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『Ring of the truth 〜込められた想い〜』【6】

 どうして、あの日……寛はあたしを抱いたんだろう。
 二人のすれ違いの生活が始まるのを、きっと知っていたんだ。
 だから、寛はあたしを抱いて……この指輪をくれたんだ。
 
 あの時は、嬉しかった。
 指輪を買ってくれた事が、あたしを大切に思ってくれてる証拠だって思ってた。
 でも、あんな事が起こるなら……指輪なんかより、ちゃんとした言葉が欲しかった。
 あたしが、寛に想われてるってわかるように、ちゃんと言葉で言って欲しかったよ!
 彰子は、震える躰に手を回し、荒れ狂う想いを押さえつけようとした。
 
 
* * * * *
 
 二人で共に同じ朝を迎えて以来、すれ違いの日々が続いた。
 それは、わかっていた。
 お互い受験なのだから、勉強に集中しなければならいという事を。
 でも、彰子は付属中に通っている為、落第点を取らなければ、そのままエスカレーター式に高等部へいける。
 だから、世間でいう受験勉強をしなくても良かった。
 その為、月日が経つにつれ……寛と月1回しかデート出来ない事に、イライラし始めていた。
 でも月1のデートでは、寛は必ず彰子との時間を大切にしてくれた。
 そうなると、鬱積した文句も出なくなってしまう。
 
 
 夏休み。
 寛は集中合宿に行ってしまい、会えなくなってしまった。
 募る寂しさ……それを追い払うように、彰子は友達と遊びに出かけて、嫌な気分を吹き飛ばしていた。
 
 彰子は、担任から高等部への進学に問題ないと言われた時、初めて寛が何処の大学を希望してるのか、全く聞いてない事に気付いた。
 どうして言ってくれなかったんだろう?
 あたしに言っても、仕方ないって思ったの?
 
 
 寛が帰るのを、毎日毎日待ち続けた。
 やっと帰ってきた時、彰子は飛び上がるように、喜んだ。
 寛に会いたい! 会って、いろんな話をしたい。
 彰子は表情を輝かせて、寛のいる外へ出ようとした。
 その時、寛が楽しそうに笑っているのに気付いた。
 そう、その笑顔は……寛の隣にいる可愛らしい女性に注がれていた。
 あの人……昔、寛の部屋に来てた人!
 寛とくったくなく顔を寄せ合って、笑っていた人……。
 久木家の玄関へ二人して入り、しばらくすると、堂々と寛の部屋に入る彼女を窓から見てしまった。
 彰子は、ショックに襲われながら、咄嗟に部屋に隠れた。
 
 その夜、窓にコツンと音が響いた。
 寛の合図だった。
 彰子は思い切ってカーテンを開けると、清々しい表情の寛が彰子に向かってにこやかに微笑んできた。
「会いたかったよ、彰子」
 本当だろうか?
 彰子は、寛の顔を見れて嬉しい筈なのに、今はあまり嬉しくない。
 それは、仲が良さそうな二人を見てしまったからだ。
「彰子?」
 彰子の態度がおかしい事に気付いたのか、寛は訝しげに眉間を寄せた。
「話があるんだけど……」
「……何?」
 寛の顔が、彰子の言葉で急に強ばった。
「こんな所じゃ話せないよ」
「わかった……下で待ってる」
 寛は、緊張してるかのように背を向けると、電気を消して部屋を出て行った。
 まるで、拒絶されたように感じるのは間違いだろうか?
 彰子は、胸に針が刺さったような……鋭い痛みを感じたが、それを無理やり無視し、部屋を出た。
 
 
「何?」
 その 感情が込められていない寛の声を聞いて、彰子は身震いした。
「あたし……高等部へ無事進入出来るって。それで思いだしたんだけど、寛が何処の大学を希望してるのか聞いてなかった……何処?」
 寛は、はっきり彰子にもわかるようなため息を長くついた。
「いつ聞かれるのかと思ってた……俺はK大が第一志望なんだ」
「K大?!」
 彰子は驚愕せずにはいられなかった。
 なぜなら、K大は関東ではなく、関西にあるからだ。
「じゃぁ、あたしと別れるつもりだったんだ」
 一気に力が抜けたように、放心してしまった。
「俺がいつ別れるって言った?!」
 怒りを押さえた声が、闇に響き渡った。
 その声音を聞いて、彰子はブルッと震えたが、正面からちゃんと寛を見据えた。
「だって、あたしはココ東京だよ? 受かったら……寛は関西へ行っちゃうんだよ? それって、別れる事じゃない!」
 寛は黙って彰子に背を向け、
「お前って……俺の事全然わかってないよな」
 と震える声で言い捨てると、そのまま彰子を置き去りにした。
「何よ……寛だって、あたしの事全然わかってないじゃない!」
 悲痛な声で叫んでも、寛はもう彰子の前にはいなかった。
 
 
 9月に入った事もあり、とうとう寛とは全くデートをしなくなった。
 毎日毎日予備校に通い、すれ違いの日々となったのだ。
 ケンカ別れのようなままの状態、突き放された惨めさ……それは彰子の心の穴を、どんどん肥大させていった。
 言葉を期待した……、何でもいい、安心させてくれれば、どんな言葉でも受入れる……そう思っていたのに、寛と会う事すら出来なくなった。
 
 そんなある日、学校帰りの彰子に一人の女性が声をかけてきた。
 その女性は、寛の隣にいた……あの人だった。
「わたし、二宮早弥香(にのみや さやか)……寛と以前付き合ってたの」
 その言葉に、彰子はダブルパンチを受けた。
 一つ目は、寛を呼び捨てにしていて、しかもカンと呼んでいない事。
 二つ目は、この人こそが……寛が以前付き合っていた彼女だったという事。
 彰子は、黒雲が迫りくる恐れを感じ、自然と躰が震えた。
 しかし、寛によって開けられた穴を塞ぐ前に、その黒雲が彰子を包み込み始めたのだ。
「最近の寛……勉強に集中してないみたいなの。いつも何かイライラしていて。寛が、わたしと同じK大狙ってるの、知ってる? わたしたち、二人で受かろうねって話してたのに、あなたが邪魔してるみたいなの」
 彰子は、二宮が可愛い声で言う毒の言葉に戸惑いながらも、その毒の進入を止める術がなかった。
「どれだけ寛がK大に受かりたいか知ってる? わたしたち、K大に行く為に別れたようなものなの。お互い恋愛に夢中になってたら、勉強が捗らないじゃない? どうせK大に受かれば、また付き合うんだし。お互い納得して別れたのに、あなたが寛にまとわりついたんじゃ、わたしたちが別れた意味がないじゃないの」
 いつもの彰子なら、誰にも負けない勢いで言い返していた。
 でも、放たれた毒が躰を支配してしまい、 何も言い返す事が出来ないまま、必死に空気を求めて喘いでるしかなかった。
「あなたも、寛に合格して欲しいわよね? ……それなら、もう彼を悩ますような事はやめてちょうだい!」
 急に声色を変えて、罵るように言うと、身を翻して去って行った。
 
 K大の為に別れた? 二人で一緒に行こうと約束を? ……それじゃ、あたしはいったい何だったの?!

2003/05/19
  

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