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『登校日〜高2年の夏・番外編〜』【1】

「今日提出予定の宿題、忘れたヤツは……居残りだ」
 担任の、水嶋センセが冷たく……それでいて無表情に厳しく言い放った。
「そんな! 勘弁してくれよ!」
「横暴だぁ〜!」
 と、口々に男子が罵り、部屋がざわつく。
 
 
――― バンッ!
 
 これは、水嶋センセが名簿を机に叩きつけた音……
 その音を聞いて、部屋中がシーンと静まり返った。
「悪いのはお前らだろ! 期日を守って持ってきたヤツもいるんだ。文句を言うな。古賀、全部集めたら英専まで持ってきてくれ」
「はい」
 はぁ〜、やっぱり水嶋センセって容赦ないよ。莉世に対しても……そのう、いろいろと容赦ないんだろうか?
 大親友であり、あのカッコイイが気難しい担任と付き合っている……桐谷莉世をチラッと見た。
 欠伸を噛み殺すその表情は……あたしから見ても可愛い。
 こういう所も、水嶋センセを惹きつけるんだろうか? そういえば、古賀も莉世の事好きだったよね。
 
 彰子は、チラッと鞄に視線を落とした。
 うん、やっぱりこういう話って……莉世にするしかないよね。奈美は、あの調子できゃぴきゃぴしてて、きっとあたしが聞いたら「彰子ったら、えっちぃ〜!」とか言いそうだし、逆に華緒に聞いたら「そんなの、わたしに聞かないで」って冷たく拒絶されそう。
 もう、華緒の恋愛を手助けしてあげた恩を、忘れてるんじゃないの?
 まぁ、いいや。やっぱり、大人の男性でありながら莉世に首ったけの彼氏を持つ……莉世に聞くしかないでしょう、やっぱり!
 突然、莉世が振り向き、「何?」と言ったように首を傾げる。
 彰子は、声を出さすに口だけを開けた……「あ・と・で」
 訝しげな表情をしながらも、莉世はコクンと頷いた。
 
 
「っで、いったい何の話?」
 クラスの皆がいなくなると、彰子は莉世を後ろの窓際座席まで引っ張った。
「な、何? どうしたの?」
 とりあえず、莉世を席に座らせ、そして鞄からある1冊の本を取り出した。
 
<男と女のSEX>
 
「しょ、彰子! いったい!」
 莉世は顔を赤らめて、口をパクパクさせる。
「そんな風に恥ずかしがらないでよ! 莉世だって……ヤッてるんでしょ? ……センセと」
 莉世は一瞬目を泳がせたが、恥ずかしそうにコクリと頷く。
「わかってるよ。あのセンセを見てたら、手を出さないってわけないもん」
「そんな風に見える?」
「当たり前だよ! 莉世に溺れてるって事ぐらいわかるし……ね」
 嬉しそうに微笑む莉世を見て、二人が仲直りした事が手に取るようにわかる。
 まさか、関西にまでセンセが追っかけてくるなんてね……。まぁ、あたしも寛と……そのぉ〜、いろいろあったわけだから、莉世が一人にならずにすんで、良かったと思ってるけどさ。  
 
「実は……ね、寛が8月からこっちに戻ってくるんだけど、」
「本当?! それじゃ、この夏は楽しみだね」
「あっ、うん」
 その嬉しそうな莉世の声を聞きながら、あたしは恥ずかしさから下を向いた。
 別れ際……寛が言った言葉を思い出す。
 
「東京に戻るのが、楽しみだよ。もちろん彰子と会ってデートする事も楽しみだけど……やっぱり俺、彰子に触れたいから」
 
 新幹線の扉が閉まる前に囁かれた、寛の言葉が蘇る。
 寛は、何処かふっきれたように、どんどん愛情表現を示してくる。
 それが嫌と言えば嘘になるが……はっきり言って、まだアノ行為には恐れを成す部分もあった。
 莉世は……どうだったんだろう? 怖かった? 一度抱かれたその後……どれぐらい積極的に振る舞ってるんだろう?
 もちろん、雑誌で見る限り……誰もが『最初は怖かったけど、それ以降は積極的になっちゃった』とか『彼の求めは全部受け止めてるの』とか……。
 でも、それって本当?
 確かに、アノ最中は……頭が混乱して、早くどうにかして欲しいっていう気持ちが渦巻くんだけど、やっぱりあんな事はあたしっ!
 
