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『続 ・Ring of the truth 〜真実の想い〜』【5】

 バイクが、止まった。
 
 そのアパートは見るからに近代的な鉄筋アパートで、想像していた汚い木造アパートではなかった。
 バイクから下りると、何故か足が震える。
 バイクに乗ってたせいで、変な力が入ってたのだ。
 
「こっちだ」
 2階建てアパートの1階部分のある部屋の前で、寛がドアを開けた。
 促されるまま中に入ると、1Kの部屋だった。
 端にあるマットレスのベッドは、今飛び起きたという感じに乱れている。
 だからといって、散らかってるというわけでもない。
 普通の男の部屋だった。
 部屋の中央に立ちすくみ、匂いを嗅ごうとした。……女がいる匂いを。
 しかし、そういった物は一切ない。
 ペアのマグだとか、暖色系のクッション、ペア写真、香水……本当に女がいるような物はなかった。
「座れよ。今、コーヒーいれる」
 キッチンに行く寛を見つめながら、センターテーブルの前に座った。
 今さらだけど、寛の部屋に入って良かったのだろうか?
 あのままファミレスで話すべきだったんじゃない?
 だけど、寛が言ったように、人目がある場所で話すような事じゃない。
 それじゃ、やっぱり部屋に来て良かった?
 
 
――― ポッポー、 ポッポー、ポッポー……。
 
 そのはと時計にビクッとした。
 音がした方向を見ると、赤い屋根のはと時計がかけてある。
 ……見つけた……女の匂い。
 可愛いメルヘンチックなはと時計を見て、針を刺されたかのようにチクリと胸が痛んだ。
 だけど、責める事は出来ない……あたしたちはもう付き合っていないんだから。でも、苦しい。
 あたしはまだ寛を忘れられないのに、あっさりあたしを忘れて他の女と……二宮さんと付き合える寛が……憎い。
 怒りを押さえきれなく、彰子は拳をギュッと握った。
 爪が掌を傷つけているのもお構いなしに。
 
「どうぞ」
 寛がコーヒーを持ってきて、正面に座った。
「ありがとう」
 声が震える……怒りがまだ燻っていたからだ。
 そんな彰子を、寛は探るように見つめた。
「っで、どうしていきなり来たんだ? 学校は?」
「テスト休み」
 寛は壁に凭れて片膝を立て、真っ直ぐ彰子を見つめてくる。
 しばらくその目を見つめ返したが、揺るぎないその視線に彰子から逸らした。
 ……たくさん言う事がある。聞きたい事から聞けばいい、寛は聞く気でいてくれてるんだから。
 大きく深呼吸した。
 
「あたし、どうしてもはっきりさせたくて来たの」
 寛は、軽く頷いた。
 何も口を挟む気はないらしい。
「……どうしてあんなひどい事をしたの?」
 寛が目を細めた。
「あたし、寛がどうしてあんな残酷な事をしたのかわからない。迷惑だったんなら、はっきり言ってくれた方が良かった。それなら、あたしはここまで来る事もなかったよ」
「俺が、いったい何をしたんだ?」
 彰子は唇を噛んで、俯いた。
 ここまで言ってるのに、どうして罪を認めようとしないんだろう?
 そうすれば、あたしだって辛い事を口にしなくてもいいのに!
 持ち前の強さを表に出して、顔を上げた。
「手紙の事よ! 去年から毎月毎月出したあたしの手紙を、寛は箱に入れて送り返してきた。しかも彼女とツーショットの写真を入れて。あたしは、ヨリを戻したいなんて書いてなかったじゃない、ただあの時の気持ちを素直に話したいから……だから会いたいって書いただけなのに……。なのに、寛は、話すら聞いてくれようとせずに、」
 急に寛が立ち上がった。
 ハッとして寛を仰ぎ見ると、彼の表情は憤怒で赤くし、関節が浮き出るぐらい拳を強く握り、怒りを抑えようとしていた。
 何故寛が怒るの? 怒りたいのはあたしの方だよ!
「…っ、あたしの気持ちを、ずたずたにした!」
 吐き捨てるように言いながら、顔を背けた。
「……ってない」
 その声は震えていて、聞き取れなかった。
「何?」
「送ってないって言ってるんだ。それに、送り返すも何も……俺はお前から手紙すら受け取ってない」
 寛のその言葉が、彰子から声を奪った。
 
 ……何? どういう事? 受け取ってないって……?
 でも確かに、あたしは送った、間違う筈もない……だって奈緒ちゃんから住所を聞いたんだから。
 莉世と話していた記憶が蘇る。
 寛がくれたカードの字と、宛て名の字は全くの別物だった。
 あたしたちは、寛と二宮さんが箱に詰めて送ったのでは? と思った。
 あるいは、二宮さんが寛の部屋で手紙を見つけて、送り返してきたとさえ思った。
 なのに、寛は読んでいないって。どういう事なの?
 
 
 焦点の合わない視線を、寛がいるべき場所へ向けた。
 しかし、そこには寛はいなく、人の気配がする方向へ顔を向けると、寛は彰子の隣に立て膝をついて、既に座っていた。
「彼女とのツーショット写真って?」
「寛と……二宮さん」
 寛が一瞬目を瞑ったが、すぐにカッと見開いた。
「それでなんだな……ファミレスで彼女の邪魔したくないって言ったのは」
 そう、あたしは二宮さんの邪魔になりたくなかった。
 彼女なら、絶対彼氏の部屋に女が入って欲しいと思わない。
 それはわかってる……あたしだって、寛の部屋にいる二宮さんを見て、そう感じていたんだから。
「……何故俺に手紙を出した?」
 再び、無表情の寛の顔を見つめた。
 あたしが愛した人の顔……この1年で確かに男くさくなった……それもいい方に。
 そして……この目、あたしを捕えて離そうとしない。
 あたしは……全てを手に入れていたのに、あたしからその綱を切ってしまった。あたしが切ったのなら、このあたしが修復しなければならない。
 恋人という器だけでなく、隣人としての器まで切ってしまったのは、あたしなのだから。
 
 喉がピクピクと痙攣を起こしたように動き、声を奪うように引き締まる。
 その力を振り払うように、声を振り絞った。
「あたしが間違ってた事に気付いたから……何故そう思ったのか、寛に全て打ち明けたかったから……」
 彰子の声は掠れたが、しっかり寛の強い視線を受け止めた。
お互いの視線が、意思を持ったかのように絡み合ったその瞬間……雑音が全て消え去った……

2003/06/29
  

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