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Summer vacation 1

『プール・ショック』【4】

「さぁ、ココなら話せる」
 彰子は、従業員専用・ロッカー室のベンチに座らされた。
 
 
「でも、あたし部外者だよ? こんな場所に入ったらダメなんじゃ、」
「いいんだよ。それより、何があったんだ?」
 何があった? 
 そう聞かれて、またあの男の嫌な感触が躰に蘇る。
 思わず両腕で躰を強く抱きしめた。
 おぞましい……不快な手があたしの躰をまさぐった。
 それを振り払うように、彰子は瞼をギュッと閉じた。
「何で……何かがあったって思うの?」
「当たり前だ。いきなり抱きついてきたし、」
  突然寛の手が、あたしの頬を包み込み上に向けさせた。
「涙が零れそうになってた。何かあったって、俺じゃなくてもわかるよ」
 優しく言うその言葉が、あたしをもっと脆くさせる。
 その脆さが、あたしの感情を掻き立てる。隠したいのに、あたしの胸の内にだけ抑え込む事が出来ない。
 
「っ……あたし、レイプされそうになった」
 あの不快感から逃れたくて、 思わず言ってしまった。
「えっ?!」
 寛は、きっと些細な出来事だと思ったに違いない。だから、あたしに何があったか聞いたんだ。
 まさか、こんな事を聞かされるとは思わなかっただろう。
 だから、寛はこんなに目を大きくさせて驚愕し……そして唇を震わせているんだ。
「……始めから話してくれ」
 その冷淡な声に、気付かなかった。
 怖い思いをした事を、素直に話すことしか頭になかったからだ。
 彰子は、男たちにつけられた事から話しだした。そして、友人の発した一言から、ほんの少しだけ遊ぶ事になった事を。
「あたしは、嫌だった。つけてくるその根性が気持ち悪かったから。いつの間にか、鬼ごっこする事になって……でもそれは、あいつらの手だった。あたしたちをバラバラにさせる手段だったんだよ。それに気付いた時には、あたしの前に男がいて……」
 震える唇を歯で噛み締めた。
「……何をされたか、全部言ってくれ」
 えっ、全部?!
 寛の目を見返して……やっと彼が怒っているのがわかった。
 恐怖で喉がヒクッと引き攣った。
 その音を聞いた寛が、目を細める。
「さぁ、彰子……何をされたか全部言うんだ」
 ここまで話してしまったんだから……言ってしまえばいい。
 変に隠し立てして、あとからバレてしまった時を考えると、今全て言って怒られた方がいい。うん、その方が絶対いい。
 彰子は、大きく息を吸って吐き出した。
 
「いきなり腰を抱かれたかと思ったら、ホルダーを外されて……それを抑えてる間にパンティの中に手が入ってきたの。思い切り抗ってたら……そのぉ胸にキスされて……」
 寛の反応を見るようにゆっくり視線を上げると、その視線はあたしの胸にあった。
 どの辺りに触れられたのかと思っているんだろうか? でもあたしだって、どの部分をキスされたのか覚えてないよ。
「もちろん、気持ち悪かったから、めちゃくちゃに暴れたよ。その時、あたしの膝が……彼の大きくなった箇所に思い切り入ったみたいで……呻いてる間に逃げれたの。それで終わり」
 
 
 しばらく沈黙が続く。寛は何も言わない。
 あたしの不注意だ! って責めてもいいから、何か言って欲しい。お願い、何か反応して。
 堪らなくなって、彰子はベンチから立ち上がろうとした。
 それを押し止めるように、寛の手があたしの手首を強く掴んだ。
 
「……っ、何か言ってよ! あたしは怖い思いしたんだよ? 必死になって守ったんだよ? もちろん、あたしが悪いんだって罵ってもいい。お前はバカだって責めてもいい! だから……お願い、何か反応して」
 感情を吐露する彰子に対し、寛は何ともいえない表情で見つめ返した。
「俺は、お前を責めないよ。だって、仕方ないだろ? お前は……綺麗なんだから。男の目を惹くんだから。そいつらから、彰子を隠すような事は俺には出来ない。それに、全てがお前のせいじゃないって事もわかってる。お前は遊びたくなくて、一度は突っぱねた。だが、向こうがそれを承知で追いかけてきたんだ。再び拒否したらどうなるか……とお前が心配しても不思議じゃないよ。それに、一番重要なのは、彰子がそいつに惹かれたわけじゃない。向こうが寄ってきただけだ。そうだろ?」
 念を押すように見つめる寛に、勢いよく頷いた。
 もちろんそうだ。 あたしがあんな男になんか、惹かれるわけない! それにあたしには寛がいるんだから。
 寛は、彰子のその頷くのを見て、苦しそうに眉間を寄せた。
「もし俺がその場にいたら……絶対お前に触らせなかったのに。嫌な思いをさせなかったのに。危険な目に遭わせなかったのに。……俺、お前を助けてあげられなかった、守ってあげれなかったのが、本当に悔しい」
 彰子は、思ってもいなかった言葉を聞かされて、口をポカンと開けてしまった。
 責められ、罵られると思っていた。なのに、まさか寛が自分自身に腹を立ててるなんて……。
「俺の前でそういう事が起こったら、必ず助けるから。俺が彰子を助けるから」
 寛は、唇を戦慄かせながら…あたしに宣言した。
 その気持ちが、とても嬉しかった。
 
「急いで、トップをつけたんだろう? ……捻れてる」
 寛はそう言うなり手を伸ばすと、胸元でねじれた部分に触れた。
 その時、寛の甲が乳房に触れる。
 思わず心臓が高鳴った。
 違う……全然違う。あの男に触れられた時は嫌悪しか感じなかったのに、寛が触れているというだけで、あたしは期待で胸が脹れ上がる。
 寛は、そのまま首に触れ、あの男と同じようにトップを外した。
 その大胆な行動に、抗う事など出来ない。だって、あたしを見つめてるのは……寛なんだから。
 彰子は、ただ寛を見つめる事しか出来なかった。
 
 興奮からか、激しく胸が高鳴り、乳房が上下に動く。
 触って欲しい、あの男の感触をぬぐい去って欲しい!
 その思いが通じたのか、寛の手が乳房を包み込んだ。
「っあ……」
 一瞬で、乳首がキュッと硬くなった。
「ここに、キスマークがついてる」
「嘘!」
 思わず胸を見下ろすと、擦ったような赤い痕が確かに谷間にあった。
 それは、あの男に触れられたという事実を、見せつけられたような気がした。
 もし、これが逆の立場だったら……。寛が友達たちと遊んでいて、しなだれかかった女にキスマークをつけられたら……? 
 あたしならイヤだ。絶対イヤだ!
 寛がその女に触られたと思うだけで、嫉妬してしまう。それが、いくら不可抗力であっても。
 それなのに、寛は自分に怒りを覚え、あたしを責めようとはしない。
 彰子の唇が戦慄くと、涙が薄ら浮かんできた。
 
「ごめん、ごめんね、寛。あたし、寛以外の男に触らせたくなかったのに」
 寛はそんな彰子を見て、いきなり抱き寄せると、零れそうになった涙を唇で受け止めた。
「お前のせいじゃない、わかってるよ」
 寛のその優しい言葉は、胸の奥まで染み渡った。

2003/09/24
  

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