、木嶋さんに抱きしめられた時に見せた、あの憤怒を漲らせた表情。
 
「……帰ろう」
 寛はそう言うなり、彰子の手首を掴んだ。
「だけど、」
「いいから行くぞ!」
 あたしは、倒れて肩を摩る木嶋さんを見た。
 項垂れて、髪が顔を隠してるので、どんな表情をしてるのかはわからない。でも、いきなり友達に殴られたら……木嶋さんだって怒る筈!
 だからといって、木嶋さんに声をかけるわけにもいかない。だって、あたしは寛の立場に立たなければならないから。
 でも、こんなのって!
 激しく動揺し、涙腺が緩む。
 それを押し止めようと息を吸った時、思わずすすり泣きのような声が漏れてしまった。
 素早く寛があたしを見つめた。
 その目に浮かんだ激怒と……苦しい痛みのような影が見え、彰子は胸を突き刺された思いになった。
 あたしが、苦しめてる……、寛をこんな風にさせたのは、あたしなんだ!
 
「カン、待てよ……」
 木嶋の押し殺したような声に、彰子はサッと振り向いた。
 座り込みながら鋭く睨み付ける目、その目は寛と同様に怒り、そして傷ついた目をしていた。
「いきなり殴る事はないんじゃねぇの?」
「お前が彰子に触れるからだ」
「触れるって、ただ手を握っただけじゃない」
 二人の火花が怖くて思わず口を開くが、二人はあたしを見ようとはしない。
「触れて欲しくないんなら、彰子ちゃんを一人きりにするなよ! 確かに、久しぶりに会った皆と話したいっていうお前の気持ちもわかるさ。だけど、それって、彼女を一人にさせてもいい理由じゃないだろ? ましてや、彰子ちゃんは俺らとタメじゃないんだぞ?」
 木嶋が立ち上がった。
 寛は、奥歯を噛み締めてるのか、頬がピクピク痙攣をおこしたように動いていた。
「彼女らを見てみろ。お前が二宮とまだ付き合ってると思っていたんだ。それが、モデルのような綺麗な女がお前の彼女ときてる。不信感を示すのは当たり前だろ? 彰子ちゃんが悪いわけじゃないのに。……お前はそういう状況に、彼女を一人にさせたんだよ」
「もういいよ、木嶋さん!」
 彰子は大声を出した。
 それで、やっと木嶋は彰子を見た。
「彰子ちゃん……」
「もういい。あたし、わかってるから…ちゃんと」
 皆の視線が痛いぐらい突き刺さる。
 この場に居たくなかった、もう帰りたい。
 彰子は唇を振るわせながら踵を返し、一人出口へと歩いた。
 
 
 その後ろを、何も言わない寛が追いかけてきた。
 寛は、ただあたしの横に並んで歩く。
 これから何処に行く? なんて言葉はかけられない。まだまだ明るいのに、とにかく家に帰って一人になりたかった。
 家へ向かう電車に乗っても、寛は何も言わなかった。
 
 疲れた……
 せっかくの寛とのデートなのに……。この夏しかデート出来ないのに、どうしてこんなにも離れたいって思うんだろう。
 そのマイナス思考が、感情を高ぶらせた。
 家の前まで来た時、やっと寛が彰子の腕に触れてきた。
 
「ごめん、彰子」
 その声は、落ち込んでるように聞こえた。
 でも……
「謝るのはあたしじゃないでしょう? 木嶋さんにでしょう?」
 ううっ、涙が溢れそう。
「木嶋は、彰子が俺の彼女だってわかっていながら、手を出したんだ。それなのに、黙って見てろっていうのか?」
「違う、そうじゃない。…何故言葉で言えなかったの? 木嶋さんは寛の友達でしょう? 彼が夏風邪でバイトに出れないからって、代わってあげるぐらいの友達なんでしょう? その木嶋さんを殴るなんて……信じられないよ」
 言葉を投げつけながら見上げると、寛は悲しそうな目をしてた。
「お前……誰の味方なんだ? 木嶋の味方なのか? どうして俺の味方をしてくれないんだよ」
「あたしは、いつでも寛の味方だよ。寛の味方だから、だから大切な友達を殴ってなんか欲しくなかった」
 お願い、わかって。あたしは、あたしのせいでケンカして欲しくなかったの。 そんな事で殴って欲しくなかったのよ。
 感情が押さえきれなくて、目尻から涙が零れた。
「……俺より、木嶋の方が好きだって聞こえる」
「何で? あたしは寛が好きだって言ってるじゃない」
「なら、何で木嶋にいつまでも触れさせていたんだよ。俺のいる前で……彰子は嫌がりもせず、触られるままだった」
 違う、そうじゃない。あたしは、傷つけないように……寛の友達を傷つけないように考えていただけなのに。
 そう言いたかった。
 でも、胸が熱くなって声が詰まったかのように出ない。
 
 突然寛が彰子のうなじに触れると、強く力を入れた。
「俺は、誰にも彰子には触れさせたくない。いくら俺の友達であっても、彰子に触れていいのは俺だけだ」
 言い終えた途端、寛が覆い被さってキスをした。
 痛い、痛いキス。怒りが込められた、ただ罰するだけのキス。
 イヤ、イヤだ、こんなキスされたくない! あたしは、お互い想いが通じたキスなら受け止めるけど、こんな痛めつけるようなキスは、イヤだ。
 彰子は、震える手を持ち上げて、寛の胸板を叩いて押しやった。
「っやだぁ!」
 唇がヒリヒリして、まるで腫れ上がってるような感じがする。
  激しくキスするのは好きだ。でも、今のようなキスは絶対にイヤ。
「お前の態度、よくわからないよ。……もしかしたら、あのプールでの痴漢騒ぎも、お前喜んでたんじゃないのか?」
 
 一瞬何が起こったのかわからなかった。
 残酷な寛の言葉に、脳内が沸騰して……そして思わず寛の頬を思い切り平手で叩いていたのだ。
 自分の突然の行動が、一瞬怖くなった。こんな風に人を叩くなんて、しかも一番愛する人を叩くなんて。
 ショックを受けならがらも、彰子は寛の言葉がナイフのように胸を抉った痛みも、はっきり感じていた。
 木嶋さんに触られていたのを避けなかったからって、あの痴漢男にも喜んで触らせたと思うなんて。 ひどい、ひどいよ!
「寛のバカ!」
「…っ彰子、待って!」
 寛が悲痛な声で叫んでも、あたしは振り返らないで門扉を開け、ドアの中に飛び込み鍵をかけた。
 どんどん、涙が溢れて止まらない。
 唇を噛み締めて、ミュールを脱ぎ捨てると勢いよく2階の自室へ駆け上がった。
 
 何でこんな事になったの? 今朝までは、寛とのデートであんなに嬉しかったのに、何故?!
 電気もつけずに暗い部屋に入ると、ベッドに身を投げ出した。
 寛のひどい言葉と、思いがけない自分の行動に……いつまでも涙を流していた。

2003/09/30【完】
  

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