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Summer vacation 1

『プール・ショック』【1】

 彰子は、早く中へ入りたくて仕方なかった。
 楽しそうなざわめきが、あたしを手招きしている。
 そして、あの中には……寛がいる!
 
 この時、いったい何が待ち受けてるのか……誰にも予想は出来なかっただろう。そして、この夏休みが齎す出来事も…。
 
 
「さぁ、行こう!」
 彰子は、クラスメートの莉世・華緒・奈美を振り返り、満面の笑顔を向けた。
 4人が辿り着いたココは、ウォータースライダーがたくさんある事で有名なプールだった。
 
 何故、プールに来る事になったのか……それにはもちろん理由があった。
 
 
* * * * *
 
 
――― 久木家
 
「えぇ! それ本当?」
 手土産で持ってきたアップルサイダーをグラスに入れていたのに、途中で動きが止まってしまった。あまりにも唐突な言葉で。
 
 寛が、京都から東京に戻ってきて4日目の事だった。
 
「ごめん、彰子。俺だって本当は断りたかったさ。何の為にこうして戻ってきたと思うんだ? 俺は彰子と、一緒に過ごす為だけに帰って来たようなものなのに」
 寛の手が、あたしの頬を撫でる。
 思わずその手に縋りたいと思いつつ、我慢我慢と言い聞かせ、最後までジュースを注ぐ。
「あたしといるより……バイトの方が大事なんだ」
「彰子……」
 はぁ〜とため息をつく寛を見て、我儘を言ってしまったと思った。
 寛が、友達を大事にしてるって……知ってた筈でしょう? いつも友達が寛の周囲にいるのは、寛が優しいから、居心地がいいから、頼りになるから、大事な友達を大切にするからだって、わかってたのに。
 謝ろう、それがいい。
 しかし、先に言葉を発したのは、寛の方だった。
「木嶋のヤツが、夏風邪ひいたらしいんだよ。覚えてるか? 木嶋のこと?」
 最後の語尾だけ……イライラした口調なのは、絶対あたしの気のせいなんかじゃない。
 あたしが、木嶋さんに抱きしめられた事があるのを、心の奥底では怒ってるんだろうか? でもさ、あたしだって二宮さんの事忘れてないわけだし、こういうのは仕方ない事だと思うんだけど。
「覚えてるよ。だって、あたしたちの……キューピット役だもんね」
 あたしも、アノ事は忘れていないという意味で強調して言うと、寛はムッとした。
「わかってる。だから、俺も木嶋の頼みを無下には出来ないんだよ」
 まぁ、その気持ちわかる。
 あたしだって、寛と再びヨリを戻すきっかけを与えてくれた……莉世の頼みなら、何でもしようと思うもの。
 彰子は、アップルソーダーを一口飲んだ。
 
「木嶋の母方の叔父がさ、木嶋に手伝ってくれって言ったらしいんだ。それでアイツは7月からバイトしてたんだけど、暑さにやられたみたいでダウンしたってわけ。木嶋のヤツ……穴を空けるのが嫌でさ、たまたまこっちへ戻ってきた俺に頼んだんだよ。バイトしてないのは俺だけだし、な」
 寛も、アップルソーダーに手を伸ばし、ゴクゴクと美味しそうに飲み干す。
 喉仏が上下に動くのを見て、思わずドキッとしてしまった。
 色っぽい……。こんな風に、男の喉を見て色っぽいだなんて思ったこと、今まで一度もなかったのに。
「ん? どうかしたか?」
 寛の喉をボーと見ていた彰子は、我に返ると苦笑いした。
「ううん、何でもない。っで、バイトだけど、いつまで寛は拘束されるわけ?」
「う〜ん、よくて1週間かな。木嶋の体調次第だと思う」
 1週間も?! わかってるんだろうか? 寛は9月も休みがあるかも知れないけど、あたしは8月いっぱいまでしか休みがないって事を。
 彰子は、カレンダーに目をやる。
 1週間も寛がバイトに行くなら、残り2週間ぐらいしか一緒に遊べないって事?
 思わず文句を言いそうになったが、先程の事を思い出す。
 寛が友達思いだって事を……
「わかったよ。バイト、頑張って」
 喜んで「頑張って」とは言えず、しぶしぶながら承諾した。
「ごめん、ごめんな彰子。でも、バイト代が入ったら、どこか遊びに行こう。俺が奢ってやるから」
「絶対だよ?」
「あぁ、絶対」
 寛の顔がゆっくり近付いてきた。
 あぁ……キスされる。
 彰子は顔を傾けて、寛の甘美なキスを受けた。
 
「それにしても……お前ソーダー系嫌いだったのに」
 キスの後、ボソリと呟くのを聞いて、思わず笑いそうになった。
 親友の影響をまともに受けてるって事……まだ内緒にしておこう〜っと。
 彰子は、朗らかに微笑んだ。
 
* * * * *
 
 
 更衣室に入ると、皆水着に着替えた。
 彰子は、薄い水色を主体とした、ストライプのホルダートップ・ビキニを身につけながら、ニヤリと笑った。
 もし、あたしのこの水着姿を寛が見たら、何て言うだろう?
 寛の驚愕した表情を、もしかしたら見れるかと思うと、嬉しくて仕方なかった。
 モデル並みの彰子を筆頭に、周囲の男性たちの目を釘付けにした。
 でも、皆そんな事は気にもしていない。
 ただ、楽しむ事だけを考えていたからだ。
 
「ねぇねぇ、早く行こうよ」
 奈美が嬉しそうにはしゃぎながら皆に話しかける。
 4人は、流れるプールに飛び込んだ。
「気持ちいぃ〜!」
 思わず心地良さから声が漏れた。
「ねぇ、一周したら滑り台に行こうよ」
 奈美の声を聞いて、彰子はにっこり微笑んだ。
「っで、彰子の彼氏さんは何処にいるの?」
 華緒が尋ねてきた。
「いろいろと動き回ってるみたい。だから探し出すのは無理かも。でもさ、意外とバッタリ会う可能性だってあるわけだし」
 寛が帰宅すると、必ず窓越しで会っていた。
 寛曰く、監視員として働く日もあるが、ウォータースライダーでカウントしてる時もあるらしい。
 だから、どの場所で働いているかは、はっきりしない。
 でもさ、今この場所の何処かに寛がいるってわかってると、やっぱり嬉しいんだよね。
 
 
 4人は、二人乗り用のボートで滑りおりるウォータースライダーの列に、並んだ。
「彰子って……本当いい躰してるね」
 ジーッと見つめてくる華緒から、思わず躰を隠したくなった。しかし、あたしだってコンプレックスってあるんだよ?
「これで身長がもう少し低かったらいいんだけど。華緒みたいにね」
 華緒は、頭を振った。
「彰子の背が低いって考えられない。もう少し胸が大きくなって欲しい、彰子みたいに」
 彰子は、思わずニヤッとしそうになった。
 周囲を見回し、莉世と奈美が二人で話してるのを確認した上で、華緒に顔を寄せる。
「長谷川に揉んでもらったら? 大きくなるらしいよ?」
 途端、華緒の表情が氷のように冷たくなった。
「長谷川の話はしないで。アイツったら……」
 列が進んだ事から、その話は打ち切りになったが、長谷川が華緒を蔑ろにしてるのがよくわかった。
 はぁ〜、皆がいい気持ちで付き合えたらいいんだけど…。
 
 彰子は、眩しい程の太陽を見上げると、ため息を飲み込んだ。

2003/09/18
  

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