 
「彰子?」
 そう呼ばれて我に返った。
 しまった! あたし、意識飛ばしてたよ。
「ご、ごめん」
「ううん、いいんだけど……ソレ」
 二人の間に置かれた、先程の雑誌を指差す。
「莉世、あたしら親友だよね!」
 そう言い切ると、あるページを開けた。
 
「莉世って、こういう事されるの平気?」
 図を指差し、本当にマジになって聞いた。
 恥ずかしがるのが普通かも知れない……でも、皆が本当にこんな事をしてるのか聞きたかった。
 莉世は顔を赤くして、口をパクパクさせながら絶句する。
 でも、 あたしの真剣な目を見て、興味本位ではなく、これは純粋な悩みなんだと悟ったのか……莉世は意を決したように長く深呼吸をした。
「わたしは……まださせてないよ」
 その図は、女性の股の間に男性が顔を埋めている図だった。
「だよね……こんなのされると思うと、恥ずかしくて火が出ちゃいそう!」
「でも、ほら、ココには……気持ちいいって書いてある」
 莉世も恥ずかしさを通り越して、前に出てきた。
 そんな莉世に、あたしは感謝したかった。
 興味本位で知りたいって事もあるけど、少なからずこれは直面する問題だから、やっぱり親身になって相談したいもの。
「気持ちいい? 気持ち悪いの間違いじゃないの?」
 あぁ、何でこんな事したがるんだろ!
「う〜ん、どうなんだろう?」
「センセは……シタがる?」
 途端、莉世の顔は真っ赤になった。
 あっ、シタがるんだ……。まぁ、責めちゃ可哀想だから、見逃してあげよう。
「……やっぱり、私は嫌だな〜。だから、これも嫌」
 彰子は、反対ページの図を指差した。
 それは、先程の男と女が逆の立場になってるものだった。
 
「で、出来ないよ〜、こんなの!」
 莉世が、激しく頭を振る。
 そうだよね……、あたしも寛のを触るぐらいならいけるかもしれないけど、やっぱり……ちょっと。
「でも、男って結構好きみたいだよ……されるの」
 莉世は、驚きを隠せないように目を大きく開け、あたしを見る。
「な、何……もしかして、彰子……久木さんに?」
「ばっ! な、何言ってるの、シテないよ!」
 今度は、彰子が顔を赤くする番だった。
「でも、もし……シテ欲しいって頼まれて、それを拒んだらどうなるんだろう?」
 縋るように、莉世を見た。
 莉世は、真剣に考え込み……そしてゆっくり口を開いた。
「わたしは……、その〜こっちのをされそうになった時、本当に嫌だったから、嫌って言ったよ。でも、一貴のスル事全てに、わたしが拒むと……ちょっと機嫌が悪くなる……かな。まだ、全身全霊をかけて一貴にぶつかってない、みたいに」
全て? それって、信頼してないとか……そういう事?
 
「……あたしも、嫌なら嫌って言えばいいんだよね? それで関係がギクシャクするって事、あるかも知れないけど」
 あぁ、でもギクシャクはしたくない。仲良くしたいっていうのが本音だからさ。でも、やっぱり無理なお願いってあると思うんだよね。
「わたし、何て言ったらわからない……。ただ、彰子自身を愛してくれるてるのなら、拒否してもその愛情は変わらないんじゃないかな、って思うよ」
 莉世の言葉を聞いて、思わず眉間を寄せてしまった。
 そうだろうか? 愛してるからこそ、拒否されるのが、時には我慢出来なくなる事もあると思うんだけど。
 まぁ、確かに莉世とセンセの繋がりは深いわけで、ちょっとやそっとじゃ崩れるわけないと思うよ。
 だけど、あたしの場合……そういう深い繋がりがあるわけじゃないから。
 
 思わず、ため息が漏れていた。
 
 
※ 英語科専用室の略

2003/08/30
  

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