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EXCESS STORY『演技』【番外編】

side:莉世
 
 思わず一貴に抱きついてしまった。
 もちろん、あんな雑誌を見ていたのを知られたくないっていうのもあったけど、わたしが何故涙を浮かべていたのか……知られたくなかったから。
 それにしても…彰子のあの顔!
 わたしがいきなり一貴に抱きついたから……すっごく慌ててた。
 先程の情景が脳裏に浮かび、思わず口元が緩む。
 そうだよね……そういえば、彰子の前で一貴を先生としてではなく、彼氏として接したのは初めてだもの。
 
 エアコンで涼しくなった教室に、一貴と二人きり。
 時間が止まったような感覚さえする…。
 莉世は、心地よい沈黙に漂いながら、一貴の温もりに酔いしれていた。
 いつしか、一貴の手が背中を上下に撫でる。 それが、とても安心感を齎し、また、愛されてるという実感が躰中を駆け巡った。
 思わず口から、甘い吐息が零れる。
「どうした? 何があったんだ? ……三崎に何か言われたのか?」
 そう言われて、あの苦しい思いが再び蘇る。
「ううん、違う」
 頭を振り、一貴の首に顔を押しつけると、もっと強く抱きしめた。
「莉世?」
「何でもない……何でもないの」
 何でもないなんて事ない。
 ……わたし、動揺してしまって、彰子に言ってしまった。一貴が初めてじゃないって。じゃぁ、初めての人は誰? って聞いてくるだろうか?
 昔感じた痛みが、胸に突き刺さった。
 葬りたい、消したい過去がどんどん蘇ってくる。
 イヤ、まだ捕われたくない!
 脳裏に浮かんでくる過去を振り払うように、ギュッと一貴を抱きしめた。
「莉世……いったいどうしたんだ?」
「本当に何でもないの」
 ゆっくり腕を解き、一貴と間を作った。
 
「ねぇ、夏休み、本当にNYに行くの?」
 関西から東京へ戻ってくるグリーン車で聞いた話を、莉世は持ち出した。
「あぁ、すまない。8月末、重要な取り引きがあって俺が行かなければならないんだ……。お前を一緒に連れて行ってもいいんだが、ビジネスで時間はそんなに取れないと思う。そうなるとお前一人になってしまうからな」
「絶対無理だと思うよ。だって、一貴と一緒に泊まった事を知ったパパったら、とっても怒ったもの」
 一貴が家まで送ってくれた時、パパは真実を聞かされて爆発した。パパだけじゃなく、ママや卓人もそうだったけど。
 うっとりしながら、一貴の薄いTシャツの上から、逞しい胸板を撫でた。
 一貴がブルッと震え、長い息を吐き出す。
「莉世、それ以上挑発するな。止められなくなるぞ?」
 挑発? わたしが?
 視線を上げ、一貴を見上げると、そこには確かに欲望が浮かんでる。
「わかった、やめとく」
 素直に言って躰を離そうとすると、突然一貴が呻いた。
 そして、そのまま覆い被さる如くキスをする。
 舌で優しく唇を何度も愛撫し、堪らなくなってわたしが口を開いた瞬間、一貴の舌が進入してくる。
 思わず、その強烈な快感に躰が奮え上がった。
 一貴は、どんな状況でもわたしに火をつける。
 関西での1件があって、なおさら躰は激しく反応する。
 ダメ、これ以上キスしてしたら……
 しぶしぶ一貴の胸を押して、キスを止めた。
 口から甘い誘うような吐息が漏れる。
「……もう帰る」
「わかった。俺も職員会議があるしな」
 一貴が、莉世の腰に手を回し、ドアへと促した。
 
 
 ドアを開けると、二人は先生と生徒に戻る。
「それじゃ、さようなら」
 礼儀正しく会釈し、一貴をその場に残して歩き出した。が、痛いほど一貴の視線を背中に受けていた。
 まるで、磁石のマイナスとプラスが引っぱりあうように、思わず振り返りたくなるような一貴の視線が、躰を縛っていく。
 しかし、莉世は意思を総動員して、前だけを向いて歩く。
 階段を曲がろうとした時、
「桐谷!」
 突然呼び止められ、莉世は弾かれたように後ろを振り返った。
「……お前の演技に気付かなかった事にしてやる。三崎にも今回は見逃すと言っておけ」
 そう言うと、背を向けて歩き出した。
 
 演技? ……彰子を見逃す?
 ………まさか、わたしが突然一貴に抱きついた理由をわかってるって言ってるの? 彰子一人逃がした理由を?!
 ……わたし、一貴に隠し事出来ないのかな。
 全てを見通す一貴の想いに、思わず嬉しそうに微笑んだが、いつしかその微笑みは凍りつき、顔は青ざめてしまった。
 
  隠し事……
 一貴は、わたしがバージンじゃなかったって事、知ってるんだろうか?
 再び感情に火がつき、涙が溢れそうになる。
 莉世は不安に苛まれながら、階段を降りた。
 いつか……本当の事を言わなければいけない時がくる。
 でも、わたしはその時がまだ先である事を祈ろう。
 今はまだ……一貴の愛に包まれていたい。
 
 嫌な思い出を、再びココロの奥底に封じ込めると、莉世は校舎から外に出て家路へと歩を進めた。
 ただ、前だけを見つめて……

2003/09/02【完】
  

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