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『Ring of the truth 〜込められた想い〜』【2】

 彰子は、3年前のその想いに、ため息をついた。
 ここで、寛への想いに気付いたんだった。
 この窓から寛を見ていて……そして曇っていた空が突然晴れ渡ったように、突然自分の気持ちに気付 いたんだ。
 そして、その気持ちに戸惑った……。
 
 
――― ピンポーン。
 
 玄関のチャイムが鳴った。
 そういえば、あの時もチャイムが鳴ったんだった。
 
 
* * * * *
 
 
 夏休み、彰子は家に一人だったので玄関を開けた。
「はい?」
「あっ、俺……」
 玄関を開けると、そこにはあの時寛の部屋にいた男がいた。
 彰子は、彼に心の中を見透かされた事を思い出し、顔をしかめた。
「俺、カンの友達の木嶋っていうんだ。俺の事……知ってるよね? あの時、俺達窓越しで目が合ったんだから」
 くそっ! やっぱり覚えていたんだ。
「それで?」
 彰子は苛立たしい気持ちを顔に出さないようにし、冷静な表情をしながら、腕を胸で組んだ。
 豊かな胸が強調されるって事をわからずに……。
 木嶋の視線が、彰子の胸をチラッと見たが、すぐに彰子を見た。
 
「あげてくんないの?」
「知らない男を家に上げていいなんて、教わってない」
 彰子は、ぴしゃりと言い返した。
「ははっ、カンの言うとおり、やっぱ威勢がいいね!」
 えっ? 寛が、あたしの事をそんな風に言ってるの?
 ショックだった。
 確かに、寛とはご近所付き合いしかしていない。ましてや、裸体を見られた日以降会っても、あの話は絶対しなかった。
 まるで暗黙の了解のように。
 その寛が、友達にあたしの話をするなんて。
 ……きっと、中2のくせに、大人ぶった女って言ってるんだ。
 彰子は唇を噛み締めた。
 悔しかった。どれだけ男を近づけないよう努力してきたか! 躰目当てだってわかる男たちを!
 何度も告白されては断る姿を、寛には見られていた。
 冷たく言い放ち、触ろうとするものならぴしゃりと叩き、相手にわかるように拒絶してきた。何故断るのか……寛はわかってくれるって思ってた。
 なのに、威勢がいいって思われてたなんて!
 
 彰子は、躰を除けて木嶋を促した。
「どうぞ」
 突然反抗心が沸き上がったのだ。
 本来なら、同級生の男子だって部屋に入れない。
 だが、寛の友人を部屋に上げようと思ったのは、寛に対する反抗のようなものだった。
 寛は、気にする筈がないのもわかっていた。
 でも、男に関心がないわけじゃないって事も知って欲しかった。
 木嶋は、彰子の行動を問うように方眉を上げたが、中に入った。
 彰子は、もちろん自分の部屋に招いた。
 寛でさえ入った事のない、自分の部屋に。
 ジュースを持って2階に上がると、木嶋は出窓から寛の部屋を見ていた。
 
 
「ふうん、全部見えるんだ」
「それは、向こうも同じでしょ?」
 イライラしながら、テーブルにジュースを置いた。
「うん、まる見えだった」
 意味深な声で、木嶋は彰子に言いながら顔を向けた。
「彰子ちゃんて、本当に14才?」
 またその質問!
 怒りをグッと堪えて、ジュースを飲んだ。
「あたしがサバよんでるってわけ? そんなバカな事するわけないじゃん! 誰が好き好んで年を誤魔化すっていうのよ」
 もし、あたしが律姉と同じ年だったら……どれだけ寛に近づけやすかったか! 
 同じ年齢なら……しゃべれなくても、同じ学校へ行こうと努力する事は出来る。でも、今のあたしのこの年齢じゃ……同じ土俵には決して上がれない。
  中学に上がった途端、寛は卒業してしまって……全然追いつく事が出来ないのだ。
 彰子は、怒りを抑える為にジュースをもう一度飲んだ。
 
「っで、木嶋さんだっけ? いったい何の用なの?」
 木嶋は、ゆったりとしながらジュースを飲み始めた。
「カンってさ、学校ですっげぇモテるんだ。知ってる?」
 彰子は睨み付けた。
「そんな風に睨まないで。カンの周りには女が集まって仕方ないんだ。秀才で男らしくて……誰にでも優しいから」
 何も答えず、彰子は木嶋が何を言いたいのだろうと考えていた。
「俺、彼女がいるんだけど、その彼女が……カンの事がどうも好きみたいで、俺の誘いを蹴ってまで、今日カンと会うらしいんだ。それで、ココならカンの様子が観察出来るかと思って」
「友達なんでしょ? 俺の彼女と会わないでくれって言えばいいじゃない」
 木嶋は、苦笑いした。
「いくら彼女でも、束縛しすぎたら終わりだよ。またその逆もあり得るけど。やっぱり、彰子ちゃんはまだまだ子供だね」
 
 
* * * * *
 
 
 本当、子供だった。
 あの時の木嶋さんの言葉を思い出していれば、今頃寛とはまだ付き合っていたかも知れない。
 
 彰子は閉ざされたカーテンを見つめた。
 
 
* * * * *
 
 
 彰子は立ち上がると、出窓に向かった。
 その後ろに、木嶋も立った。
「木嶋さんの愛が足りないんじゃないの?」
 彰子は、窓辺を背にして振り返ると、木嶋を見た。
 170cmの彰子は、少しだけ視線を上げた。
「不安なのよ。だから他の男に目を向ければ、自分を取り戻してくれるんじゃないかって思ったのよ。そう思った事ない?」
 木嶋は悲しそうに微笑んだ。
「不安に思うのは女だけの特権か? それって絶対違うよ。男だって不安になる。俺を愛してくれてるだろうか、本当は誰かの代わりとして付き合ってるんじゃないか、って。それって、まさしく今の俺の感情だよ。カンを手に入れる為に、俺と付き合ったんじゃないかってな」
 そういう女っているの? 好きな男を手に入れる為に、好きでもない男と付き合う? ………。出来ない、絶対出来ないよ!
 彰子は自分の考えに興奮して、堰を切ったように口を開いた。
 「正直になってみなよ。彼女を失いたくないんでしょ? それなら、はっきりさせなきゃ。悩むのは、それからだよ」
木嶋は、真剣に彰子を見つめた。
「彰子ちゃんって、本当に14才?」
「また、それぇ?」
 睨み付けると、木嶋はくったくなく笑った。
 初めて見せた、本当の笑顔だった。
「俺……もっと早く彰子ちゃんと話してたら、好きになってた。実は、彰子ちゃんの存在は、あの日よりもっと前から知ってたんだ。でも、俺には今の彼女しか目に見えてなくて……ありがとう、彰子ちゃん。俺、頑張ってみる」
 木嶋はそう言うと、彰子を思い切り抱きしめた。
 いきなりの抱擁に驚き、木嶋から逃れようとした。
「木嶋さん!」
「彰子ちゃんも、ダメ元で告白してみな? もしかしたら、カンも君の事を……」
 
「彰子から離れろ!」
 
 彰子と木嶋は、咄嗟に躰を離して、振り返った。
 怒りを表わした寛が、自分の部屋の窓から身を乗り出して、睨み付けていたのだ。

2003/05/15
  

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