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『Ring of the truth 〜込められた想い〜』【9】

 寛の怒りは、凄まじかった。
 あたしは、その怒りに泣きたくなった。
 怒りたかったのは、あたしの方……怒鳴りたかったのは、あたしの方だったのに。
 でも、予想外の寛の怒りに、あたしには術がなかった。
 呆然と聞くしか出来なかったのだ。
 もし、あそこで一言何か言えば……寛は聞いてくれたかも知れない。
 
 でも、もう遅い。
 寛との関係は終わってしまったのだから。
 寛が、あのカーテンを閉めて……あたしたちは終わったんだから。
 だけど、あたしはまだ……アレだけは諦めていない。
 あたしは、今はそれだけに縋ってる。
 あぁ……寛、どうしてもあたしを許してはくれないの?
 
 
* * * * *
 
「どこからそんな考えが浮かんだのか知らないが、俺はお前を見損なったよ。俺が……お前を弄んだみたいな言い方をするなんて!」
 寛は汚い物から目を背けるように、彰子の顔から視線を逸らした。
「どこから? そんな事もわからないの? 全て寛の行動見てたらわかるじゃない!」
 強ばった声で彰子が言うと、鋭く睨み付けた寛の視線が、彰子の胸を刺した。
「俺の行動? 俺のどこがお前を弄んでいたんだよ。こんな酷い扱いを受けるなんて……、俺の気持ちを全くわかってなかったなんて」
 寛の気持ち? じゃぁ、寛はあたしの気持ちわかってたって言うの?
 彰子は、目頭が熱くなってきたのがわかった。
 何か言おうとすれば、涙が出てしまいそうだったので、グッと奥歯を噛み締めた。
 
「……もういい。こんなお前と付き合ってきたなんて、最悪だよ。俺が、向こうへ行ったら遠恋になるけど、二人で頑張ろうと思ってたのに」
 遠恋? 関西では二宮さんと付き合い、東京ではあたしと付き合おうって事? 何て……何て酷い事を!
「これなら、遠恋は無理だな!」
 寛は、冷たく彰子を見た。
「俺たち、終わりだな」
 その冷たい言葉に、彰子は氷のように固まってしまった。
 終わり……。望んでいたけど、望んでなかった言葉。
 聞きたかったけど、聞きたくなかった言葉。
 彰子の目が涙で霞んできた。
「……くそっ。俺がどんな想いで、お前に指輪を贈ったと思ってるんだよ! 初めて勇気を出して買った指輪を、お前に贈ったんだぞ?!」
 えっ、初めて買った? ……それを、あたしにくれたの?
「……ひろ、」
 寛と話したかった、その意味が何なのかちゃんと聞きたかった。
 しかし、寛はそう言い捨てると、彰子を一睨みし、カーテンを勢いよく閉めたのだった。
 
 それは、彰子との絆を断ち切ったのと同じ意味だった。
 
 
 あれから、寛と話そうとしても……彼はあたしを無視した。
 そして、K大に現役で合格し、何も言葉がないまま寛は関西へ行ってしまった。
 
 彰子は、付属の高等部へ進入した。
 とてもハンサムだが、やたら冷たそうな男が担任になり、この高校3年間の生活に辟易しそうだと思いながら、スタートを切った。
 だけど、一人悩む姿なんか、誰にも見せたくない!
 彰子は、崩れ落ちそうな自分を隠す為、仮面を被り……何も悩みがないと誰にでもわかるように、明るく振る舞った。
 殆どが、彰子の見せかけの外見を間に受けていた。
 しかし、何でも見透かすような冷たい視線で担任に見られると、思わず仮面が取れそうになる。彰子は、必死で見せかけの仮面に縋り付いていた。
 
 
 いくら明るく装っていても、彰子の頭の中は、まだ寛の最後の言葉がぐるぐる回っていた。
 本当に、あたしにだけ贈ったのだろうか?
 二宮さんには、指輪をあげなかったのだろうか?
 でも、今ごろ……きっと二宮さんと楽しくキャンパスライフを送ってるんだ。
 そう思うと、また目頭が熱くなってしまった。
 まだ、寛の事を忘れる事ができなかったのだ。
 
 
 彰子の仮面が、もう仮面でなくなった……自分の個性に、その仮面が取り込まれてしまった夏休み前、彰子は寛の妹・奈緒子会った。
 挨拶のつもりで世間話をしていると、偶然にも奈緒子が発した言葉で、彰子はハッとした。
「奈緒ちゃん、それ、本当なの?」
 奈緒子は、真剣に聞く彰子の心情を知らないまま、クスクス笑った。
「うん、これ本当。普通さ、大学合格したら、合格祈願のお守りなんていらないでしょ? それなのに、寛兄ちゃんたら京都へ持って行くんだって……携帯ストラップにしてたよ。しかも、何かめちゃくちゃに折れて汚いのにさ」
 その最後の言葉で、彰子は泣きたくなった。
 めちゃくちゃに折れた合格祈願のお守り……あたしが握り締めて折ってしまったお守りだ。
「ありがとう、奈緒ちゃん」
 
 彰子は、家につくなり便箋を取り出した。
 携帯だと、思うように言えないかも知れないと思ったからだ。
 そして、何より恐れたのは、彰子からだとわかると電源を切るかも知れないと思ったからだ。
 机に向かい、震える手でペンを執った。
 話をしたい、 お願いだから会って欲しい、あたしが京都へ行ってもいいし、寛が休みに東京へ戻ってきた時でもいい、だからもう一度だけ話をさせて欲しい、と。
 
 しかし、返事はなかった。
 そして、夏休みにもかかわらず、寛は隣家の久木家へは戻って来なかった。
 
 彰子は、毎月手紙を出した。
 気持ちが通じるように……。
 もう寛に彰子への想いは無いかも知れない、でもあの時の出来事を全てちゃんと話したかった。
 なぜ、あんな態度をとったのか。
 全て伝えて、誤解を解いて……恋人同士になれなくてもいいから、あの日の事を全て話したかった。
 
 しかし、寛からは手紙は来なかったのだ。
 
* * * * *
 
 
「あたしってバカみたい」
 彰子は泣き笑いしながら、閉められたカーテンを見た。
 今なら、素直になれる……。
 全てはっきりした上で、寛の本当の気持ちはどうだったのか聞くぐらいは、大人になったつもりだ。
 クラスメートで大親友の莉世が、あのハンサムなのに冷たい担任と付き合ってる姿を見て、あたしも大人になれた。
 あの時わからなかった事が、莉世とセンセを見て、初めてその時々の態度がわかるようになったのだ。
 だから、今、寛と話がしたい!
 
「彰子? いい?」
 ドアの向こうでノックしながら、姉の律子が問いかけた。
 彰子は、涙を拭いた。
「うん、何?」
 ドアがガチャと開いた。
「うん……さっき、郵便屋さんがきたんだけど、彰子宛なんだ。はい」
 小さな箱を手渡すと、律子は気まずそうにそそくさ出て行った。
「何? 律姉のあの態度……」
 と、ボヤきながら差出人を見て、彰子は心臓が止まるかと思った。
 
 寛!
 
 もしかしたら、やっと通じたの? 会ってくれるとか?
 それにしても、何故箱なんだろう?
 彰子は、すぐにガムテープを剥がし、箱を開けた。
 途端、一瞬で凍りついた。
「何、よ……これ」
 それは、彰子が寛宛に送った手紙が入っていた。
 去年の7月から、毎月出し続けた手紙全てが。
 そして、その中にあった……たった1枚の写真が目に飛び込んできた。
 その写真を見て、彰子は涙を堪える事が出来なかった。
「ひどい……、どうしてこんなひどい事が出来るの?」
 その写真は、楽しそうな寛と腕を組んで擦り寄る二宮とのツーショット写真だった。
 あたしは、会って話がしたいと言っただけ! ヨリを戻したいなんて、一言も書いてない! なのに、何でこんなひどい仕打ちをするの?
 
 彰子は、咄嗟に携帯に手を伸ばした。
 震える手でしっかり持ち、相手が出るのを待った。
 今日が日曜日だというのに、彰子はすっかりその事を忘れて、電話をかけたのだ。
 縋りたい一心で……あたしの事をわかってくれる親友に頼りたくて……。
 
『はい?』
「莉世……」
 そう言葉に出した時、彰子の口から嗚咽が漏れた。
『彰子? 何、どうしたの? 何かあったの?』
 彰子は話そうとしたが、声を出した途端、すすり泣きになってしまった。
 ぐっと我慢して、気持ちを落ち着けようとするのだが、莉世の温かい声を聞くと、どうしても気持ちを立て直す事が出来ない。
『今、家?』
「……う、ん」
『わかった、わたし、今からそっち行くから、待ってて』
「でも、……っん、セン、セが」
『大丈夫、一貴ならわかってくれるから。それに、今は彰子の方が大事。すぐ行くから』
 そう言うと、莉世の方から切った。
 
 彰子は、以前彼女に寛の話を全て告白した。
 この指輪の事を聞かれた時、素直に告げたのだ。
 初めてだった、寛の事を友達に話したのは……。
 だからこそ、指輪の存在に気付いてくれた彼女と……年上の男性と付き合ってる彼女と話がしたかった。
 お願い、莉世。あたしを助けて……。あたしに、力を与えて……。
 一人じゃ、あたし……堪えられないっ。
 
 太陽の光が、急に窓から差し込んできた。
 その光線は、事実を悟らせるかのように、寛と二宮のツーショット写真に降り注いでいた。

2003/05/22【完】
  

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